第三幕十話
『ランス副騎士長様、レイチェル騎士長様、人族がエルフの陣地に侵入してきました。その数、およそ千人。』
こちらでは革命が起こったというのを知っている筈なのに、人族の対応はいつもと変わらない様子だ。
「ランス、仕掛けが二段階あるから暫くは放置でいいよね?」
「まあ、鬼族と巨人族も攻めてくる可能性があるしな。」
獣族が三万人死んだことは、箝口令がひかれているのか、あまり噂になっていないらしい。噂になっているのはあくまでも、レイチェルが強いらしいということだ。だから、人族は攻めてきた。
「まあ、仕掛け突破したら対応お願いね。」
「おっけー。」
「ん……。」
レイチェルが頭を抑えて呻く。
「大丈夫か?」
「ん……うん、ちょっと休んでくるね。」
レイチェルはフラフラしたまま歩き出し、三歩目ではもうコケそうになっている。俺はその珍しく脆そうな身体を支える。
「おい、大丈夫じゃないだろ。部屋まで運ぶぞ。」
「あ……ありがとう。けど……あ、」
突然、レイチェルの持っていたペンダントから黒いモヤのような何かが出てくる。そこにはとてつもない魔力が込められているようだ。
「なあレイチェル、どういうつもりなんだよ?」
突然、黒いモヤから声がした。どこか冷たくて威圧感のある声だ。
「のんびりしてるんじゃねえよ。早くこんな耳長種族くらい滅ぼせよ。マジでだりいわ。俺の仕事を増やすなよ。」
これがレイチェルの言うシヴァ様か?
「だから、私が騎士長になりました。だから、魔族の傘下に入れてください。」
え……?もしかしたら、レイチェルは元々、エルフを滅ぼすつもりはなかったのかもしれない。
「あ?」
そこにはいないのに、有無を言わさない強さがその声にはあった。
「てめ、巫山戯てんの?俺は傘下に入れろって言ってねえだろ。滅ぼせって言ってんの。やる気ねえなら、失せろ。俺が今から潰しに行くから。」
「し……シヴァ様、それは……それだけはやめてください。必ず……絶対、私が滅ぼしますので。」
「あっそ……。じゃあ、またな。」
黒いモヤは消えて、レイチェルは段々、落ち着いてくる。三回くらい深呼吸をして、普段通りに戻ったようだ。
「ランス、ごめんね、驚かせちゃって。」
「それより、今のはどういうことなんだ?レイチェルはエルフを滅ぼすつもりはなかったのか?」
「う……ん。」
躊躇いながらも、レイチェルは頷く。
「私はエルフ達が好きなんだよね。みんな、突然やって来た私に優しくしてくれた。ティアもジャスミンもランスも、みんなが好きなの。自分は魔女じゃなくて、エルフなんじゃないかと思う時もある。でも、そんなことを考えるとシヴァ様にバレて、どうしようもなくなるの。」
「レイチェル……。」
敵の種族とは思えないほどの優しい心を持っており、ずっとエルフを滅ぼす者だと思っていたのに、本当はエルフが好きで、身体をはって助けてくれている人だったのだ。そんなことを知ると、申し訳なく思ってしまった。
「だから、大好きなティアを裏切って、騎士長になって、魔族の傘下に入ればみんな苦しまなくて済むと思ったのに……。」
「レイチェル、」
どうすればいいか短い時間だけど、考えた。どうすれば、レイチェルが悲しまなくて済むのか。どうすればそんな未来を作ることができるのか。
「俺たちでシヴァを殺そう。そしたら、レイチェルはあいつに怯えて生きる必要なんてない。」
「シヴァ様を殺す?無理だよそんなの……。」
あんなに強いはずのレイチェルですら、勝てないと諦めている。それでも俺はレイチェルを幸せにしてやりたい。
「確かに、魔族の騎士長には俺らじゃ敵わないかもしれない。でも、敵わないのと勝てないのは違う。四肢をもがれても、心臓が止まってでも俺はシヴァを殺す。相手はあくまでも魔人だ。」
「シヴァ様は魔族の騎士長でも、魔人でもないよ。」
「え……?」
レイチェルが様を付け、レイチェルよりも遥かに強いらしいシヴァが騎士長ではない……。それに、魔人でもないってどういうことだ?
「だから、私達だけじゃ勝てないんだよ。」
一呼吸おいてから、レイチェルは俺に告げる。
「だって、シヴァ様は神族だから。」
神……俺は存在しないと信じていたが、レイチェルが真面目な顔をして言っているのを見て、戸惑う。
「そっか……神族は知られてないもんね。この世界に本当に神はいるんだよ。いい神とは限らないけどね。」
「そうなのか……。」
まだ受け入れ難い事実が胸に留まる。
「疑わないの?」
レイチェルは不思議そうに首をかしげる。
「完全に信じれた訳では無い。けど……レイチェルが嘘をついているようには全く見えなかった。」
俺は下手に誤魔化したりせずに、レイチェルに事実を述べる。
「ありがとう。でも、ランスってホント私に甘いよね。」
好きだからな……その言葉を飲み込んで、別の言葉にすり替える。
「まあね。」
ずっと平和に笑いながら話せたら、どんだけいいことなのだろう……。俺はそんな未来を信じて、シヴァ神を殺す決意をした。




