14.ハーブティーの真相
朝食の準備の為にマリアンネは早起きし調理場へとやってきた。
「奥様!!!なぜこんなに早くに!」
ダニエルはこの場にいるはずのない人物に驚いた。
「ごめんなさい。本当は昨日のうちに相談したかったのだけど時間がなくて、直接お話をしたかったの。コルネリア様のお食事内容はいつも決められていたの?」
「はい。パンとサラダは必ず。野菜は加熱したものが苦手でいらして、スープは具は入れずによそいます。肉料理と魚料理は交互にお出しし、朝は卵料理をお出しします。食後やティータイムはご持参される茶葉を使用しますので専属侍女がお湯だけ取りにいらっしゃいます」
「それは嫁ぐ前からですか?」
「いえ、嫁がれてからですね。検食のために温かいお料理が出ないそうで、サラダは冷たいお料理ですから野菜はこの方がおいしく召し上がれるそうです。肉や魚、卵を重ならないように召し上がるのも王家の習慣のようです」
「そうでしたか。私の分は栄養を摂るために特別なお料理を用意してもらってると思ってましたが、コルネリア様にもコルネリア様に合わせたお料理を用意していたのね」
「はい」
「臣籍降下した今もですか?」
「今回の訪問は公爵夫人になられてから初めてになりまして、これまで通りご用意したのです。コルネリア様においてはそこまでの必要はないかと思いますが、アーベライン公爵様は国王陛下の実弟でいらっしゃいますので何かあっては困りますから念のため」
「なかなか栄養指導したくてもここまでの御身分では自由がないのね」
「?」
ダニエルは何のことかわからなかった。
「今日の調理はこれからですか?」
「はい。まずはアーベライン公爵夫妻のお料理から始めます。検食のお時間もありますから」
「…なるほど。わかったわ。ありがとう。私が提案したお料理を作ってもらおうかとこちらへお邪魔したのだけれど、予定していたお料理をお出ししてね」
(コルネリア様にはお料理の提案だけ差し上げよう。料理長と相談して活用できそうなものを試してもらおう)
◇◇◇
この日の朝食は、マリアンネにはパン、ほうれん草とベーコンのソテー、目玉焼き、ミネストローネ。コルネリアにはパン、サラダ、スクランブルエッグ、コーンポタージュだった。
(なるほど、ほうれん草のソテーも温かいから美味しい。冷めたらバターとベーコンの脂が固まり舌触りも悪いし美味しいとは言えないわね。これではサラダが美味しい料理と思えるのも無理はないわ)
「お食事は検食があるとお聞きしました。温かいお料理は召し上がってないのですか?」
「ええ。遅効性のものがあっては困るからと30分は待つのよ。お料理は冷めてしまうわね。第三王子の妻でこれよ?両陛下は大変ね」
「それでサラダを召し上がっていたのですね。温かいものといったらお飲み物だけですね」
「ええ。だからかついつい飲みすぎてしまうのよ」
「いえ、身体を温めるには良いと思います。まずはブレンドされたハーブティーはお休みしてカフェインの少ない茶葉にすると良いと思います。それと身体に良いからと量の摂りすぎも害はありますからほどほどに。まさか、このようなお食事内容である理由がおありだったとは。私もまだまだ未熟です」
「未熟ですか?」
「はい。その人の暮らしぶりや背景も考慮した指導を心がけておりました。例えばアレルギーを持つ食材がある方に、その食材は身体に良いから摂ってくださいと指導しても無意味です、むしろ健康を脅かします。とある食材が良い効果があるから取り入れるよう指導しても、その食材が手に入らない地域では意味がありません。コルネリア様は冷たいお料理を召し上がらざるを得ませんでしたので、その中でもおいしく且つ身体を温める効果の期待できる食品選びが必要でした」
「でも私も温かいお料理が食べたいわ。公爵夫人になってもうすぐ1年ね。そうね…、もう検食もいらないと思うけれど。ラインハルト様に相談してみるわ」
「はい」
◇◇◇
「お世話になりましたね。マリーには特に。また遊びに来ても良いかしら?」
「はい!私もとても楽しい時間を過ごさせていただきました。コルネリア様にまたお会いできる日を楽しみにしています」
「うふふ。まずは結婚式ね。楽しみにしているわ」
「そうでしたね。是非、見届けていただきたく存じます」
コルネリアとマリアンネは手と手を取り合い別れを惜しみ、次に会える日に胸を踊らせていた。
「アレクシス、良い嫁をもらったな。君が幸せであることを心から願うよ」
「ラインハルト様、ありがとうございます。そしてよろしくお願いいたします」
「ああ。任せてくれ。それと、こちらこそありがとう。精査する」
こちらは固い握手を交わした。
アーベライン公爵夫妻が馬車に乗り込むと、コルネリアは「あ!」と声をあげた。
「アレクシス、お伝えするのを忘れていました。叔父様の動きが怪しいのです」
「叔父上ですか?」
「ええ。何か良からぬことをお考えではと思いましたの。少し注意していてください」
「わかりました。ご忠告ありがとうございます、姉上」
◇◇◇
この日のホットミルクの時間。
「姉上に『マリー』と呼ばれているのか?」
「はい。コルネリア様から母の愛を感じるというお話を伝えてから、コルネリア様はさらに私が愛おしく思えて仕方ないと愛称で呼んでも良いかとお話がありまして」
「私より親しい感じが悔しいな」
「え!?」
「私も愛称で呼びたい。……『ネネ』と呼んでも良いか?」
「ネネ!?」
「それとも『リア』にするか?あるいは『アンナ』、いや『リナ』も捨てがたい…」
「『リア』でお願いします…」
マリアンネは耳まで真っ赤に染めた。
「では私のことは何て呼ぶ?」
「へ!?」
「私も特別な呼び方をして欲しい」
アレクシスはマリアンネを見つめ懇願した。
「えーっと、では『レックス』はいかがでしょうか?それとも『アレックス』?あるいは『レクシー』もありますかね?」
「では、『レックス』と呼んでくれ」
アレクシスは満面の笑みを返した。
「わかりました」
マリアンネはこれ以上ない程に赤くなった。
(顔が熱い!!!)
◇◇◇
約1カ月後、翌日に結婚式を控え、アーベライン公爵夫妻がローゼンハイム邸に前入りした。
「邪魔してすまないな」
「マリー!今日もとっても愛らしいわね。会えて嬉しいわ。明日を楽しみにしていたのよ」
コルネリアはマリアンネを抱き締めた。アレクシスはその様子を目を細めて見つめた。
「ラインハルト様、姉上、私達の為にご足労いただきありがとうございます。本日は前夜祭がてら盛大に晩餐をしましょう」
「アレクシス、それは素晴らしいな。だが晩餐の前に話したいことがある。コルネリアにもマリアンネ様にも同席してもらいたいのだが良いか?」
女性陣は何事か?と緊張が走った。
場所を応接室に移動すると、ラインハルトは話を切り出した。
「めでたい席の前に報告がある。先月マリアンネ様に指摘されたハーブティーに関して精査した」
「ハーブティーですか?」
「ああ。陰謀説に関してもアレクシスから考察するよう助言をもらってね」
あの話を伝えたのかとマリアンネはアレクシスに目配せると、アレクシスは頷いた。
「結果から伝えよう。『黒』だ」
「「!!!」」「?」
アレクシスとマリアンネは驚き、コルネリアは首をかしげた。
「ごめんなさい。私だけついていけません。どういうことなのでしょう」
「コルネリア、落ち着いて聞いてくれ。ハーブティーを飲み始めたきっかけは毎月行われていた王家の女性たちのお茶会だと教えてくれたね?」
「はい。当時、アデーレ第二王子妃殿下が披露し、王宮の薬師に悩みに応じて調合してもらうと良いと教えていただきました。私はその頃両親が亡くなりとても気落ちしてしまって不眠に悩まされていましたので。マルティナ王太子妃殿下も同じく取り入れているとお話しされていたので私もお願いすることにしたのです」
「私はそれを聞いてある仮説を立てそれを立証することにしたんだ。まずは調合した薬師に前回と同じハーブティーを調合するよう頼んだ。飲み終わるからまた同じものが欲しいと、マルティナ王妃陛下の分とコルネリアの分だ。そして別の薬師に手元に残っていた茶葉と新しく用意してもらった茶葉を調べてもらった。どちらも手元に残っていた茶葉にはある薬草が混ぜられていた。その効果は避妊だ」
「!!!なんてことでしょう…。二人ともですか?」
「ああ。事の真相はこうだ。調合された茶葉を部屋へ運ぶまでの間に薬草を混入し、それを知らずに2人は飲んでいたんだ。首謀者はアデーレ様だ。マルティナ王妃陛下とコルネリアの侍女一人ずつを買収…いや、家族を人質に脅して操っていた。侍女らはやっと解放されると涙ながらに語ってくれたからすぐにアデーレ様に行き当たったよ。始めこそ否定していたが、陰湿だったわりに証言も証拠も多数で言い逃れは出来なかったようだ」
「理由は何ですか?」
「アデーレ様は息子が生まれると欲が出て、息子を王太子にしたくなったからと語ったが、本当はどうだろうか?国際問題にまで発展するものかはわからない」
「国際問題ですか?」
「アデーレ様は隣国の皇女様だ。国交の為の結婚であるが、こんなことがあっては怪しいな。特にあちらは薬事文化が発展している」
「ちなみに皆さんはどうなったのですか?」
「まずアデーレ様は生涯幽閉する措置がとられた。公には病により床に伏せていることにするだろう。夫である次兄は王家を脅かしていたショックから憔悴されていて、自分を王家から除籍するよう訴えられているのだが国王陛下は拒否されている」
「なぜですか?」
「私達兄弟は仲が良いということもあるがそれだけでは国を治める者としては相応しくない。次兄の所為ではないと信じたい所もあるのだろうが、何より今はスペアが少ない。私の臣籍降下が先代国王の逝去まで許可されなかったのは私が長兄のスペアのスペアであるからだ。現在の直系男子は現国王陛下の長男であるオスヴァルト第一王子殿下だけだ。先代国王の逝去から1年になるからそろそろ立太子される。しかしアデーレ様の所為でもう一人男子を授かることが出来なかった。残るは王女様だから、王位継承権でいうと第二位は次兄だ」
「それで言うと第三位はラインハルト様ですか?」
「いや、私は臣籍降下したから第三位は次兄の長男であるニコラウス様だ」
「これがアデーレ様の欲に繋がったと?」
「ああ。今徹底して国王陛下とオスヴァルト殿下の健康を害してないか調べている所だ」
「ちなみにニコラウス様の処遇は?」
「行く行くは次兄と共に臣籍降下だが、マルティナ王妃陛下懐妊の知らせ、またはオスヴァルト殿下のお子様誕生後といったところか」
「あくまでスペアが誕生するまではスペアで居させるということですか?」
「そういうことだ」
「あの侍女らは?」
「さすがに実行犯だからな。修道院に送る。処刑などと重い罰は与えない。誰も死んではないからな」
コルネリアは拳を握りしめ震えていた。
「長い間すまなかったな、コルネリア。私達は純粋に子供が欲しかっただけなのに巻き込んでしまった」
「いえ、私も警戒しなければいけなかったのでしょう。自分が口にするものですもの。もっとよく考えるべきでした」
「しかし、安眠効果は得られたのだろう?ハーブティー自体は悪いものではない。薬師の調合も合っていたのだから」
ラインハルトは涙にくれるコルネリアを抱き締めた。
「しかし、マリアンネ様がハーブティーの見直しを提案してくれたおかげです。感謝申し上げます」
「いえ、そもそもハーブに関する知識が乏しかったので効能を把握しきれない不安がありまして、保証できないと思い控えるようお話しただけです」
「とはいえ陰謀説まで言い当てるとは」
「それは結果としてそうであっただけで…、そうですね、えーと、前世でこのような世界を題材とした小説を読んだことがあって、たまたま参考にしたと言いますか、降って湧いたと言いますか、小説での話なのでフィクションだったのですが…」
マリアンネはどう説明したら良いかわからないながらも、正直に話をした。
「これも前世の記憶ですか。今回は本当に助かりました。『天授びと』であるとしても良いくらいだと思いますが、王家のスキャンダルを露見してしまうことに繋がるし貴女の事情もある。私はしばらく黙っておくことにします」
ラインハルトは一連の説明を終え深々と頭を下げた。
「ええ!?お顔をおあげになってください!そんな、私はちょっとお節介をしただけですので!!」
慌てるマリアンネを落ち着かせるためアレクシスは手を握った。
「リア。君が来てから私達には良い変化ばかりが起きてる気がする。君にとってはちょっとした事も私達にとっては大きな事だ。君は刺激的であるしとても尊い」
「レックス…」
◇◇◇
この日の晩餐は、アーベライン公爵夫妻も同じものを食べることになった。それも温かい状態だ。
「検食はされないのですか?」
「ああ。もう私達はしなくて良いだろうと許可を得た。今回の事件もあり検食の意味を考えさせられてしまった。毒でない限りは口に出来てしまうものだと。私達はまだこれからに望みをかけたいから、マリアンネ様が教えてくださった身体を温めることに努めたいんだ。温度が変わるだけで食事がこんなに楽しいものだとは、私は今充実してるよ」
「薬草に関しては影響はなさそうですか?」
「ああ。服用中に効果を持つもので永続的なものではなく服用を止めれば元通りだそうだ。私達はこれからに期待している」
「良かったです」
マリアンネはほっと一息ついた。
「コルネリア様、この1ヶ月身体を温めるお料理を考えてみたのです。後で一覧をお渡ししますので、公爵邸の料理長とご相談ください。あと腹巻きもご用意しました。お腹周りを冷やさない為にお使いください」
「まあ!マリー、ありがとう。私、今は毎日散歩を心がけていますのよ。体力をつけることも大切だと医師も賛成してくれたわ。医師にも相談するようにしましたのよ」
「ご相談相手がいることは良いことだと思います。どうかお一人で抱え込まず、穏やかにお過ごしください」
「ありがとう」
アレクシスとラインハルトは酒も嗜み、通常よりも長い晩餐となった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




