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12.マリアンネの助言

アレクシスが戻って1週間。アレクシスは溜まっていた執務をこなす生活を送っていた。マリアンネの傍からコルネリアが離れないというのが理由でもあった。


マリアンネとコルネリアは3食共にし、ティータイムも楽しんだ。街を散策した際にはたくさんの買い物や観劇までした。空き時間にはコルネリアが教育を施してくれた。家庭教師をつければ良いとアレクシスもモーリッツも提案したのだが、是非とも自分がしたいのだとコルネリアは譲らなかった。


◇◇◇


「毎日姉上の相手をしてくれてありがとう」


「いえ、私の方こそお礼を述べなければなりません。コルネリア様は大変良くしてくださいます」


「君とは、このホットミルクを飲む時間が習慣となったな」


「1日の終わりがアレクシス様との時間というのはとても幸せです」


マリアンネはにっこりと微笑んだ。


(!!なんて可愛らしいことを…)


目を見開き固まっているアレクシスに、何か変なことを言ってしまったか?とマリアンネは首をかしげた。


アレクシスは抱き締めたい衝動を何とか抑え込み、明日に備えての連絡事項を伝えた。


「明日、ラインハルト様がこちらにお見えになる予定だ」


「アーベライン公爵様ですね?滞在されるのですか?」


「いや、先触れでは姉上を迎えに来るとのことだったが、姉上は素直に帰るだろうか?いつもならば姉上は1週間程滞在するとお戻りになるのに、今回は2週間近くになっている。理由としては君だと思うんだ」


「私ですか?」


「ああ。今までと違うことといったら君の存在だ。君の傍から離れようとしない。気に入ってくれたのは嬉しいのだが、私としては少々複雑だ。君と過ごす時間が減る」


「…いじけてらっしゃるのですか?」


マリアンネはクスクスと笑った。


「うむ…、まあ、そうだな」


アレクシスはガシガシと頭を掻いた。


「だが、幸せそうな姉上の邪魔をしたくない気持ちもあるのだ。あんなに幸せそうな微笑みは久しく見てなかったから…」


マリアンネは真剣な顔つきになると、意を決して尋ねた。


「あの、コルネリア様のことで気になっていることがありまして、伺ってもよろしいでしょうか?」


「なんだ?」


「コルネリア様にはお子さまがいらっしゃらないのですよね?それは、望まなかったからなのでしょうか?それとも授からなかったからなのでしょうか?」


ずいぶんと踏み込んだ質問に驚いたが、この10日余りを密に過ごしてるからこそ何か思うことがあったのだろうと推察した。


「姉上は授からなかったんだ。何か思うことが?」


「はい。コルネリア様は私にたくさんのことをしてくださっていますが、妹に対するものというより娘に対するものとして接してくださってるような気がして、たくさんの愛情を感じるのです。本当はご自身のお子さまがいらっしゃればしてあげたいと思っていることなのではと思いまして」


「そうか…。子を望む気持ちは人一倍あるようなんだ。姉上は授かれないことに堪えたようで1度だけ里帰りしてきたことがある。だいぶやつれてたし気の落ちようもすごかった。ラインハルト様が迎えにいらして臣籍降下をし田舎で穏やかに暮らそうと提案されたんだ。ただすぐには実現しなかった。昨年先代国王の逝去により王太子様が国王に即位されると第三王子だったラインハルト様はアーベライン公爵の爵位を授かり臣籍降下した。王族としての重責もなくなったから期待したが、その後も兆候がなくてね。姉上のご友人らはそろそろ子息令嬢がデビュタントを迎える年頃だ。君の令嬢教育をすることで虚しさを埋めているのかもしれないな」


「かなり深入りしたお話をしてしまってすみません。もしご夫妻がお子さまを望んでいらっしゃるのに授からなかったという状況なのでしたら、もしかしたら助けてあげられるかもしれないと思ったものですから」


「助けられる?子どもは授かりものだ。他人がどうこうできることではないと思うが…」


「そうですね…。でも少しでも確率をあげられるよう助言できるかもしれません」


「いったいどういうことなんだ?」


「あの、私が『天授びと』かもしれないとしたら、お話は聞いてくださいますか?」


「『天授びと』だと!?君が!?本当なのかい?」


「国で認められる件であるかはわかりません。しかし私にはこの世界に生きるマリアンネの20年だけではなく、異世界に生きた1人の女性の30年の記憶もあるのです」


「何か証明出来るものはあるのか?」


「今示せるものとしては、先日差し上げた『くまさん』です。みなさんは『くまさん』を見て、驚きの声をあげられました。見たことがないと。しかし私の記憶の中ではあの『くまさん』は『テディベア』と呼ばれる歴史のあるぬいぐるみの1つです。専門の博物館があったくらいですから」


「たしかにあれは新鮮であった。この世界には存在していないものであろう。しかしそれだけでは『天授びと』とは言い難いな」


「はい。私が前世の記憶を持っているということを明かさなかった理由の1つです。大した記憶がないのです。この世界を変えられるほどの知識や、国に『天授びと』だと認められるだろう能力が足らないと私は思っています」


「とはいえ今まで君は貧しい生活を送っていた。『天授びと』と認められれば、生活は豊かになったであろう。何とか証明し制度を利用しようとは思わなかったのかい?」


「母との約束でした。時期が来るまで隠すようにと。これは幼い時の事でしたから、約束通り隠して忙しい生活をしている間にすっかり前世の記憶を持っていることなど忘れていました。ところがこの邸で穏やかに暮らしている中で再び思い出したのです。そして手始めに『くまさん』を作りました。前世の記憶を持っていることを誰にも伝えておりませんからフォルスター伯爵も知りませんし、弟のユリウスですら知らないのです。」


「そうだったのか。では私に打ち明けてくれたのは時期が来たということなのかい?」


「私はこの侯爵邸に来て、毎日がとても幸せだと思っています。それはアレクシス様をはじめとするみなさんのおかげなのだと。そして恩返しというわけではないのですが私も皆さんのお役に立ちたいとも思いました。私が持っているものとすればこの記憶ですから」


「そうか君が役に立つかもしれない、つまりは君の前世の記憶が姉上を助けることに繋がるかもしれないということなのだな?」


「はい。確実にと言えないのが残念ではありますが」


「いや、それに良い機会だ。ラインハルト様は王族であり文官であった為『天授びと』についてはお詳しいだろう。相談するにはぴったりのお相手だ。明日、話してみるとしよう。良いかな?」


「はい」


◇◇◇


アレクシスはアーベライン公爵到着の知らせを受けると出迎えに向かい軽く挨拶を済ませた。


「なぜ、先日会った時に結婚することを教えてくれなかったのだ?水くさいではないか」


「あの時はまだ妻となる女性本人にお会いしてなかったものですから」


「そんなに急なことだったのか…。まあ、結婚の形も色々だからな。君が幸せになれる形であれば私は応援するよ」


「ありがとうございます。では姉上のところにご案内します」


居間では、コルネリアとマリアンネが談笑していた。


「コルネリア!」


ラインハルトは名前を呼ぶと顔を上げたコルネリアを見て安堵の表情を浮かべた。そして、その向かいにいる令嬢に目を留めた。


「おや?こちらの愛らしいご令嬢は誰だい?」


アレクシスはマリアンネの横に立つとラインハルトに紹介した。


「こちらが私の妻のマリアンネです」


「お初にお目にかかります。マリアンネ·ローゼンハイムと申します」


その事実にラインハルトもまた驚愕した。


「ずいぶんと若い妻を迎えたなぁと思ったが、それにしても若すぎやしないか?」


「確かに私より10歳下になりますので若い妻だとは思いますが、マリアンネは20歳の成人女性ですよ」


「これは失礼した!あまりにも愛らしかったものだからもう少しお若いのかと」


このやりとりにコルネリアとマリアンネは笑いあった。


「ラインハルト様、私も同じことを申し上げてしまったのよ」


「私の見目が幼いだけですから、お気になさらないでください」


楽しそうなコルネリアの様子にラインハルトは再び安堵した。


「コルネリア、迎えに来たよ。いつもならば戻ってくるだろう期間を過ぎても戻らないから、何かあったかと心配したよ。元気そうで良かった」


「申し訳ございません、ラインハルト様。いつもであればもう帰路についているのですが…、この通り彼女が…愛らしくて…、愛らしくて……」


コルネリアは涙を浮かべると、両手で顔を覆い泣き出してしまった。ラインハルトは悟り、コルネリアを静かに抱き寄せた。


「ああ。そういうことだったのか。そうか…」


アレクシスとマリアンネは目配せると、アレクシスは決心しゆっくりと頷いてみせた。


「あの、ラインハルト様と姉上にご相談とお話ししたいことがあるのですが、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」


◇◇◇


4人はソファに腰かけると、コルネリアが落ち着くのを待った。


「無礼を承知の上でお話しすることをお許し願いたいのですが、マリアンネから姉上からのたくさんの愛情を感じると話がありました。それは母からの愛情に近いものなのではないかと受け取ったと。そして先程のお二人のご様子からお伺いしたいことがございます。お二人は今もお子様を望む考えをお持ちでしょうか?」


ラインハルトとコルネリアは息を飲み見つめあった。肩を寄せあい腰かけていたが、ラインハルトは決意したかのようにコルネリアの手を強く握り直すと、口を開いた。


「君はコルネリアの弟だし私の友人でもある。無礼だと思わなくて良い。姉を案じてのことだろう?心配をかけたね。コルネリアの滞在が長くなったのも、マリアンネ様と離れ難くなってしまったものだと私も思う」


コルネリアは頷いた。


「私達の婚姻年数や年齢も考えれば難しいだろうことは承知なのだが、養子を迎えるではなく自分達の子が欲しい考えでいる。王家から外れたから圧力は減ったかと思ったが、思うようにはいかないものだな」


「ごめんなさい、ラインハルト様…」


「いや、君が謝ることなどないよ。私達2人の問題だろう?1人で抱えないでくれ」


2人の苦悩は想像以上に大きいものであることが窺えた。


「そこで、マリアンネから少しお話したいことがあるのですが、ご傾聴頂けますでしょうか?」


「マリアンネ様から?いったいどういったことなのだろうか?」


ラインハルトから許可がおりたことを確認し、漸くマリアンネが話し始めることとなった。


「この10日余り、私はコルネリア様と生活行動を共にいたしました。その中で、コルネリア様の習慣に気になる点がございました。私の知識がお役に立てるかもしれないと思ったのです」


「君の知識?」


マリアンネはちらりとアレクシスを確認した。アレクシスは頷き促した。


「私には前世の記憶がございます。この記憶がお二人のお役に立てるかもしれません」


「前世の記憶だと!?では君は『天授びと』であるというのかい!?」


「『天授びと』と認められる件であるかはわかりませんが、このマリアンネの記憶以外の記憶も持っているのです」


「…、相談したいこととは『天授びと』についてかい?」


アレクシスとマリアンネは目配せると、今度はアレクシスが話を進めた。


「はい。私は前世の記憶を持つものが『天授びと』と呼ばれるということを知ってはいましたが、本当に前世の記憶であるという確証はどのように得るのでしょうか?虚偽であった例もあるのでしょうか?『天授びと』と認められる為には相応の知識や能力が必要なのでしょうか?」


「たしかに『天授びと』に関する詳細は王家や政治に関わる者しか知らない。まずは歴史について話すとしようか」


この国の歴史上、『天授びと』と認められたものは3人のみ。1人目は約450年前、魔法が使える世界で水属性の術師であったという女性オフィーリアだ。この世界には魔法は存在しないがオフィーリアは水に関する知識に長けていた。その知識を生かしあらゆる水害から国を守ったとされている。港町には功績を称えオフィーリア像が建てられ、年に一回王家主催の祭りにより今でも御加護があるよう祈りを捧げている。2人目は約300年前、獣人と人間が共存する世界で獣人として生きていたという男性アシュロンだ。この世界において種類問わずあらゆる動物と会話することが出来たという。この時代は戦禍にありアシュロンは辺境に赴き、野生の獣らを従え隣国からの侵攻を防いだとされている。その名残でこの辺境の森はアシュロンの森と呼ばれ、自国民以外の人が入ると生きては戻れないとされている。3人目は約100年前、ここよりも先進的な世界で医師として働いていたという男性アルフォンスだ。アルフォンスはこの世界に麻酔という技術を確立し手腕を生かし軍医として勤めた。彼のおかげで安全に外科手術が行えるようになり怪我により亡くなったり障害を残すものが極端に減った。彼は後進の育成にも尽力し縫合技術は引き継がれているという。


「前世というよりは、異世界の記憶だな。この世界にいる限り知り得ないであろう知識や能力があるということか…」


「ああ。そして『天授びと』という制度は、その身を保証する代わりに国の管理下に置くことを意味する。この並外れた記憶を悪用されては困るからな。国の為に使ってもらうのだ」


一同は一旦それぞれ熟考に入った。


「つまりは、世界を変えるほどの力を持つ記憶でなければ保護や管理下に置く必要が無いということでしょうか?」


「爵位を授かり身分を保証することを目的に虚偽申請する者も中にはいるが、本当に前世の記憶を持つものもいただろう。しかしただの思い出だけでは役に立たない。きちんと生かせる知識や能力があるかを見極めさらには脅威を孕んでいると認められたものだけが『天授びと』となるのだ」


「ではこの3名以外にも前世の記憶を持ち普通に市井で生活している人はいるということですね。安心しました。大事になってしまうのかと思っていましたが私が前世の記憶を持つことはここだけのお話にしてくださいませ」


「というと?」


「脅威を孕むものではなさそうです」


「ちなみに君はどのような人生だったのだ?」


「おそらく3人目のアルフォンス様と同じような世界に生きたのだと思います。外科手術をする医師は普通におりましたし、その中でもアルフォンス様はスーパードクターだったのでしょうね」


「「「スーパードクター?」」」


「後進の育成にも尽力されるなんて、医師の中でも頂点であったり有名なお方だったのだと思います」


「「「へぇ」」」


「私がいた世界もこの世界より先進的な世界だったと思います。灯りに始まり様々なものが電力で動きましたしね。電池の仕組みとか授業で習いましたが再現するほど覚えてないですしここで生かせない事が残念です」


「「「…」」」


3人はマリアンネが何を言っているのかよく理解できなかった。


「私は一般女性でした。30歳の時に生涯を終えています。栄養士という食と健康に特化した職業に就いていました。それなのにこの世界で貧乏伯爵家にいたが為にガリガリに痩せ細っていたなんて、今思えばお恥ずかしい限りです」


「とはいえその君の知識が、私達の役に立つかもしれないということか?」


「はい」


「では、君の考えや助言を頂いても良いだろうか」


マリアンネは一呼吸おき、心を落ち着かせたあと話を始めた。


「子どもは授かりものです。あくまでもその考えは変わりません。自然妊娠する確率って案外低いものなのですよ。しかしコルネリア様の年齢はアレクシス様より5歳上だとお聞きしておりますので35歳であると考えますと、この確率はさらに下がり始めるのです」


「ただでさえ奇跡なのに、さらに難しくなるということなのね」


「はい。そのため授かりやすい身体づくりが大切なのです。まず気になったのがハーブティーです」


「「「ハーブティー?」」」


これにはラインハルトとアレクシスも声を揃えた。


「ハーブは薬草として使うこともできるほど効果が強いものもございます。コルネリア様はずいぶんとお茶を嗜んでおられました。コルネリア様がどの種類のハーブティーを召し上がっていたのか私は把握しておりませんので一概には言えないのですが少し見直してみませんか?」


「まあ、ハーブがよろしくなかったのね…」


「必ずしも良くなかったという訳ではなくあくまで可能性の1つです。逆に助けてくれる作用があるものもありますから。それと、身体を温めることが大切なのですが、コルネリア様はお野菜を毎回サラダでお召し上がりになっていました。生野菜は身体を冷やしますから、温野菜や煮込みなど温かいお料理で召し上がるのが良いかと思います。お腹周りも温かくしておくとよろしいかと思います。今度腹巻きをお作りしますわ。編み物も趣味でしたので」


「「「腹巻き?」」」


所々知らない単語が出てくるが、饒舌に語るマリアンネの専門性に3人は納得せざるを得なかった。


「それと、身体を動かすことも良いと思います。1日を通して座位が多かったと感じました。毎日お庭を散歩されてはいかがでしょうか?血流も良くなりますし代謝も上がりますから。短い時間で構いませんし歩く速さもゆっくりで構いません。あとは…」


「まだあるのかい!?」


アレクシスは突っ込んだ。


「穏やかにお過ごしください。ストレスがよくありませんから。公爵様と仲良くお過ごしいただくのが一番だと思います」


「すごくたくさん出来ることがありそうね。やれることをやってそれでも駄目なら仕方ない、でもまだ諦めなくて良いってことかしらね」


コルネリアは満足げに微笑んだ。しかしラインハルトは険しい顔をしている。


「かなりの専門性があるように思うが、よくよく振り返るとただの日常生活の送り方を指導されただけか…」


「はい。ですので脅威はないかと思うのですが…」


考え込んでいるラインハルトにアレクシスが声をかけた。


「私が傍で見守っています。特異な知識や能力があるとわかったら報告致します。それでいかがでしょうか?」


「ああ。『天授びと』となり得る人物がいると知ってしまった以上、私は元王家として無視は出来ぬからな。時々話を聞かせてくれ」


「かしこまりました」


この日は長く話し込んでしまったため、2人には1泊してもらうことにした。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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