初めての隣街
さて、そんなこんな色々とあって、俺は親父との勝負に勝ってから一週間後の今日、ついにこの街を出て隣の街へと行き、冒険者として活動することのできる日となった。
冒険者——探索者とか傭兵とかハンターとか……まあファンタジーでの呼び方は色々あれど、やることとしては似たようなもんだ。民間から依頼を受けてそれをこなしていく何でも屋のような仕事。
一応全国にあるので国を跨いだ組織と言えなくもない。だが、何者にも縛られないってわけでもない。当然だな。そんな組織があるわけがない。
だって、国からしたら自分の国の所属ではない武力集団がうろつくことになるんだ。それも結構規模のでかいやつが。そんなの、認められるわけがないだろ?
とはいえ、国の兵力だけでは国中の全てに手を届かせることなんてできるはずもなく、流通や国民達の安全のためには冒険者という存在自体は役に立つ。
だからこそ、国の所属として首輪を着けつつもある程度は自由にさせているのだ。
だが、あくまでもギルドというものは自由な組織ではなく国の所属の組織。『冒険者ギルド』というのはいろんな国に存在しているが、それらは国ごとに違う組織であり、似たような他国の組織と連携しているにすぎない。
ただ、異なる国に存在していると言っても冒険者につける階級なんかの基準は共有しているからどこの国のギルドでも使えるし、基本的な規約なんかも同じだからどこの国でも同じように仕事ができる。
だが、その国独自のルールがある場合があるし、あくまでも所属は最初に登録した国の所属になるので、国同士の関係が悪いところにはあまり行かない。行けないわけでもないんだが、問題になる場合があるので避ける傾向にあった。
——と、まあ色々と面倒な部分はあるし、お話しみたいに自由な仕事ってわけでもないのだが、それでもただのいち冒険者としてはなんだって同じだ。ただちょっと他の国に行く時はその国特有のルールに気をつけましょう。くらいのもの。
俺が登録しても何か縛りが発生することはないし、好きにやることができるわけで、だからこそ俺は登録しに行こうと思ったんだ。仕事をまともにするかどうかは分からないが、まあ異世界に来た記念的な? そんな感じのあれだ。
「さて、今日は冒険者として登録しに行くわけだが、くるのはエミールなのか」
これから冒険者の登録のために隣町へと向かうことになっているのだが、俺のそばにはカイルとベル。それから護衛が一人なんだが、どうやら今日の護衛役にはエミールがついてくるようだ。てっきりエディかジートのどっちかだと思ってたんだが、違ったな。
「ええ。まあ俺も昔は冒険者やってやしたからね。色々と慣れてるやつがいた方が便利でしょう?」
「ああなるほど。そりゃあそうだな」
エディは盗賊やってたし、ジートは傭兵だったから冒険者のことを知っていても実際にやったことがあるわけではない。
俺たちは冒険者を知らないどころか、まともにこの街を出たことすらないんだから、冒険者を知っているものがいた方がいいだろう。
それに、エディは俺の護衛をやってるが本来は親父の副官をしてたみたいだし、親父のそばに戻した方がいいだろう。
あとジートに関しては……あれだよ。戦力としては申し分ないんだが、何か起きた時の問題対処って意味ではエミールの方が上だからな。
「まあ俺もまともに活動したのは結構前ですし、そんなに役に立てないかもしれやせんがね」
「だとしても、何も知らない状態よりはマシだろ」
エミールが冒険者として活動していたのは俺がこの街に来る前だろうし、そこに騎士時代も加わるんだから、最低でも十五年以上前だ。
そうなると何か変わってる規則とかあるかもしれないが、誰も何も分からないよりはずっといい。
規則は何かしらの説明なんかがあるかもしれないけど、冒険者としての常識や暗黙の了解なんてもんは誰かから聞かないと分からないからな。
「カイルとベルも今日はよろしくな」
「はい!」
エミールと打ち合わせともいえない雑談を終えた俺は、今度はそばにいたカイルとベルに話しかけたのだが、ベルはいつものような笑顔ではなく、緊張したような面持ちでいる。
「ああ。と言っても、冒険者なんてよく分からないからあんまり役に立てるかどうかって感じだけどな。まあ、最低でも護衛はこなしてみせるさ」
カイルはなんでもないようにしているが、こっちもベルと同様に緊張しているようでどことなく落ち着かない雰囲気が漂っている。
まあこの二人の様子は仕方がないだろう。俺は前世という経験があるからこの街以外というものを知っているし、自由にどこかへ行ったわけではないがそれでも壁を越えてエルフの森まで行ったことがある。
だが、二人は本当にこの街から出たことすらないんだ。壁の外の世界がどうなってるかなんて分からないだろうし、そりゃあ緊張するだろう。
そんな二人のことを少し微笑ましく思いながらも、俺は視線を動かしてその場にいたもう一人のことを見た。
この場にいるもう一人。それはソフィアだ。
「悪いな。結局置いていくことになって」
以前、外に行くのであれば自分も連れていって欲しい、と言われたことがあったが、俺はその時にしっかりと答えることができずに「考える」と口にした。
だが、今日街の外に行くにあたって俺はソフィアを置いていくことにした。
これは考えた結果だ。最初から連れていく気のなかった『考える』ではなく、まじで真剣に考えた結果だ。
俺はソフィアから向けられた好意に答えを返していないが、それでも自分に対して好意を向けてきた奴に危険な目にあって欲しいとは思っていない。そうでなくても仲間や知り合いには死んでほしくないとは思っているが、殊更意識してしまった。
そしてソフィアの安全を考えた結果、置いていくことにしたのだ。
俺たちはまだまともに街の外に出たことがなく、何かあった場合に戦闘能力のないソフィアを守れるか怪しい。
一応ソフィアも『農家』だし、俺のスキルの使い方を見てるから戦えないわけではないのだが、いかんせんスキルの使用回数が俺とは全然違う。精々が二百回に届けばいい方ってもんだ。
それでも一般の常識からすると結構すごいんだけどな。普通は百回が限度らしいし。この場所に来てから不快感を押し殺してスキルを使ったおかげだろう。
それでも仕事との兼ね合いがあるから俺みたいにぶっ倒れるまでスキルを使い続けることができず、俺みたいに馬鹿げた回数使えるってわけでも、第三位階のスキルを覚えたってわけでもない。
それに、戦闘面で鍛えたわけでもない。多少の時間稼ぎや逃げるための訓練は受けただろうが、それが外で通用するか分からない。少なくとも魔物相手には通用しないだろうから、俺たちが冒険者として活動している間はソフィアは街に一人で待機することになるだろう。
そうなると、どうしたって不安が残ってしまう。
だから俺は、今回俺たちだけで外に行ってみて、大丈夫なんだと判断したらソフィアを連れてくことにした。
「いえ、もとより無茶を言っていたのは承知しておりましたので」
「そのうち俺が街の外に慣れて、問題ないと思ったらお前も連れて行ってやるからそれまで待っててくれ」
そう答えたのだが、ソフィアはどことなく悲しげな様子を混ぜて仕方なさそうに笑った。
そんなソフィアに対して僅かに罪悪感を抱いたが、それでも俺は馬車に乗り込み、隣町へと向けて出発することにした。
だが……
「結構遠いのな」
馬車に乗ってとなりの街まで移動することになった俺たちだが、すでに三時間近くが経っていた。
「そりゃあそうでしょうね。何せあそこは街が街ですから。近くにいりゃあ犯罪に巻き込まれたり襲撃を受けたりする可能性が否めやせん。ですんで、他の街や村は大抵が歩いて一日でたどり着ける範囲にあるのに、二日ここはかかるんですわ」
「二日かぁ……」
「実際は一日半ってところですけど、まあ潰れるって意味では二日で間違いねえですよ」
二日潰れるのは結構痛いかもな。だってこの世界の移動って退屈だし。
「とはいえ、俺たちは馬車に乗ってんでもうちっと早いはずでさあ。大体半日くらいなもんですが……この調子ならもう少しで着くんじゃねえですかね」
そうか、もう少しで着くのか。よかった。そろそろ座ってんのも限界になってきたんだよ。
でもこれ、俺たちは馬車に乗ってるからいいけど、他の一般の奴らは歩きなわけだし大変だろうな。何時間も歩きっぱなしにならなきゃならないわけだし。
……そういえばエルフの森に行く時には思ってた以上に早く着いたな。あの時はぶーちゃんと呼ばれた魔物に牽いてもらったから早くつけたみたいだが……エルフからあの猪をもらえたりしないだろうか? あいつがいれば移動なんてほんの一時間もあれば終わるんじゃないか?
「ま、そんなわけで基本的には旅をするにゃあ朝早くからのやつが多いんですわ。朝早く出て、んで移動時間を睡眠に充てるって感じですかね」
なるほど。まあ実際俺たちもそんな感じだしな。カイルやベルなんかは最初は壁の外を見てはしゃいでた感じだったけど、今は朝早くだったせいもあるだろうけどはしゃいだせいで疲れたのか寝ちゃってるし。
「坊っちゃんも寝てていいんですぜ? 着いたら起こしやすんで」
「ん……それでもいいんだけど、最初くらいは道中の様子を覚えておこうかってな。まあ覚えるって言ってもろくに外なんて見てねえけどな」
「見るところなんてありやせんからねぇ」
これからこの道は何度も使うことになるんだし、馬車での長時間の移動ってのも何度も経験することになるだろうから、せめて最初の一回くらいはまともに起きていようと思ったわけだ。起きてるだけで特に何をしようってわけでもないんだけど、気分の問題だ。
しかし、そうして適当に話したりして時間を潰しながら馬車で揺られていると、三十分ほどで目的地である隣の街——ネイブルにたどり着いた。