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19.ユリウス·ハインツェル

時は遡ること約半年、ユリウスはハインツェル伯爵邸をあとにし、ランドルフと共にフォルスター邸に向けて移動していた。


「ユリウス、大事な話がある。君はフォルスター伯爵の継承権があると伝えたね」


「はい。そのため、私を養子に迎えたいとのお話でした」


「ああ。しかし、1点問題があるんだ」


「問題ですか?」


「君は継承順位としては2番目となる」


「2番目ですか?1番目はどなたに?」


「私の弟であり君の父であるクリストフだ」


この国は貴族社会で爵位を持つ者は責任を持って次の世代へ繋いでいかなければならない。継承は基本逝去により行われ、国王に認められた例外による生前退位や贈与以外は認められていない。男系での継承となっており、女子が家督にはならない(『天授びと』は例外となり女子でも個人に爵位を授かる)男子がいない場合長女である女子を嫡子扱いとし婿を取るが、その婿に継承権はない。あくまで血筋が重要である。この夫婦に男子が生まれればその子は嫡孫となり継承第1位となる。そう、さらに言うなれば直系であることも必要で優先になってくる。ハインツェル家で例えるとクリストフに継承権はなく、ユリウスは嫡孫となり伯爵を継承した。嫡男嫡孫がおらず爵位を持つ者が逝去した場合、直系の男子を遡り血筋が近いものから優先となる。フォルスター家で例えるとエミーリアは嫡子扱いであったが家を出た為、ランドルフが亡くなった場合弟のクリストフが1番近い血筋となり1位でその息子ユリウスが次点となる。仮にエミーリアが婿をとり息子が生まれたとしたらその息子が嫡孫となり1位となっていた。また二つ以上の爵位を持つ場合、嫡男だけに継承するのではなく次点以下の継承者がいれば各々に継承することも可能だ。

これほどまでに男系に縛られると爵位を維持する条件も厳しくなるため、簡単には除籍させることが出来ない。国王に認められる事案もしくは罪に問われない限りは貴族としてあり続ける。

また、爵位が他の家に移った場合、元の家の者たちは旧貴族として生活を送ることになるため、爵位を失う可能性がある者たちは予め家や金銭、そして職を確保していることが殆どである。


他にも細かい決まりがある。15歳の誕生日を迎えると成人とし、その後の適当な社交の場をデビュタントに選ぶ。デビュタントを終えれば婚約を結ぶことが可能となる。決裁権は爵位を持つ当主にあるが当主が未成年の場合、最も近い血筋の者が代理を努める。ハインツェル伯爵の場合は母が代理であったが死去後は成人を迎えた姉マリアンネが務めている。あくまで血筋が重要で養子縁組により保護者が変わっても、決裁権は変わらない。これは養子縁組による他の家督による乗っ取りを防ぐためだ。また女子が代理人であった場合、嫁ぐなどして家から出た時には、未成年当主本人の署名の併記が必要となり2名の署名を以て決裁となる。コルネリアが嫁いでもローゼンハイム侯爵の執務を手伝っていた理由はこの為であった。


貴族のみが戸籍管理されており、平民はその点に関しては縛られることはない。爵位の継承権が複雑化されているが為の措置である。



ユリウスはこの日までに学んだ知識を総動員し、解釈した。


「父の存在をすっかり忘れていました」


「ああ。私もだ。そこで、マリアンネにお願いして不明人届けを申請してもらってある。不明人届けが受理された時点から1年間、不明人が出てこなければ除籍が可能だ。この15年ずっと行方不明だったから、あと1年待つだけで継承権の順位が変わる」


「そんなに上手くいくのでしょうか?」


「これはある意味賭けだが、君がハインツェル伯爵であることには変わりはない。君が爵位を2つ得ることが出来るかどうかの話だからな。しかしディアナ様が何も申請していなかったとは油断した」


「何もですか?」


「ああ。不明人届けも離婚届けも出されていなかった。よってアイツはまだクリストフ·ハインツェルなんだよ」


「それが何か問題なのですか?」


「離婚していて、アイツがフォルスターに戻っていたら、私がもっと早く届けを出すことが出来た」


「でも次の婚姻が結ばれていたらわからないのでは?」


「次の婚姻が平民相手でない限り、戸籍が動いているはずなんだ。問い合わせたら結婚して君が嫡男として登録されて以降先代伯爵とディアナ様の死去による除籍が最後で何も変わってはいなかった」


「そうですか。ちなみにどちらかで既に亡くなっている可能性はないのですか?」


「それも考えられる。身分が証明されていれば申請して死去による除籍が加わっているだろう。しかし身分が証明されていなければただの不明人だ。行方を眩ましたのに身分も偽らず行動しているとは思えないしな」


「では、不明人届けが出されていることを本人が知らなければ見つけ出されたり名乗り出ることはないということですか?」


「そう考えている」


なかなか複雑な状況にユリウスは困惑した。


「マリアンネにはこの先は自分の幸せだけを考え行動して欲しいと伝えてある。本日付けでローゼンハイム侯爵様との婚姻届が受理されている。ハインツェル伯爵領については残っていたヘンドリックと新たにフォルスター伯爵領からの人員で手入れを続けてもらって君の成人を待って書類に関しては決裁する予定だ。急ぎで決裁しなければならないものに関してはマリアンネに署名を依頼するかもしれないが、今のこの時期は特に重要なものはないだろうからな」


ここからユリウスが成人を迎えるまでの半年、ハインツェル伯爵の決裁には2人の署名が必要となる。マリアンネと離れた事が果たして正しかったのか…。14歳のユリウスには判断が出来なかった。


◇◇◇


「よくいらっしゃいましたね、ハインツェル伯爵。私はフォルスター伯爵夫人のアウレリアです。貴方をフォルスターの養子に迎えましたので、ユリウスとお呼びしてもよろしいかしら?」


「はい。伯爵夫人。私は母上とお呼びした方がよろしいでしょうか?」


「無理することはありません。貴方が私を母と受け入れてくれたらで構いませんわ。それまでは名前でも、夫人でも、奥様でもお好きなようにお呼びになって」


「それでは、アウレリア様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」


「ええ。これからよろしくお願いしますね」


アウレリアとユリウスの顔合わせはあっさりと終わった。すごく近いわけでもなく遠いわけでもない距離感にユリウスは安堵した。


「ユリウスは好きなお料理はありますか?嫌いな食べ物はありますか?」


「いえ、これといってはありません」


「そう。それでしたらシェフに任せてしまいますね。今日の晩餐は豪華にしましょう。貴方の歓迎会ですわ」


「ありがとうございます」


表向きなのかはわからないが、歓迎されているように受け取れ、マリアンネが支度金を全て自分に使う程警戒する相手なのかと、話に聞いていたアウレリアと印象が違うことに困惑した。ランドルフは邸に戻るなり執務に社交に忙しくしており、邸内のことはアウレリアに一任されていることがよくわかった為、アウレリアのことをこの邸で逆らってはいけない相手だろうことは理解した。


ここから半年、ユリウスはアウレリアによって用意された家庭教師に教育を受け、貴族令息として驚きの成長を遂げた。食事もしっかり摂り、身体を鍛え、成長期も重なり、すっかり見違えるように大きくなった。ランドルフやクリストフの見目からも血筋として美しいことはわかっていたが、ユリウスの変貌ぶりにアウレリアは期待以上の出来で満足している様子だった。


「アウレリア様、私はハインツェル伯爵でもあるわけですが、現在伯爵領の運営はどうなっているのですか?」


「信用のおける人員を向かわせて、貴方のデビュタント後に運営を再開出来るよう準備を整えてますわ。私としては私達夫婦がハインツェル伯爵領に介入することは違うと思っていますの。主人はハインツェル領の経営に関与はしてません。直に貴方が当主として舵を取ることが出来るのですから」


「では、叔父上はいつも何をされているのです?」


ここへ来てからというものランドルフとは必要最低限の会話と顔合わせしかしていないため、ずっと疑問に思っていることであった。


「夫はいつも執務をしてますわ。フォルスター伯爵領のことよ。先代がいろいろ手をつけたお陰で忙しいのよ。私もお手伝いをしておりますの。でもそうね、私も仕事以外に交流はないわ。これが私達の通常でもう疑問にも思わなかったわ。不安にさせてしまったかしら?」


「いえ、私にはアウレリア様が傍にいてくださっていましたので、とても心強いです」


「いよいよデビュタントですわね。今回の社交は私達と共に参りますから、…私が貴方を支え守りますわ」


ユリウスはこの半年でアウレリアを信用し、信頼関係を築き上げていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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