勇者一行一行の状態確認
「まあ、考えはわかった。正直お前の進退になんて興味ないし、どうでもいい。ただ、そうだな……ちょっとコップ持ってきてくれ」
ただし、好きにすればいいとは言っても、それは俺たちに危険がなければの話だ。そして、その危険がないかどうかってのは、俺が決めることだ。
そんなわけで後ろに振り返ってコップを持ってくるように言ったのだが、誰が取りに行くこともなかった。
「こちらでよろしいでしょうか?」
その代わりに、ソフィアがポケットから一つのグラスを取り出してこちらに差し出してきた。
普通はポケットにあんな物が入るわけないのだが、そこはスキルのおかげだろう。ソフィアのスキルには《収納(仕事道具)》があったはずだし、それにしまっておいたんだろう。
頼んだものがポケットから出てくるって、なんかどこかの青だぬきを連想させるな。まあ、こっちはお腹にポケットがあるわけじゃないけど。
「ちょっとこれを飲め」
ソフィアからグラスを受け取ると、グラスに向かって指を向け、指の先から水を出した。
水で満たされたグラスを勇者へと突き出し、受け取らせた。こっちのことを警戒しているくせに、こうも簡単に受け取るのは元々の人間性だろうな。疑わないから、こうも簡単に受け取った。
「これは?」
「浄化の水ってやつだ。呪いが溜まってる奴が飲んだら、変異体になるぞ」
だが、俺がそういうなり勇者は手に持っていたグラスを落とし、数歩その場から後退りした。
当然ながら、グラスが落ちれば割れてしまい、中に入っていた水はこぼれることになるわけだが、もったいないな。今のグラス一つでいくらすると思ってるんだ。いや、正確には俺も知らないけど、ソフィアが出した道具なんだ。俺が使うことを想定しているもののはずだし安物ってことはないだろ。
ああ、後ついでに水ももったいないな。俺的にはどうでもいいんだけど、周りのエルフ達の反応がな。勇者はあいつらに目をつけられたようだ。
「おい、もったいないな。こぼすなよ」
「……そのようなものを飲むとお思いですか?」
勇者に変わって聖女であるカノンが文句を言ってきたが、飲むに決まってるだろ。
「お思いだよ。だって、飲まなきゃここから離れられないだろ?」
そう言ってから俺は辺りを見回すが、そこにいるのは俺の軍だ。勇者だからと言って、聖女だからと言って忖度することなんてあり得ない。
しかも、そいつらはいつでも動けるように全員が武器に手をかけている。一部のエルフはすでに武器を抜いている。……お前らは後で水やるから暴走すんなよ?
で、まあそんな奴らに囲まれている状況で、こっちからの『お願い』を断れると思ってんのか?
「安心しろ。なんの問題もなければ変異体になんてならないさ。お前だって、今後も不安を抱えたままでいたくはないだろ?」
俺が用意した水と言っても、普通のやつにはなんの効果もない。ただ、呪いにかかっていた場合……それもかなり深く呪われていた場合にのみ異常が起こるってだけだ。
こいつらが軍に加わるのはいいとしても、もしかしたらそのうち変異するかもしれない、なんて不安を抱えたまま戦うわけにはいかない。
特に勇者だ。こいつ自身はダメダメだが、その戦力自体はそれなりだ。何せ第十位階にたどり着いてるんだからな。
そんなやつが、戦ってる最中に変異して暴れ出しでもしたら目も当てられない。
そして、そんな可能性があるやつと一緒に戦えるのか、戦ったとして信用することができるのか、と兵達は思うだろう。そんな余分は動きを鈍らせる。
前だけを気にしていればいい状況では余裕を持って戦うことができるとしても、後ろも気にしなければならない、それも必ず何か起こるとわかっているのではなく『何かあるかもしれない』と考えて警戒し続けるのはかなり面倒だ。
そんな状況にならないためにも、あらかじめ大丈夫であるということを証明しておく必要があるのだ。だからこそ、ここで水を飲ませる必要がある。軽度の呪いなら浄化され、重度の呪いなら変異する。
「ほら、どうする?」
だから、俺は再び受け取ったグラスに水を注ぎ、それを勇者一行へと突き出した。
「……いただきましょう」
避けて通ることはできないと理解したのだろう。カノンは眉を顰めながらではあったが、俺からグラスを受け取り、一瞬躊躇いつつも一気に呷った。
その結果は……
「へえ……本当に大丈夫みたいだな。教会所属だったくせに」
俺が出した水を飲んでもなんら問題ない様子を見せるカノン。つまりこいつは、呪いの影響下になかったということだ。あるいは微量の呪いはあったのかもしれないが、それは今ので消えただろう。
ただ、こいつが無事だった理由がよくわからないんだよな。だって教会所属の人間だったんだぞ? 普通ならこいつらの仲間の盾男みたいに変異してもおかしくなかったと思うんだけどな。
考えられる要因としては、あえてこいつは呪わなかったとか? 勇者のそばに置くんだし、気付かれないように、あるいは旅の最中に変異しないようにした可能性は十分にある。
もしくは、こいつのスキルか。定期的に浄化をかけておけば、さほど呪いが大きくなる前なら消すことができただろうし、なんだったら『光魔法師』だったから『闇』を祓ったと考えることもできる。
まあ、いい。変異しなかったってんなら問題ないな。あとは、残る二人が飲むかどうかだけど……
「そっちの二人もどうだ?」
「いただくわ」
「リナ!?」
俺が再びグラスを差し出すと、今度はリナが躊躇うことなく受け取り、そんな様子に勇者が驚き、叫んだ。
だが、そんな勇者の反応を気にすることなく、リナはグラスの中の水を飲んだ。
「あら、思ったよりも美味しいのね」
その様子はカノンとは違い、興味深そうに眺めてからまるで酒を味わうように飲み始めた。しかも美味しいとの感想付きだ。
こいつ、こんな状況でも好奇心を満たそうとするって、かなり神経太いよな。
「り、リナ? カノンも、なんでそんなのを……」
「だってこれ、飲まないと終わらないでしょう? だったら飲んで話を進めたほうがいいじゃない」
「でも、毒とか……」
「このようなところで毒を入れても何にもなりません。これから共に邪神を相手にするのですから、毒など入れれば自身らの戦力を減らすことになりますので」
いまだに女々しく言葉を重ねている勇者と違い、すでに飲んだ女組の二人はなんでもないかのように言い放った。女の方が肝が据わってるって、本当なのかもな。
ただ、カノンは毒が入ってないってことを理解しつつも警戒してたよな。
まあ毒がないと理解していても、それは絶対にそうというわけではないからな。自分たちの消耗よりも勇者一行の排除を優先すれば、殺すことは考えられる。だから警戒したのかもしれない。
あるいは、毒以外の何か細工があると考えたのかも。
実際、その考えは合ってるしな。
そう。この水、何を隠そう細工がしてある。具体的には、水を注ぐ際にとっても小さな種を混ぜておいたものだ。それを飲み込んだのだから、まああとはお察しだ。
毒ではないため《浄化》でも取り除けず、体内に残り続ける。
「それは……くっ」
勇者は仲間の二人が飲んだからか、新たに用意したグラスを差し出すと、それを乱暴に受け取り、一瞬躊躇いはしたもののグッと勢いよく飲み干した。
「これで良いんだろ!」
「はいどうも。三人とも呪いは受けていないようでよかったよかった」
まあ、これで何かあっても最悪腹の中に入った種を《生長》させれば良いだろう。
「それじゃあ、後はあいつを倒すために手を取り合うとしようか」
勇者が嫌そうな顔をしていたが、気にしない気にしない。貴重な駒が手に入ってよかったよ。邪神と戦うなんて、勇者らしい行動だろ? 精々役に立ってくれ。




