23.笑顔を取り戻せ
記念式典以降、マリアンネから笑顔が消えてしまった。アレクシスはできる限り邸内で執務を行い寝室も共にするなどマリアンネが一人でいる時間が少なくなるようにした。心配してくれているエミーリアとコルネリアは2人とも身重であることもあり、アレクシスが手紙のやりとりをし状況を伝えている。そう、コルネリアも子供を授かることができたのだ。
ディアナのドレスで作ったくまさんとミニドレスは視界に入らないところに仕舞われた。今はマリアンネの花嫁衣装と同じ生地で作ったくまさんが飾られている。
この日は、体調の良い日が続いているバッハマン伯爵夫人がマリアンネを観劇に連れ出してくれた。
「あらあら私が言うのもなんだけど、お食事ちゃんと召し上がってますか?」
せっかく肉付きの良くなった丸顔は少し痩せてきただろうか。
「ドーリス様はすっかり顔色も良くなりましたね」
「うふふ。貴女のおかげよ、マリアンネ様。劇が終わったら美味しいものを食べましょう?近くに有名なパン工房がありますのよ。そこで作られるデザートも美味しいそうよ。デザートはここで食べていって、お土産にパンを買っていきましょうよ」
うん、そうしましょ!とドーリスは良い案だわと満足している様子だった。
今までと変わらず穏やかに接してくれるドーリスにマリアンネは癒された。
◇◇◇
ある日、王室から手紙が届いた。王妃マルティナからマリアンネと是非お茶会をしたいという内容であった。王室からの招待など断れる訳もなく、マリアンネは王宮へと出向いた。
「突然のことでしたが招待の受諾嬉しく思います。貴女とは直接お会いしお礼をしたかったですし、沢山お話もしたかったのです。時間の許す限り私とのティータイムを楽しんでくださると嬉しいわ」
「この度はご懐妊おめでとうございます。こちらこそ、御招待いただきましてありがとうございます。王妃陛下とお茶会とは恐れ多いですが私も嬉しく思います」
「貴女がハーブティーを見直すよう助言してくださったのよね?まさか、毒ではなく薬で体を害するとは。毒味では問題がなかったはずですわね」
「毒味は今でも行われているのですか?」
「ええ。やはり万が一のことを考えて、王家は必ずしています。王族まで限定することは廃止しました。アーベライン公爵夫妻のように降下してもなお国の管理下に置かれるというのは馬鹿げておりますし、一度王族にいた身ですので軽い毒には耐性も出来てますから少々のものでは重症化は避けられると。現在は専属薬師を増やし、茶葉を定期的に検食にまわしています。毒性が無くても薬草が混ざっていることもあると今回のことで学びましたから」
この日用意されていたお茶請けは、ホールケーキから取り分けられたが、運ばれてきたホールケーキは一切れ分欠けていた。毒味の関係上、クッキーのような細々したものより、客人とのティータイムに用意するには見た目の観点から都合が良いのだろう。
「とても美味しいケーキですね。王宮のパティシエが作られたのですか?」
「ええ。素晴らしい腕前でしょ?」
朗らかな話題に変わり、マリアンネの緊張もいくらかほどけてきた。
「高齢での出産はこの国では前例はあるのですか?」
「経産婦の例はありますのよ。とはいっても継続的に出産された方ですわ。私も経産婦ですがブランクがありますから不安はございます」
マリアンネは前世で妊娠出産は経験していない。何か不安を取り除いてあげられるような声掛けが出来ないか思案した。
「ですが、軍医に待機してもらう予定ですのよ」
「軍医ですか?王宮の医師ではなく?」
「ええ。いざとなったら帝王切開術を施してもらうことになってます」
「帝王切開ですか!?そうでしたわ、麻酔がありますものね」
「あら、麻酔も術式もご存知ですの?かつての天授びとで在られたアルフォンス様が、騎士の奥様の出産が難航しているとの一報に同行すると申し出て、無事赤ちゃんを取り上げてくださったそうです。このことから、外科手術の手腕を引き継いでいる軍医は王族のお産が始まると待機していただくようにしているのです」
(アルフォンス様~!!さすがスーパードクターだわ!)
「素晴らしいお方ですね、アルフォンス様は。ちなみに、天授びと様はみなさん家庭は築いたのでしょうか?」
「伝記には天授びとを全うしたとされてますの。おそらく血筋を遺してらっしゃらないわね。気になりますか?」
「はい。もしアルフォンス様がお子様を授かっているようでしたら、子孫にお会いすることが出来るかと思ったものでしたから」
「貴女も同じお立場だからかしら?」
「妃陛下もご存知でしたか」
「ごめんなさいね。さすがに、あの事件を解決できたのは貴女のおかげですから。でもアーベライン公爵から天授びとである可能性を知らされたのは国王陛下と私のみです。私たちも貴女のことは表沙汰にする必要はないと判断しました」
「そうでしたか」
「知識を多く持ち、こんなに聡明な方がいらしたなんて、早くに知りたかったですわ。王太子妃候補にしましたのに」
「いえ、私は出自があの通りでしたから、選ばれるわけもありません」
「…そうですわね。貴族って何なのでしょうね。でも貴女は決して悪くないのです。だから貴女が卑下することもないですし、堂々となさってくださいね。貴女は立派な方よ。ハインツェル伯爵を育てたのは姉である貴女の力もあったのですから」
「妃陛下のお言葉ありがたく頂戴いたします」
「それにね、私はこの子が男子であろうが女子であろうが、王室典範の改正を求めようと思いますの。陛下のお言葉でもありましたでしょ?継承の在り方を考えたいと。優秀な者に継がせれば男子も女子もないと思いますの。なぜなら、フォルスター伯爵家のアウレリア様も大変聡明で切れ者でしたわ。貴女の母ディアナ様も貴女も当主が未成年だったために執務をこなしていらしたのよ?女子にも平等に権利があっても良いと思いますのよ」
「……。その事に関しては同感です。国母である妃陛下がその様なお考えをお持ちであるのでしたら、是非国を変えていただきたく思います」
「私と貴女は親子ほど歳が離れてますが、お話ししていて楽しいですわ。是非、今後とも私の友人としてこのように交流をしてくださいませんか?」
「ありがたい御言葉です。私でよろしければいつでもご一緒させてください」
マリアンネは王妃という立場であるマルティナがマリアンネ個人を評価し接してくれることに嬉しく思った。
◇◇◇
エミーリアの出産の報告をもらい、マリアンネはアレクシスと共に出産祝いのためシュトラウス侯爵邸に赴いた。
「おめでとうございます、エミーリア様。そしてお疲れ様です」
「ありがとう、マリアンネ様。そうね、あんなに命懸けだと思いませんでしたわ」
挨拶が一段落すると、乳母が赤ちゃんを連れてきた。とても愛らしい女児だった。
「クラウディアと名付けましたの。とても私たちに似てますのよ。私と貴女に」
「私にですか?」
マリアンネが顔を覗かせてもらうとクラウディアはヘーゼル色の瞳をしていた。
「愛らしいですね…。まるで天使のようです」
穏やかに微笑むマリアンネの様子に、エミーリアは安堵した。
エミーリアはマリアンネの横にくると、マリアンネを抱き締めた。
「貴女が従姉妹であろうと姉妹であろうと、私の貴女を慕う気持ちは変わりありません。私は貴女がいてくれて良かったです。これからの人生母としてしっかりと歩むためのスタートがきれましたから。母ともあれから連絡を取り合う仲になりましたのよ。娘にも会わせることができました」
「エミーリア様…」
こぼれ落ちる涙を止めることができなかった。血の繋がりに複雑な想いを抱いた一人であろうエミーリアは、真っ直ぐに気持ちを伝えてくれた。
「ほら、泣かないで。しっかり食べてますか?妖精のように愛らしかったのに、頬のお肉はどこへいっちゃったのかしら?」
顔を包み込み指の腹で涙を拭ってくれるエミーリアに、マリアンネは可笑しくなってしまった。
「姉妹だとしたら、生まれが早いですから私の方が姉ですわよ、エミーリア様」
「あら、そうね。だったらたくさん食べて背を抜かしてから言ってごらんなさいな」
クスクスと冗談を言い合う仲になるとは誰が思ったであろうか。自分がマリアンネを娶ると決断したことがこんなにも世界を変えることになろうとは、アレクシスは数ヶ月前の自分を褒め称えたいと思った。
二人は侯爵夫人であり、断罪によって有名になってしまった家の関係者だ。今後様々な視線を向けられるだろうが、お互い支え合えるだろう。
◇◇◇
アレクシスは、マリアンネを想い会いたいと申し出てくれる人物には積極的に会わせた。結果、マリアンネは徐々に笑顔を取り戻していくことになった。
「レックス、ずっと私に寄り添ってくださりありがとうございます。貴方が変わらず傍に居てくれたことがどれだけ支えになったか…」
「私には傍に居て愛を囁くことしか思い付かなくてね」
「愛…、囁いていらっしゃいましたか?」
「…囁いてはないか。でも言葉にせずとも通じていただろう?」
「そうですね。貴方らしい表現方法だと思います」
ただ傍に寄り添う。欲しい言葉は他の人たちからもらった。そう計らってくれたのは他でもないアレクシスだ。
「それにしても、クラウディア嬢はとても愛らしかったな。君は男子と女子ならばどちらが欲しいかい?」
「どちらかなんて選べません。きっと男子なら貴方に似て美しいでしょうね。女子ならば私が出来なかったことをいろいろさせてあげたいと思います。着飾ったり教育を受けたり…」
「女子だとしても美しいだろう。君もまた美しいからな。ではどちらも授かるまで励むとしようか」
「その為には長生きしてくださいませ。授かって終わりでは無いのですよ、子育ては」
「…肝に銘じておくとしよう」
2人のホットミルクの時間は、死が2人を分かつ時まで日課となった。
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