21.断罪
騒ぎを聞きつけ、シュトラウス侯爵夫妻、ローゼンハイム侯爵夫妻がフォルスター一行の元に集まった。
視界の隅にそれを確認すると、アウレリアは続きを語り始めた。
「貴方の狙いは何ですの?ユリウスの養子縁組は後継の為ですか?」
ランドルフは自分に向けられた質問に答えた。
「そうだ。エミーリアが婿をとり必ず男子を産むとは限らない。少しでも確実に後継となる者が必要だった」
「だったら何故、ディアナ様がお亡くなりになった後すぐに養子に迎えなかったのです?ユリウスとマリアンネ様を」
「…」
「ハインツェル伯爵領を手の内に入れる為では無かったでしょう?フォルスター存続の為考えたということですか?フォルスターはただでさえ先代のお陰でかなりの資産を手に入れていました。貴方は不器用ですからそれを維持することに手一杯でしたわね。それに先代と違って貴方は資産や権力に興味はありませんでしたから。仮にハインツェルを手の内にするには今ではなく、ユリウスが成人になるまでの期間が長い5年前の方が遥かに有利だったはずですもの」
「ユリウスを養子に入れることを思い付いたのはエミーリアを嫁に出すことを考えてからだ。お前が伯爵以下の婿取りを考えてないと言ったから、こちらとしても苦肉の策だ」
「だからといってその通りにすることはなかったはず。私とエミーリアの関係が変わり始めたからではありませんか?」
それにはエミーリアは目を見開き、アウレリアの言葉に耳を傾けた。
「私とエミーリアの関係が変わったのは、デビュタント後の我が家で行われたお茶会から…、いえ、厳密に言えば、ディアナ様の死からですわ」
その言葉にランドルフは唾を飲み込んだ。
「私があのお茶会を開催したのは、少しでもディアナ様を困らせたかったからなのです。貴方の愛を一心に受け続けているディアナ様にちょっとした意地悪を。貴女の娘は笑われてバカにされてデビュタントは失敗に終わりましたわよって伝えるために。ところがそれから間もなく自害なさったと聞いて、私は何てことをしてしまったのだろうと、ただ困らせたかっただけなのに死なせてしまうなんてと、後悔の気持ちでいっぱいでした。そんな私にとってユリウスの養子縁組の話は喜ばしいことでした。ユリウスを立派な伯爵にすること、それがディアナ様への償いになると思ったのです」
なんとディアナの死は自分の所為だと思っている者がもう一人いたのだ。マリアンネとエミーリアは顔を見合わせた。
「しかし腑に落ちないことがあったのです。先ほども申しましたが、なぜマリアンネ様もご一緒では無かったのでしょう?なぜ5年もかかったのでしょう?」
「マリアンネを養子に迎えなかったのは、その必要がなかったからだ。後継が必要なだけだから受け入れたいのはユリウスだけだ。それにマリアンネはもう縁談が整っていたしな」
それにはアレクシスは首を傾げた。もうアウレリアの印象は変わった。欲深い人間というイメージはない。それよりもマリアンネのことも守ろうとしてくれていたのではと思えてならない。マリアンネの縁談は急いで組んだものであって、ユリウスの養子縁組の方が先に纏まっていたはずだ。
「5年もかかったのはユリウスとマリアンネの信頼を得るためだ。叔父として会ったことなどなかったし、支援をすることで爵位や領地を脅かしたい訳ではないことを証明したかったのだ」
アウレリアはふんと鼻を鳴らした。
「貴方は私に隠していたつもりでしょうが、支援を開始したことも把握しておりますわ。それにしてもあんな少額、役に立てたのかしら?ハインツェルをどうにかしたいと思っていたのならば、あんなにちっぽけな支援金しか与えないのはおかしいですけど、もっとそれなりの額であれば信頼を得るのに5年もかからなかったはず。はじめはユリウスが成人を迎えたのちに養子縁組する予定だったのではないですか?早めなければならない理由があったのではないですか?特に、不明人届けを」
「…なぜそこで不明人届けなんだ!?」
「あと半年待てばユリウスが自分で届けを出せました。でも半年後に申請したのでは不明人認定はそこから1年かかります。貴方は少しでも早く出したかったのではないですか?なぜなら、クリストフ様の生存を知ってしまったからです。貴方はエミーリアの縁談を纏める為にシュトラウス領に足を運んでいましたからお見かけしたのではないですか?」
「…憶測に過ぎんだろう」
「そして、マリアンネ様の件ですが、どうしても私に会わせる訳にはいかなかったのではないですか?……理由はマリアンネ様が似ているからです」
「まあ、嫉妬した女性は怖いからな」
「いえ、似ているのはディアナ様ではありません。貴方にです」
ランドルフはアウレリアに合わせたくないとその理由をディアナの面影があるからだと言っていた。アレクシスもそれを鵜呑みにしていたが、今はそう思えない。なぜならば、ランドルフの瞳はエミーリアやマリアンネと同じくヘーゼルで、マリアンネの父であるはずのクリストフの瞳は青だ。それはユリウスも同じである。フォルスターの家系がヘーゼル色の瞳であると思っていたが、この日初めて見るクリストフとユリウスの姿でランドルフの真意は嘘であったと理解した。
「ユリウスを迎えて数日経った頃、ユリウスがマリアンネ様の幼少の頃の姿絵を持っていることを知りました。もう会うことはないだろうと寂しそうにしていたのですが、そのお姿に驚きました。瞳がヘーゼル色でしたから疑いました。それからです。腑に落ちなかったことを調べ始めたのは。クリストフ様のことも調べていましたから辿り着くのにそこまで時間はかかりませんでしたわ」
ランドルフはふてぶてしく、しらばっくれていた。クリストフは許可を求めると衛兵は拘束を弛めた。
「俺が久しぶりに役所に戸籍を確認しに行くと、5年前にディアナが死んで除籍され、マリアンネは結婚しハインツェルから抜けていて、ユリウスがフォルスターの養子になっていた。衝撃は大きかったよ。ちょうどそこにアウレリア様が現れたんだ。不審に思っていることを明らかにしたいのだというアウレリア様に、俺が家を出るまでのこと、そして出てからのことも話をしたよ」
クリストフの話はこうであった。
マリアンネが生まれると瞳の色に驚いた。フォルスター先代夫人つまりマリアンネの祖母はオッドアイの持ち主であった。それぞれの色彩を受け継いだのか兄ランドルフはヘーゼル色、クリストフは青色の瞳だった。しかしマリアンネの瞳は隔世遺伝ということも考えられると納得しようとしていると、ディアナが青ざめていて、ランドルフとアウレリアの結婚披露宴の日、祝いの場でしこたま飲まされたクリストフは記憶がなく、その隙にランドルフに襲われたのだと打ち明けられた。交わりがあった以上可能性が否定できないものであった。そこから5年後ユリウスが生まれると自分と同じ青い瞳であったことから、マリアンネの事が急に愛せなくなってしまった。葛藤もあったが、いっそのこと嫌われてハインツェルから離れようと、資産を持ち逃げした。そこからは捜索に怯えながらもなんとか食い繋いで生きていた。ディアナや子供たちのことも忘れることは出来ず時々確認していた。そんな日々も10年となろうかという頃、世話になっていた平民女性との間に子を授かった。戸籍を確認するとまだハインツェルに籍があったが、平民との結婚には戸籍がない。その為、今後は平民として暮らすと心に決め、ハインツェルのことを確認することもしなくなったということだった。
マリアンネは顔面蒼白となり今にも倒れそうだったが、そのマリアンネに寄り添い力強く支えたのはエミーリアであった。エミーリアは嫌悪の表情を浮かべ父であるランドルフを睨み付けていた。
アレクシスはマリアンネをエミーリアに託すと、ランドルフに詰めよった。
「これまでの話を纏めると、もう1点腑に落ちないことがあります。ハインツェル家に関わり始めた時期です。支援を開始したのはディアナ様が亡くなって半年経ってからです。でも貴方は言っていた。クリストフ様が家を出てからすぐにでも支援をしたいと先代に申し出ていたが受け入れてもらえなかったと。それほどまでにハインツェルを、いやディアナ様を気にかけていた貴方が爵位を継いで半年もハインツェルに関わろうとしなかったのは本当か?爵位を継ぎ真っ先にハインツェルに支援するといって関わろうとしに行ったはず。ところが問題が起きたことでもう関わる予定はなくなったのではないですか?もうディアナ様がいないことを知っていた、違いますか?」
「…」
そこにアーベライン公爵夫妻が衛兵を引き連れやってきた。
「ここからは私が請け負おう」
「ラインハルト様…」
アレクシスが目を合わせると、ラインハルトは笑みを浮かべ頷いた。
「アレクシスに依頼され、私はクリストフ·ハインツェルの捜索をした。するともう一人同じように行動している人物がいた。アウレリア·フォルスター伯爵夫人だ。目的が同じであると判断した私はフォルスター伯爵夫人と接触した。情報を整理していく内に、クリストフ·ハインツェルに今後害はなく、ある男の行動に疑いを持つことになった。今まで全く夫人と長女のエミーリア様に無関心だったのにこの5年は関係が変わったと。夫人とエミーリア様の関係が変わり始めたのも5年前。女の勘というものは当たるものなのだよ。今度は夫人に依頼され、ハインツェル邸に勤める当時第一発見者の執事ヘンドリックにディアナ様の死で不審に思うことはないか尋ねたところ、髪型が変わっていたと証言したんだ。いつも髪は伸ばしておられたため前髪はなかったのに、首を釣って亡くなっていた時には前髪が作られていたと証言を得た。もう5年も前のことだが可能性にかけた。証拠が出てきたよ」
するとラインハルトは1人の衛兵を呼び、あるものを掲げるよう指示した。
それを見たランドルフは膝から崩れ落ちた。
瓶に入った不自然な髪の束だった。
「これはランドルフ·フォルスター伯爵の私室から出てきたよ。すまないね、ハインツェル伯爵。この髪の色に見覚えはあるかな?」
「…はい。母の…、ディアナ·ハインツェルのものと一致します」
それを聞いたクリストフは泣き崩れた。家を出てしまってすまないとひたすら謝り続けていた。
「ランドルフ·フォルスター伯爵、婦女暴行だけでも許されるものではないが、殺人となってはもう別物だ。物証も出ている。異論はないな」
「…はい」
「連れていけ」
衛兵はランドルフを捕まえると、ホールの外へと消えていった。
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