13.前世の記憶2
「それにしても、前世の記憶というのはどれくらいのことを覚えているのだ?」
「そうですね、幼い頃のことは覚えてません。勉学によって得た知識や職業として獲得している技術や能力は比較的はっきりと覚えています。あとは印象に残っている出来事などは思い出としてある感じでしょうか。私の人生が合わせて50年目といった所ですかね」
「なるほどな。ちなみに、前世ではなぜ亡くなってしまったのだ?30歳とは短命なような気がするが…」
「私の職場は人員が足りず時間外労働だらけだったのです。家には寝に帰るだけ、気がつけば体重は10kg減り、最後は入浴中に眠ってしまい溺死しました」
「前世もそんなに働いていたのか…」
「私も過去を思い出して運命とはいかに残酷なのかと思いました」
「ところで、ご結婚はされていたの?」
この質問にアレクシスはピクリと反応した。さすがはコルネリア、女性ならではの質問である。
「いえ、していませんでした」
「あら、では恋人は?」
「恋人もいませんでした。私は恋愛のスタートラインにすら立たせてはもらえなかったものですから」
「恋をするのに資格が要りますの?」
「いえ、そういった理由ではないのですが…、その辺に関しましてはあまり良い思い出はないのです」
「それは悪いことを聞いてしまいましたね…」
「私からも質問して良いだろうか?」
今度はアレクシスであった。
「前世の記憶を持つことを隠した理由の1つに大した内容ではなかったことを挙げていたが、他の理由は何だ?君の母との約束であったとも言っていたな」
「はい。母が恐れたのは父の存在だと思います。はっきりと理由を聞いたわけではありませんので推察ですが。ハインツェル伯爵家が貧しくなったのは父が原因です。先代当主である祖父が亡くなると資産を持ち出し行方不明に。私が価値のある人間であるとしたら何がなんでも利用するでしょう。私が母に打ち明けたのは父が出ていく前のことでしたから、知られることを恐れたのだと思います」
「君の父というとフォルスター伯爵の弟か…。ハインツェルの血筋は母方であって、婿入りだったな…」
「はい。ハインツェル伯爵の歴史は長いと聞いてますので母は筋金入りのお嬢様だったと思います。それが当主代理として伯爵家を維持しなければならなくなったのです。相当苦労と努力をしたと思います」
「ふむ…」
マリアンネの出自を知らなかったラインハルトは驚いたが、冷静に情報を整理した。
「それで、行方不明になった父親のその後はどうしたのだ?」
「その後帰ってくることもありませんでしたし、母は何もしていなかったようなのです。私の輿入れ前にフォルスター伯爵からハインツェル伯爵代理として不明人届けの提出を依頼され申請しました。ユリウスが成人すればユリウス自身で申請出来るのですが早めに処理しておきたかったようです」
「なるほど…」
アレクシスはラインハルトに目配せるとラインハルトもまた頷きで応えた。
「いろいろ聞いてしまったが、前世の記憶を持つ人物は稀少であるし『天授びと』の研究にも役立つだろう。今後も協力をお願いすることがあるかもしれない。その時はよろしく頼むよ」
「はい」
◇◇◇
この日も2人はホットミルクの時間を楽しんだ。
「君があんなに饒舌に語るとは思わなかったよ」
「私も驚きました。思っていた以上に身体は覚えていたのだと。公爵夫人相手に偉そうに語ってしまいました」
「いや、立派に指導者だったよ」
2人はクスクスと笑い合った。
「生活習慣を変えればうまくいくのだろうか?」
それにはマリアンネは渋い顔をした。
「コルネリア様の場合はかなり難しいかもしれません」
「どういうことだ?」
「健康な20代であれば1年間挑めばほぼ100%授かる統計なのです。ところが、婚姻から17年目と考えますとお二人のお身体に何かしらの問題があるかもしれません。とはいえこれは私の前世の世界での統計ですから参考程度ではありますが」
「そうか…」
「それに、コルネリア様の環境は一般的ではありません。王族に嫁いだのですから、相当なストレスがあったことも考えられます。第三王子とはいえ血筋を繋ぐ繋がないは大きな問題です。派閥があれば尚更…。大きな力が働けば、子を授からないようにすることも容易いのではと考えてしまいます」
「…君は、意図的に仕向けられたと考えているのか?」
「これも1つの可能性です。コルネリア様が召し上がっていたハーブティーはオリジナルでブレンドされたもので、お持ち込みになられたものでした。私自身はハーブが苦手ですので興味を示さなかったのですが、今思えば、いつ頃からなのか、そしてどなたから勧められたのかが気になります。ハーブの分野の知識が乏しいのが残念ですが、この世界では薬草を薬として使ってますから、この分野に詳しい人がいれば謀られてもおかしくはないかもしれないと考えてしまいました」
「派閥か…」
「ただ、ハーブの有名な効能で鬱の改善というものがありまして、もしかしたら気を落とされていたコルネリア様に処方する目的であって善意の弊害だったかもしれません。あくまで陰謀説は推測です。ストレスが1番良くないですから、身体を温め、適度に運動し、バランスよくお食事をいただくことが今出来ることだと思います。幸い今は臣籍を降下されておりますから、ハーブティーを見直すようお話しましたし様子を見ていくしかないですね」
「そうか…、とてもわかりやすかった。ありがとう」
「いえ。こちらこそ、お話を聞いてくださってありがとうございます」
2人はカップに手を伸ばし、ミルクを味わった。
「ところで、輿入れ前にハインツェルの為にしたことは不明人届けの申請だけか?フォルスター伯爵とは他に何かやり取りは?」
「手続きのようなものはそれだけです。あとは自分が幸せになることだけを考えるように、余程のことがない限りハインツェルには関わらないよう生きていきなさいと」
「ユリウス殿にも同じことを?」
「わかりません。ですが、私達は二度と交わらない方がいいのだろうと覚りましたので、ユリウスとは今生の別れだとあの時のあの子の姿を目に焼き付けました」
「そうか…」
アレクシスは考え込むとマリアンネに尋ねた。
「ユリウス殿が気になるか?」
「気にならないと言ったら嘘になります。しかし邪魔だけはしたくありません。ユリウスの足枷だけにはなりたくないのです」
「うむ。わかった」
また遅くなってしまったなとアレクシスは立ち上がった。
「明日、姉上たちの出発前に私はラインハルト様とやることがある。姉上との時間を楽しんでくれると助かるのだが、お願いして良いだろうか?」
「はい。私もコルネリア様ともう少し一緒にいたいと思いましたので、お任せくださいませ」
「ありがとう。では休むとしよう。おやすみマリアンネ」
「はい、おやすみなさいませ」
この日1日はとても長く感じた。たくさんのことを打ち明けた。隠し事などもうないくらいに…、ただ1つだけを除いて。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




