僕の力
「お久しぶりです。遅くなってすみません」
翌日の土曜日、僕はお寺に来ていた。
先日フクトミさんの件でお世話になったお坊さんに、お布施を渡すためだ。
本当はハンネさんも来るはずだったのだが、急な仕事が入ったそうだ。
しかし、好都合だった。
「わざわざご足労いただきまして。今お茶を用意します」
「いえ、お気遣いなく。それより、聞きたいことがあるんです」
お坊さんもわかっているようだ。
「ハンネさんのことでしょう?」
「・・・・・・一体何者なんですか?」
「拙僧もあの時はじめてお会いしたので、まるで存じ上げません」
予想通りの返答だ。
「あの、実は相談がありまして」
「単刀直入に聞きます。僕に除霊はできますか?」
予想はしていたが、お坊さんも困り顔だ。
「・・・・・正直に申し上げましょう。拙僧には霊力がありませぬ故、お力になれません」
「何より、サトウくんが危険です。フクトミさんは例外なんです」
その”例外”が鞄の中からはみ出して来た。
「サトウさん、ハンネさんがいれば或いは・・・・」
それは、僕も考えていたことだ。
「ハンネさん?どういうことでしょう?」
ハンネさんが蹴りで除霊をしたことを話すと、お坊さんは面食らったようだ。
「なんと!そんなことが?」
「なるほど。ハンネさんもまた例外でしょう。殊の外、幽霊に対しては無敵と言ってもいいかも知れません」
無敵とまで言い切るのか?
そこに何か、ハンネさんの秘密がありそうだ。
「恐らく、誰にでもできるものではありません」
「そうなんです。なんとなく、僕にはできないってわかるんです」
「あの方は”どうでもいい”のでしょう。幽霊が存在しようがしまいが、蹴りが当たろうが当たるまいがです」
難しい話になってきたが、お坊さんの言うことはおそらく、正しい。
「直接聞いてみては如何です?」
「あの方は、子供に対して不誠実なことはしないでしょう」
しかし、ハンネさんは仕事も忙しいようだし、これまで散々助けられた。
いつまでも頼るわけにはいかない。
それに、本来僕とは出会うはずもなかった他人だ。
「自分でなんとかします」
お坊さんも察してくれたようだ。
「そうですか・・・・では、この神社へ行ってみてください」
そう言うとお坊さんはメモを手渡してきた。
書いてあったのはこの町の中心にある、誰もが知っている神社だった。
「神社ですか?僕は除霊のことが聞きたいのですが・・・」
「いえ、実は本来、仏教に霊魂の概念はないのです」
「そうなんですか?」
霊魂や英霊といったものは、本来、日本古来の神道の概念らしい。
日本人は特定の宗教を持たない人間が大多数なので、
仏教やキリスト系の概念とごちゃ混ぜになっていったそうだが、話すと複雑なのだとか。
言われてみれば、当然のようにほとんどの結婚式はキリスト教式だし、お葬式は仏教式だ。
何の疑問も持ったことがなかった。
「申し上げにくいのですが、モモコさんという方が幽霊に襲われたのも・・・その・・・」
「わかっています。僕の影響なんですよね?」
なんとなくわかっていた。わかっていたが、言わなかった。
いや、ハンネさんもフクトミさんもわかっていたはずだ。
あのタイミングで幽霊が現れるなんて偶然であるはずがない。
僕は、これ以上自分の力で人を傷つけたくはない。
「ありがとうございます。やれるだけやってみます」
「サトウくん、いやサトウ殿。良い顔になられましたな」