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18.思いがけない訪問者

初めての夜会から1ヶ月が経とうという頃、1通の手紙が届いた。


「マリアンネ様宛なのです。お読みになりますか?」


モーリッツは警戒しながらもマリアンネ本人に渡してくれた。


「私にですか?どちらからでしょう?」


「この紋章はシュトラウス侯爵のものだと思うのですが…」


「シュトラウス?どこかで聞いたような…」


「先月の夜会にいらっしゃいましたか?」


「そうだわ。たしか、ご挨拶した時に夫人が具合を悪くされて席を外してるっておっしゃってたお方ね」


「あの、このお手紙は恐らくその侯爵夫人からではないでしょうか?」


「え?」


「シュトラウス侯爵夫人は、フォルスター伯爵令嬢のエミーリア様であったかと」


ユリウスの養子縁組とマリアンネの縁談と共にランドルフから説明があったことを思い出した。


「そうだわ!シュトラウス侯爵様だわ。まずはお手紙を読んでみましょう」


そこには、こんなことが書かれていた。


『マリアンネ様

突然のお手紙を失礼いたします。

先月バッハマン伯爵邸で行われた夜会で貴女をお見かけし、貴女の現在を知ることとなりました。折り入って貴女にお話したいことがございます。ローゼンハイム侯爵邸にご訪問させていただきますので、もしお会いしていただけるのであればお返事をいただきたく思います。

エミーリア·シュトラウス』


「ほんとにエミーリア様からだわ。お話って何でしょうね?」


「差し支えなければ旦那様にもご相談されてみてはいかがでしょうか?」


マリアンネ個人の問題であればアレクシスを通さなくても問題はないだろう。しかし、1度も会ったことのない従姉妹からの会いたいという手紙だ。モーリッツが警戒するのもわかる。


「ええ。一応相談してみようと思います」


◇◇◇


「なるほどな。エミーリア様からか。どうしたのだろうな?」


「はい。実は私は1度もお会いしたことないのです。知っていることも同い年だということくらいで」


執務室で仕事をしていたアレクシスを訪ねて早速相談した。


「リアはどうしたい?会いたいか?」


「はい。偶然お会いしたときにお話するわけではなく、きちんと場を設けてお話したいということですから、何か深い事情があるのだと考えまして。とはいえエミーリア様がどういった方なのか知らないだけに、二人でお会いするのはなかなか勇気が要りますので、レックスに同席願えないかと思いました」


「うむ、私もその意見に賛成だ。エミーリア様には私も同席することを併記して返事してくれ」


「はい。ありがとうございます」


◇◇◇


返事を出して数日後、シュトラウス侯爵夫人訪問の先触れがきた。


(いよいよお会いすることになる。緊張するわね。どんなお話なのでしょう。どんなお方なのでしょう?)


マリアンネはそわそわと落ち着かず、私室内をうろうろしたかと思うと、くまさんを手に取りソファに腰掛け抱き締めた。


そこへモーリッツがマリアンネを呼びにきた。


「奥様失礼します。シュトラウス侯爵夫人がお見えになりまして、応接室にお通し致しました…!なんと!」


いつも眈々とこなすモーリッツの驚きの声にマリアンネは首を傾げた。


「どうしたの?」


「はっ!いえ、その、とても愛らしく天使が舞い降りたのかと…」


来客があるためいつもより着飾り、くまのぬいぐるみを抱き締めソファにちょこんと腰掛けている様子は、愛らしい以外の言葉が見つからなかった。


「あらやだ、大袈裟よ。これの所為ね?少し落ち着くことができたわ。ここで待っててもらいましょうね」


そう言うと立ち上がり、くまさんをソファに座らせた。


◇◇◇


「どうぞ、中でお待ちです。すぐに旦那様をお連れいたします」


「ありがとう」


モーリッツはマリアンネを部屋の中へ通した。


中にいた女性はマリアンネの姿を確認するとゆっくりと立ち上がり挨拶をした。


(なんて、お美しいのでしょう)


緩やかなドレスに身を包み、絹糸のように煌めくプラチナブロンドが揺れ、透き通るような白い肌が高貴な雰囲気を際立たせている。


対してマリアンネは、背の低さを補うべくウエストの高い位置にリボンを絞め、襟元をレースで飾ったドレスを身につけていた。キャメルブロンドの髪は編み込みひとつにまとめ、紅をさした頬が愛らしさを際立たせている。


そして、二人の輝くヘーゼル色の瞳が血縁であることを物語っているようだった。


((まるで妖精のようだわ))


二人はしばらく見つめあっていたが、マリアンネが促し着席した。


「先日、シュトラウス侯爵様とご挨拶した際に夫人はお具合が悪いとお休みになられていたようですが、その後は大丈夫でしたか?」


「ええ。せっかくご挨拶できる機会でしたのに、今は落ち着いてますのよ。お気遣いありがとうございます。…あの日、控え室で休んでおりましたらホールが騒がしくなって、何事かと覗きましたらマリアンネ様を見つけたのです。あ、すみません、お名前でお呼びしてしまって」


「いえ、私達は従姉妹ですから。私もエミーリア様とお呼びしてもよろしいですか?」


「ええ。勿論ですわ」


そこへアレクシスが入室した。


「これはシュトラウス侯爵夫人、ご足労いただきありがとうございます」


「いえ、こちらこそローゼンハイム侯爵様。急なお願いに応えてくださり感謝します」


アレクシスはマリアンネの横に腰掛けると優しい笑みを浮かべた。


(お二人は同じ瞳をしている…。悪い話でないと良いが)


「何を話していたんだい?」


「私達は今日初めてお会いしましたが従姉妹ですのでお名前で呼び合いましょうとお話ししていた所でした」


「そうか」


穏やかな始まりだったことに、アレクシスは安堵した。


「お話とは何だったのでしょう?私が同席していても構いませんか?」


「はい。私の懺悔を聞いていただきたくて…、誠に勝手な話なのですが、私が前に進むために必要なことだと思ったものですから」


「「懺悔?」」


不穏な響きに二人は訝しんだ。


話が長くなることが予想されたためお茶を継ぎ足し一呼吸置いた。


「懺悔とはいったいどういったことなのでしょう?」


「…私がマリアンネ様のお母様を死に追いやってしまったと思っているのです!」


ディアナの死は自殺によるものだが、かつてその原因をマリアンネは自分だと言い、この日はエミーリアが自分だと言っている。


「ちょっとわからないな。順を追って説明していただけますか?」


アレクシスはエミーリアを落ち着かせ詳細を促した。


緊張からなのか、エミーリアはハンカチを握りしめながら話し始めた。


「私がデビュタントをした日、マリアンネ様も同じくデビュタントでした。私は同い年の従姉妹がいることを知ってはいましたが、お会いしたことがありませんでしたのでお顔も存じ上げなかったのです。私は母の教育上、新しいものに敏感で流行ばかりをおっていました。あの日ある女性のドレスが目に留まったのです。私は見たことがなく新鮮で素敵なデザインだという気持ちで「あちらの女性のドレスは見たことがありませんね」と友人らに申し上げたんです。そうしましたら婦人らのお話でそのドレスは古いものであることがわかり、悪たれ口が始まったのです。私が生まれる前に流行ったデザインでしたから私は知らなかったんです。そうこうしている間にその女性はいなくなってしまいました。私はその出来事を母に話しました。すると後日我が家で開かれたお茶会でも話題に上がり、中傷に紛れその女性がマリアンネ様であり非常に貧しい生活をしていると知りました。この時母が見せた笑顔は今でも頭にこびりついています。この日の参加者にはマリアンネ様のお母様のご友人もいたのです。それから数日後のことでした。マリアンネ様のお母様がお亡くなりになったのは。私は、私の呟きや母への報告がなければ陥らなかった事態だと思っているのです」


「その事を懺悔したかったと?」


「はい」


「でも貴女が私を陥れようと発言したものではありませんでしたよね?」


「そうだとしても結果的に貴女を苦しめることに繋がってしまいました」


アレクシスとマリアンネは目配せた。心から落ち込んでいるエミーリアをどうしたら救ってあげられるのだろうかとマリアンネは考えた。


「エミーリア様、母の死は自殺です。本人に確認できませんから原因が何だったかは今となってはもうわからないのです。私も私の所為だと悩みを抱えていたこともありました。しかしアレクシス様のお言葉で救われました。エミーリア様、私のドレスを素敵だと見つけてくださりありがとうございました。古いものでもまた巡って流行になることもございましょう。祖母から母、母から娘にといったように伝統を受け継いで身に付けるという文化があっても良いかもしれませんね」


「私もそう思いますよ。あのドレスは素敵だったと思います。貴女は見る目がおありになる」


アレクシスとマリアンネはエミーリアを責めることなく、優しい笑顔を向けた。


「マリアンネ様、ローゼンハイム侯爵様、ありがとうございます」


握りしめられていたハンカチは、エミーリアの涙を拭うために使われた。


エミーリアが落ち着いた頃、マリアンネが質問をした。


「エミーリア様が前に進むためのお話だということでしたが、母のこと以外にも何かおありになるのでは?」


はっと顔をあげ、エミーリアは話を再開した。


「そうなのです。その、先ほど話に出たお茶会以降、私は母との関係を考えるようになったのです。私はただの娘なのだろうか、母にとって私は母の駒なのではないかと。私のデビュタントを終えると様々な社交に連れ出されました。たくさんの貴族令息にお会いすることになりました。祖父が亡くなり父が爵位を継いだとたん、私の元にたくさんの釣書が届くようになったのです。貴族ってわかりやすいですわよね。その中から父はベルネット伯爵次男との婚約はどうかと提案してきたんです。家格も同等でしたから婿にとるには当たり障りないと。しかし母は、私をどこの令嬢よりも美しく賢く育てたつもりだから一人娘でなければ侯爵以上に嫁いでもおかしくない存在だと、同等の伯爵家からの婿取りを勘弁願いたいと訴えました。高品質なものを身に付け高貴なお方と交流し、なお娘の相手に更なる高位な方を望むなんて。私は母の飾りの一部なのではとそこから母と距離をとるようになりました。そんな私を父が気にかけてくれるようになりました。それまで関わろうともしていなかったのに。父は私に相応しい相手を探すことに躍起になっていましたから、母の意見をどこまで受け入れるか悩んでいました。父と結婚する前、母にはクレバー子爵嫡男との縁談が上がっていたそうですが、子爵以下に嫁ぐ気はないと断った話を聞いていると。父はその頃初恋が実らず祖父のもといろいろな事を諦めていたそうで、母との婚約も祖父に決められたものだったそうです。そんな背景を持つ母の意見を考慮すると当時侯爵以上では庶子はおりませんし婚約者がいらっしゃる方が多く、適齢で考えると歳が近いシュトラウス侯爵嫡男アードリアン様か独身でおられる当時はまだ20代のローゼンハイム侯爵様、そして現在の王太子殿下しか見当たりませんでした。婿取りは絶望的な状況でしたので、父は甥であるハインツェル伯爵を養子に迎えることで私を嫁がせることを考えたのです。そうすれば私も母と離れることができますから」


「しかし、その話ですと実現まで5年弱はかかっていますね?」


「はい。父がハインツェル伯爵家に支援を始めて日が浅いうちには提案ができませんでした。マリアンネ様とユリウス様に警戒されてしまっては話が進みませんし、この間に母が納得するお相手が現れるかもしれませんでしたから。しかし母から代替的に誰かを提案されることもなく月日は流れたのです。そして父が計画を遂行しました」


「ハインツェル側のことは当事者でもあるのでわかりますが、シュトラウス侯爵側とフォルスター伯爵夫人は上手く事が運んだのですか?」


「はい。実は私とアードリアン様は密かに文通していました。お互い嫡子でしたので秘めた恋でした。アードリアン様は私が結婚するまでは身を固めることはしないとおっしゃってくださっていました。そんなことなど知らずに父は家督を継いだアードリアン様に縁談を持ちかけました。私達にとってはとても嬉しいお話でした。そして母は私がシュトラウス侯爵に嫁ぐこととハインツェル伯爵の養子縁組をあっさりと受け入れました。このように上手くことは運んだのですが、もう一つ私の心に刻まれたことがあるのです。私の輿入れの日、母から「もう貴女はフォルスターの人間ではありません。侯爵夫人です。貴女に期待することはそれだけです。肝に銘じなさい」と言われたのです。私は母の人生において駒の一部に過ぎなかったのだと実感したのです。私は自分の子供とよい関係が築けるのか不安で…、分岐点であったデビュタントの心残りを取り払いたかったのです」


「エミーリア様がお母様になるからですね?」


エミーリアは優しく頷いた。


「はい。私は今、子を身籠っております」


「おめでとうございます、エミーリア様。それで夜会では具合を悪くされていたのですね?」


「私はつわりもなく比較的普通に過ごせたものですから、社交にも参加していたのです。しかしあの日は珍しいお酒の披露を兼ねてましたので、その匂いに酔ってしまいました」


「それは災難でしたね。お体を大事になさってください」


マリアンネは少し考えると助言した。


「本日のエミーリア様を知る限り、きっと貴女は貴女のやり方で良いお母さんになれると思いますよ。私が保証します」


「…マリアンネ様、ありがとう…」


心に支えていたものを取り払ったエミーリアは、すっきりとした顔つきになった。


「あの、私がマリアンネ様にお会いしようと決意したものにはもう一つ理由がございます」


「もう一つですか?」


「ユリウス様のデビュタントが決まりました。来月行われる国王の即位1周年記念式典です」


「そんなに大きな規模のパーティーですか!?」


「はい。父から手紙が届きました。国内の貴族が挙って参加しますから、私と母が顔を合わせるだろうことを伝えてくれたのです。私は結婚してから生家には一切関わっておりませんので…」


「そうでしたの。それで、なぜ私に?」


「私と入れ替わるようにフォルスターに入ったユリウス様が心配で…、母の影響を大きく受けているのではないかと思ったのです。私はユリウス様にお会いしたことがありませんから変化に気付けません。侯爵夫人であるマリアンネ様も式典には参加されるだろうと思いましたので母のこととユリウス様のデビュタントのことをお知らせしようと…」


「そうでしたの。教えていただきありがとうございます」


同じ侯爵夫人という身分、今までのマリアンネの社交での立場を考慮し、今後の社交場でマリアンネの居場所を確保出来るようエミーリアは自分が支えていきたいと申し出てくれた。良い関係を築きたいと互いが認め合い、アレクシスもそれを良しとした。


アレクシスはマリアンネに何か言いたげであったが、マリアンネがこの日はこのまま終わりにしようとしていることを察し、エミーリアの体調を案じお開きとした。


「エミーリア様、私、手芸が趣味ですの。もしよろしければ、妊婦さんや赤ちゃんがお使いになるものを作ってお贈りしても構いませんか?」


「まあ、嬉しいです。今まで交流がなかった分、これからは長くお付き合いできますことを私も望みます。楽しみにしておりますね」


こうしてエミーリアを見送った。


◇◇◇


「珍しいな。君の事だからまた深入りするかと思ったのだが…。今回は私でさえ悟ることができたから」


「深入りですか?うーん、そうですね、今は妊婦であるエミーリア様を揺さぶりたくありませんでしたし、それにまだあの方を知りませんから、時期ではありません」


「確かに、実際にお会いしてみないとわからないこともあるな。そういえばきちんと君に式典の招待状が来ていたことを伝えていなかったな。参加するかい?前回の夜会の事があったから、無理することはないと思っていたのだが…」


「式典の招待状ですか?エミーリア様は貴族が挙って参加するとおっしゃってましたが?」


「国の式典だからな、王城が一部一般公開される。国王の御言葉は広場からも見えるようバルコニーで行われるから、訪れた者は皆聞くことが出来るんだ。そして王家からの招待状を受け取った貴族のみパーティーにも参加することが出来る。高位貴族は受け取っているはずだ。下位貴族でもこの1年の功労や、王家に関わりのある者は個別に招待を受けることがあるんだ。この場をデビュタントに選ぶとは、伯爵夫人の考えだろうか?」


「通常はここまで大きなものを選びませんよね?」


「とはいえ身内のこじんまりしたものではお披露目の役割としては物足りない。この式典であれば伯爵夫妻がユリウス様に帯同してあげられるから大きな失敗が起こりにくい点、それと1日で国内の高位貴族に紹介することが可能だ。印象に残り難い点は欠点かな。まあそもそもユリウス様は伯爵だからな。ユリウス様自身が招待状を受け取っているのかもしれない」


「私はこの式典に参加します。ユリウスが心配なので…」


「それは伯爵夫人か?」


「いえ、伯爵夫人のことは全く心配しておりません」


やっぱりなとアレクシスは口角を上げた。


「では、何が心配に?」


「もちろん、あの人の存在です」


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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