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25.真実は…

「マリアンネ様…、いえ侯爵夫人、お元気そうで何よりでございます」


「ヘンドリックも、あの頃とは違って顔色が良いわ。良かった。私のことは今まで通りマリアンネで良いわよ」


マリアンネが会いたかったのはハインツェル伯爵邸の執事ヘンドリックだった。


「ヘンドリックは父が家を出ていった理由は知っていたの?」


「いえ、存じ上げませんでした。しかしお子様が生まれる度にお二人の仲に亀裂が生じてるように感じておりました」


「今回、私の生い立ちを知ったことであることに違和感を持ち始めたの。私は伯爵であるユリウスを支える為に自らを犠牲にして働いていたと思ってたわ。でも、それは思い込んでいただけで違ったのではないかと。私は実は働かされていたのでは?」


アレクシスは唖然とし、ヘンドリックは俯いた。


「…はい。ユリウス様が生まれてクリストフ様が出ていってからディアナ様はマリアンネ様の扱いを一変させました。一見振る舞いでは娘として可愛がってらっしゃるようでしたが、令嬢として扱わなくなりました。伯爵家の維持のため協力して欲しいというような言い方をして、5歳のマリアンネ様に使用人の手伝いをさせ始めたのです。とにかく資金がありませんでしたから徐々に雇う使用人を減らし、最終的には執事の私と奥様専属侍女のニコラだけ残して解雇しました。それぞれが忙しいからと理由をつけてお食事は別に摂ってましたから、お食事内容まで違うとはお思いになってらっしゃらなかったのでは?」


「ええ。あの頃はそれが普通だと思っていたから。ヘンドリックとニコラは私をマリアンネ様と呼んでいたしお嬢様として気遣ってくれたから、デビュタントもしたし私は伯爵家の娘なのだと、まさか使用人にさせられていたなんて思いもしなかった。もちろん普通の令嬢はこんなことしないだろうということはわかってたわ。貧しいから私も仕事をしていると。でもここに母の愛がないとしたら話は違ってくるわ」


「なぜ、愛がないと思ったのだ?」


アレクシスはこれまでのディアナの人物像に惑わされていた。


「こんなことを殿方の前でお話することではありませんが、私、デビュタントの前に母から夜伽について教わっているんです」


「「え!?」」


2人は声を揃えて驚いた。


「初夜を前にしたとき、母から生前に教わっておいて良かったなんて思いましたが、デビュタント前に教わるなんて普通ではないですよね?あの時母は、私が貴族紳士や令息に免疫が全くないことが心配だからと、こういう行為には気を付けなさいという意味だったのだろうと思いましたが、今考えるとそうなる可能性があったのではと…」


「デビュタントで誰かに襲われると?」


「はい。私は常にドレスは母のお古をもらってました。資金繰りが困難な状態にも関わらず母は高価なものでなくとも小綺麗にしてましたし、高価だったドレスは早々に換金して資金にしてましたので、高価な1着と言ったらあの衣装しか残ってなかったのも理解出来るのですが、今思えば高価でなくとも母が買うはずの1着を私に与えれば良いだけの話。だから父に聞いたのです。私が着ることになった母のあのドレスに見覚えがないか。私はあのドレスにした意味があるのではと思ったからです」


「クリストフはランドルフの結婚披露宴で着たものだと言っていたな…、まさか!」


「ランドルフに襲われる…、いや、襲わせるつもりだったのではと」


「そんなことあるか!?君は娘だぞ?」


「だからこそじゃないですか?私を使って陥れたかったんじゃないですか?血の繋がった娘を襲った不届きものと。自分が受け入れることができなかった娘共々不幸になれと。あれだけ母に執着した男です。母と交わった日のドレスは目に焼き付いていてもおかしくありませんから」


「でも、実際君は無事だった」


「ランドルフは娘のデビュタントなんか興味はありませんでした。エミーリア様をエスコートしてすぐ帰ったのではありませんか?まさかディアナのドレスを着たディアナの娘がいるとは思ってなかったのです」


この推察にヘンドリックは顔を青白くしていた。


「このように推察した私は死んだ母の第一発見者だったヘンドリックに確認したかったのです。母が死んだ日のことを。ランドルフが自認していますから殺害されたことはわかりました。でも当時自殺であると判断に至った経緯を知りたいです」


マリアンネがヘンドリックを見つめると、ヘンドリックは頷き語り始めた。


「…私はあの日奥様を私室で首を吊っている状態で発見しました。私は気が動転して、まず奥様を降ろしました。もう息をしていないことも確認でき、口から血を流しておられました。間に合わなかったと思った所で落ち着いてきて、まず医師を呼ばねばと懇意にしていただいてた先生をお呼びしました。ただ、ドレスが少々乱れていること、そしてこの日は髪を結わいていたはずなのに綺麗におろしていること、さらには前髪が作られていることを不審に思いましたが、口にはしませんでした。先生は心拍も呼吸も停止しているから亡くなってることは間違いないと。口からの出血は首を吊った衝撃で舌を噛んだ可能性があるとのことでした。専門の医師に調べてもらえばもっとしっかり判断できると思うがどうする?と聞かれ、何より騒ぎ立てたくなかったこととお二人を守らなければならないという気持ちが強かったので、部屋は綺麗でしたから争いもないとして自殺として処理することになりました。この日は奥様だけ邸内に残り、他の4人は外回りの仕事をしてましたから、騒ぎが起きても誰も気付きませんでした。奥様はこの日たまたまやってきたランドルフ様と鉢合わせたのでしょう。舌を噛んだということは襲われたことに抵抗したためではないでしょうか。ランドルフ様は部屋と奥様の乱れを綺麗に直し首吊りに見せかけ殺したのでしょう。私が違和感を突き詰めれば良かったですね」


「いえ、あの時他殺だと判断されたらハインツェルは終わっていたと思うわ。今のこのタイミングだからこそ断罪できたと思うの。貴方が悔いることは無いわ」


「そういってもらえると助かります。それと先程のマリアンネ様の推察通りであれば、納得出来ることもあるのです。マリアンネ様のデビュタント後から奥様の機嫌がよろしかったのです。マリアンネ様は何かを隠してらっしゃったようにお見受けしましたから」


「ええ。襲われなかったけど、ご婦人とご令嬢にバカにされたの。時代遅れの古いドレスだと。せっかく用意してもらったものなのにこんな扱いをされたなんて母に伝えられなかった。でもこんなことなら隠す必要なんかなかったわね」


「お互いの胸の内が違っていたのですね」


3人は何とも言えない虚無感に襲われた。



「…でも、もう一つの可能性も考えられると思ったの」


「もう一つですか?」


「あのドレスに思い入れのある人物がもう一人いるわ。父クリストフよ」


「確か、ディアナ様と一緒に仕立て屋にお願いした物だと言っていたな」


アレクシスは先日のやり取りを思い出した。


「はい。二人にとっては温かい想いの詰まった1着だったのかもしれません。だからこそ私に着せデビュタントをさせ、クリストフが見かけてくれることを期待した。クリストフが邸に戻ってくることを期待したんです」


「それで考えるならば、クリストフ様に会える事を待ちわびて揚々としていらしたともいえますね。奥様は出かけることは一切されませんでした。いつ戻ってきても会えるようにという配慮だったのでしょうか。いつも窓の外を眺めていらっしゃいましたから」


「どちらにせよ、私のデビュタントが一区切りだったはずです。母は、自分の愛に忠実に生きたのかもしれません。私への愛がなかったにしても、これらの事を考慮したならば、私の父はクリストフであったと思いたいのです。クリストフは母が殺害された証拠品であった毛髪を見て号泣していました。あの涙は本物だと思いたいのです。愛し合った二人から望まれて生まれた子だったとしたら…私は幸せだと思えるから…」


ディアナのことは全て推察にしか過ぎない。もうこの世にはいないのだから。それでも清く正しく育ったマリアンネには、今後幸多からんことを願うばかりであった。


「ところであの遺書は?貴方が用意したのね?」


「申し訳ございません。マリアンネ様のデビュタント後の出来事でしたから、マリアンネ様に今後を託して亡くなったことにしました」


「託して?」


「はい。ユリウス様の代理を務められる成人となりましたから」


「そういうことだったの」


ここまで聞いていたアレクシスは質問をした。


「しかし、筆跡に気付かなかったのかい?」


「私は母だと思っていました。見慣れた字という思い込みだったのでしょうね」


それにはヘンドリックが「ははは」と困った様子を見せた。


「奥様は邸内の留守番をして決裁の署名をするだけの執務しか行っておりませんでしたから、実質執務は私がしていました。私の字を奥様の字と勘違いされていたのですね」


「あれ?それでは君はいつ読み書きを身に付けたのだい?ディアナ様の字もヘンドリック様の字も見慣れていなかったようだが?」


「ユリウスです。伯爵であるユリウスは教育を受ける必要がありました。家庭教師を雇うことは難しかったですから、今思えば一番暇にしていた母が読み書きと算数だけは教えていたのです。ユリウスが教わったことをその日のうちに私に教えてくれました」


「お二人は夜更かしをよくしていらっしゃいましたね…。私もニコラもやらなければならないことはたくさんありましたから、出来る人が出来ることをすることで何とかしていたんです」


「ということは、ディアナ様がなくなった後苦労はされなかったのですか?」


「運営自体は何事もなく。それまでは東奔西走で何とか帳尻を合わせながらでしたが無駄に消費される方がいなくなりましたし、マリアンネ様はもちろんのことユリウス様も生まれた頃から倹約されてましたので徐々に負債も減り、ニコラが結婚のために辞めたのが痛手でしたが、ユリウス様のデビュタントを迎える頃には黒字に転じ漸く使用人を雇えるかもという算段になっていましたから」


「今は邸もずいぶんと綺麗になってるし、使用人も増えたわね」


「はい。アウレリア様の手配で用意してくださいました。当初の話ではユリウス様がデビュタントを終えたらハインツェル伯爵領を丸々管理させるとのお話でしたが、半年の間に環境が変わってしまいましたので、今の段階ではフォルスター伯爵領で経営をしっかり学ばれた後にこちらにお戻りになる予定でいるそうです」


「そうか…」


アレクシスは二人を案じた。


「ユリウスも跡継ぎを急がねばなりませんね。最低でも男子を一人。爵位は二つありますから領地の規模も考えますと二人以上は欲しいところですね」


「国王陛下のお言葉は実現するのだろうか…」


「王妃陛下とのお茶会で面白いお話を聞きましたから、そちらに期待したいところです」


笑顔のマリアンネにアレクシスもヘンドリックも安堵した。



「ところでニコラはお元気なの?知ってる?」


「はい。お元気ですよ。いろいろ世間で騒がれてましたからハインツェルを心配していて手紙をくれたのです。ニコラは結婚後女児をもうけ、今二人目を妊娠中だそうですよ。先日アーベライン公爵邸の乳母の募集があり採用されたと書かれていました」


「なんと!姉上のところに!」


「これも運命なのでしょうか…。レックス、今度のお願いはアーベライン公爵邸に行きたいのですが…。コルネリア様の出産前にお会いしたいのです」


「ああ。ぜひ会いに行こう」


「ヘンドリック、急な訪問の対応をありがとう。ユリウスとは時々会いたいと思ってるの。あの時は今生の別れだと思っていたけどその必要が無くなったから。こちらに訪問する時にはよろしくね」


「はい。私もマリアンネ様にお会いできる日をお待ちしております」

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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