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10.コルネリアの来訪

アレクシスが視察に出掛けて1ヶ月が経とうかという頃、屋敷内が慌ただしく動き出した。


「モーリッツ、何かあったの?」


使用人らに指示を出し終えたモーリッツはマリアンネの部屋を訪れた。


「はい。明日にはこちらにコルネリア様がお出でになると先触れがありました」


「たしかコルネリア様はアレクシス様のお姉様だったわね?よくこちらにはいらっしゃるの?」


「コルネリア様のお住まいはお近くではありませんので、こちらにいらっしゃるのは年に1度くらいでしょうか。そしてだいたい1週間ほど滞在されます」


「それではお部屋の用意が必要なのね」


「はい。今準備を始めております。いつも侍女を連れてお出でになりますので、お部屋やお食事のご用意だけで良いのです」


「あの、コルネリア様のことを伺ってもよろしいかしら?」


すると、モーリッツは基本的な情報を伝えた。


コルネリアはアーベライン公爵夫人である。先代侯爵の死により爵位を継いだ5つ年下のアレクシスのことを嫁いでからも気にかけてくれている。子供はおらずアーベライン公爵と仲睦まじく暮らしている。ちなみにラインハルト·アーベライン公爵は現国王の末弟である。


「とても真っ直ぐなお方です。考え方も物言いも。そしてお優しい。おそらく、奥様とは気が合うと思いますよ」


「私とですか?…なんだか緊張してきたわ」


アレクシスの身内であるコルネリアに拒否されてしまったらどうしようという不安が募った。


◇◇◇


「お久しぶりね、モーリッツ」


「ご無沙汰しております、コルネリア様。遠いところお疲れ様でございます」


「久しぶりに長い時間馬車に乗ったわ。なかなか体にくるものね」


「では、お休みになられますか?お部屋はご用意してございます」


「いえ、まずはお会いしたい方がおりましてよ。アレクシスからの手紙に驚いたわ。結婚しただなんて」


「今回のご来訪は、奥様にお会いになるためですか?」


「もちろんよ!まあ、アレクシスの様子も気になるところですけど」


「実は今旦那様はご不在でして、別邸の方にいらっしゃいます。そろそろお戻りになる頃とは思うのですが…」


「あら、アレクシスはいませんの?少し伝えたい事がありましたのに…」


そこにマリアンネが出迎えに現れた。視界に入ってきた令嬢に、コルネリアは驚きの声をあげた。


「あらあら、この愛らしいご令嬢はどなた?」


「こちらが奥様のマリアンネ様です」


「ご挨拶遅くなり申し訳ございません。この度ローゼンハイム侯爵夫人となりましたマリアンネと申します」


「!!!なんてことでしょう!こんなに幼いご令嬢を身請けしましたの!?いくら女性と縁がないからって…」


マリアンネは自分が相応しくないと言われていると思い、恥ずかしくなってしまった。


「コルネリア様!あの、とても愛らしい見目ですが、奥様はこう見えましても20歳でございます。とっくに成人なさっている女性でございますよ」


◇◇◇


「先程は失礼な事申し上げてごめんなさい。とてもとても愛らしかったので、勘違いしてしまったわ」


応接室のソファに腰掛けしょんぼりしたコルネリアがいた。


「いえ、そう思われても仕方ないと思います。こんな小さく貧相な見目では…」


ローゼンハイム家は遺伝的に大柄なのだろう。アレクシスは身長が180cmは軽く超えていて、コルネリアも女性ながら170cmほどあるだろうか。すらりと長い手足はスタイルの良さを際立たせている。対してマリアンネは150cmほどといったところだろう。


そして何よりこの1ヶ月、マリアンネは磨き続けられたことで髪も肌も艶めかしく、たくさん食べ肉付きも良くなったおかげで丸顔となり童顔を際立たせ、小柄なことも相まって20歳の成人女性よりは幼く見えた。


「私は女っ気のなかったアレクシスが急に相手を見つけ結婚したと知らされたものだから、お相手は行き遅れた女性か離婚歴のある女性かと思ったのよ。貴女を見てお年頃のお嬢様を連れて再婚されたパターンだったのかと思ったら、まさか貴女がお相手だったとは…」


「いえ、私も未だに信じられない気持ちでおりますので。こんな私が侯爵家に嫁ぐなんて」


うつむき小さくなってしまったマリアンネにコルネリアは問いかけた。


「一体どのような経緯だったの?差し支えなければお聞かせ願えます?」


マリアンネを推し量ろうとする鋭い問いかけに弟を案じての事であろうことは理解した。


「あの、実は私も細かいところまでは存じ上げないのです。私の叔父がアレクシス様との縁談を纏めてくれたものですから」


ちらりとモーリッツに目配せると、モーリッツは頷き口を挟んだ。


「このことに関しましては私からご説明申し上げてよろしいでしょうか?」


「あら、モーリッツが事情を知ってますの?」


「はい。私よりもモーリッツの方が把握していると思います」


「では教えてちょうだい」


マリアンネは経緯をよく知らずに輿入れをした。自分も知らない話が聞けるかもしれないと期待した。


「30を迎えてもご結婚の兆しがお見えにならない旦那様のお相手を私がこっそり探しておりました。社交界でもお顔が広いフォルスター伯爵にお声かけしていたところ、伯爵の姪であるマリアンネ様はいかがかと縁談をお持ちになってくださいました。奥様はハインツェル伯爵家のご令嬢でいらっしゃいました」


モーリッツは一度ここで話を終えた。


「なるほど、縁談が持ち込まれた経緯とマリアンネ様の出自はわかりました。でもそれだけですんなりとアレクシスが結婚までするとは思えないわ。何より年頃のご令嬢がアレクシスにすんなりと嫁ぐことも考えられない。続きをお願いできるかしら?」


モーリッツはマリアンネに目配せた。きっとマリアンネを配慮してのことだろう。


「何も隠すことはないわ、モーリッツ。生家のことは後ろめたいことだとは思ってないから、きちんと事実をお話してくれますか?この結婚の経緯は私も知りたいと思っていたことだわ」


マリアンネの進言もあり、それでは、とモーリッツは続きを話すことにした。


「奥様は現ハインツェル伯爵のお姉様です。幼いハインツェル伯爵の代わりに伯爵家を運営されていらっしゃいました。伯爵家はたいへん貧しかったそうです。様々なことを考慮した結果、叔父であるフォルスター伯爵は男子であるハインツェル伯爵を養子に迎え、女子である奥様に縁談をご用意することにしました。フォルスター伯爵の願いは奥様の生活を保証することであり、伯爵家への支援は望まないというものでした。対して旦那様は跡継ぎが必要でしたのでご結婚を前向きに検討し始めたところでした。コルネリア様もご存知のように旦那様に嫁いでも良いとおっしゃってくださるご令嬢は貴重でしたので、ありがたくこのご縁を結ばせていただいたのです。婚約期間もなく輿入れまで時間が短かったことはハインツェル家の事情を考慮したもので、奥様をこちらにお迎えするにあたり奥様のお立場をお守りするために婚姻を結ぶ手続きを済ませておくことになりました。コルネリア様にご結婚の事後報告となりました理由はこのような経緯でございます」


「つまりはマリアンネ様のためにアレクシスとフォルスター伯爵によって結婚という名の契約が結ばれたということかしら?」


「大まかな形式としてはそのようにお考えいただければ」


「政略や契約のような結婚は貴族では当たり前のことよ。今の話を聞いて私はその経緯がアレクシスの性格も考えれば納得できるものであったわ。何もおかしいことはないけれど、なぜマリアンネ様はこんなに申し訳なさそうに小さくなっているの?」


「私は幼いときから貧しかったので、輿入れの時もボロボロでした。こんな私を侯爵夫人として迎えていただけた事が申し訳なくて…。この1ヶ月皆さんにたくさん尽くしてもらったおかげで、こうして初めてお会いしたコルネリア様にも『ご令嬢』と言っていただけるまでになれたと思っておりますから、侯爵邸の皆様にはしてもらうばかりで私からは何もお返し出来てないと…。私ばかり幸せな毎日を送らせてもらっていて申し訳ないです…」


ここでの生活が幸せだというマリアンネに、モーリッツは目頭が熱くなり、涙を堪えた。2人の様子を眺めていたコルネリアは、マリアンネがどれだけ苦労してきたのか、そして健気で優しいのかを感じた。


「なんて愛らしい方なのかしら。でも貴女だってアレクシスのことを受け入れてくれたのでしょう?噂もあったのに…。結婚して1ヶ月出ていくことなくここにいるってことは、お返しが出来てないなんて言ってるけどアレクシスを受け入れてくれただけでも第一歩じゃないの。子供は授かり物ではあるけれど、これなら跡継ぎの心配もないわね」


「出ていくなんて私には権利もなければ場所もありません。私が輿入れした翌日から視察に向かわれましたので、アレクシス様とはまだ1日しか生活しておりませんし、これからお互いをたくさん知っていけたらとお話しておりました」


その答えにコルネリアは青ざめ、モーリッツを近くに呼んだ。


「モーリッツ、マリアンネ様はまだ噂を知らないの?噂の真相も?」


「あ、いえ、『呪われた侯爵』という異名はご存知ですが、詳しいことは何もご存知ないと思います。寝室も別でしたので。ただ、お二人の様子から惹かれあいお互いを想い合っていらっしゃるのではとお見受けしますので、温かく見守ってくださると幸いでございます」


こそこそと話している2人の様子に、ますますマリアンネは小さくなってしまった。


「マリアンネ様、お顔をおあげになって。私は貴女が気に入りましてよ。アレクシスの所に来てくれたこと、礼を言うわ。この屋敷の雰囲気も以前と比べてとても明るくなっているし、女主人がいるとこうも変わるものなのね」


マリアンネはコルネリアに認められたと理解するまで時間がかかってしまった。そして自分が侯爵邸に良い影響を与えている、役に立っているということを嬉しく思った。


「あの、お恥ずかしい話ではあるのですが、女主人って何をしたら良いのですか?」


その言葉にコルネリアは拍子抜けした。


「んまぁ!知らずにここまでの状態に仕上げていたの?いいわ、私が教えてあげましょう。しばらく滞在させてもらうし、他にもいろいろ聞いてちょうだい」


こうしてマリアンネとコルネリアの関係は急速に深まっていくのであった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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