援軍到着・エルフと勇者
「あー……レーレーネ女王様。お久しぶりです」
とは思うが、それでも話しかけないわけにはいかず、俺は普段以上に丁寧な態度を心がけて声をかけた。怖がらせたら泣かれたり逃げられたりするかもしれないからな。……なんか、扱いがまんま子供に対するものだな。あるいは小動物?
「ふえ? ……? …………あ」
俺に声をかけられたことで、縋り付いていたリリアから顔を上げ首を傾げたレーレーネ。
しばらくは俺が誰なのか、どんな状況だか理解できなかったようで首を傾げていたが、しばらくすると今の状況に気がついたようで声を漏らした。
そこからの行動は早い。泣き腫らした目を擦って涙を拭い、急いで立ち上がると正面から俺のことを見つめてきた。
「んん、こほん。——お久しぶりですね、ヴェスナーさん」
だが、正直言って今更感がある。目元は腫れてるし、膝は土ついてるし胸元は涙の後があるし。
まあ、今の一瞬で切り替えることができたのはすごいと思うけど、やっぱりあの様子を見た後だとなんともいえない情けなさを感じる。
「ねえねえ、ママ。いまさらカッコつけても遅くない?」
「そ、そんなことないもん!」
今回ばかりはリリアに同意だ。それを口にすることはないけどな。言ったら泣くか拗ねるかするだろうし。
「我が里のエルフ百名。神樹の解放に加わりに参りました」
ランシエと同じように膝をつきながらの宣言だが、その内容が『魔王軍に参加』ではなく『神樹の解放』って言ってるのは、エドワルドにそう唆されたからなんだろうな。
王国の七万には数で圧倒的に負けてるけど、その分個人個人が強い。
まあ、ランシエ達のところのエルフと比べると、人見知りで震えまくってるから他の奴らと混ぜて運用するのは無理だろうけど。
「それにしても、随分と集まったもんだなあ」
どうやらそれ以上の援軍の追加はないようだが、今の時点でも十分過ぎるほどだ。というか、こんなにくるとは思わなかった。精々が合計一万程度集まれば良い方だろうなと思っていたんだけど、まさかだった。
「お前の人望ってやつだろ。これまでお前がやってきたことの成果だ」
そう言われると嬉しい気もするが、反面恥ずかしい気もする。
「でも、これで頭数は揃ったな。あとは向こう側にいる聖国の王と合わせて神樹に攻め込むだけだ——」
聖国の王にもこっちの考えを知らせていたし、準備はできているだろう。後はこっちの戦力が揃ったことを伝えるだけだったのだが、そこで予想外のことが起きた。予想外と言っても、悪い意味ではなく、良い意味でだが。
「なんだ、案外わかってるじゃないか」
聖国の軍が待機している方向へと視線を向けたのだが、そこで数名の馬に乗った者達がこちらに向かってきているのが見えた。おそらくは俺たちに援軍が到着したのを見て聖国側が人を送ったのだろう。
だが、その送られてきた人物というのが……
「よくきたな、勇者様」
そう、勇者だった。
正確には勇者一行。勇者と聖女と魔女の三人。本来はここに神盾もいたんだけど、まあ残念なことにリタイアということで。
勇者は向こうにとっての最大戦力のはずだが、そんな勇者を送ってきたのは、聖国の王としてもここで神樹を片付けてもらわなければ困るからだろう。
今後神樹が移動すれば聖国からは消えるけど、他国に影響を及ぼせば非難されるのは確実だからな。
「魔王……」
勇者は何を考えているのか知らないが、苦々しい表情でこちらを見ながら俺のことを呼んだ。
だが、今まではよかったけど、今はその呼び方は相応しくない。何せ、今ここには『本物』がいるんだから。
「おいおい、その呼び方は本物に失礼だろ?」
「本物? ……っ!?」
俺が指差した先には、カラカスからわざわざやってきてくれた魔王がエルフと遊んでいるんだが、その存在を認識したようで勇者は目に見えて狼狽始めた。
「なんであいつが!」
動揺した勇者は剣を抜いて魔王へと駆け出——
「それ以上動くんじゃねえぞ」
——そうとしたところで、親父が文字通り『目の前』に剣を突きつけ、勇者はその動きを止めた。
だが、動くなと言われた勇者だったが、すぐにその言葉通りに反応することはできなかったようで、目の前に突き出された剣を弾こうと自身の剣を動かすべく腕に力を入れたが……
「動くなっつってんだ。三度目はねえ」
勇者が剣を振る前に親父に腕を掴まれて止められた。
『勇者』である自分が何もすることができずに止められたことに、愕然とした様子で親父を見つめている勇者。
親父は勇者がそれ以上何もしないと判断したのだろう。手を放し、剣を鞘へと収めた。
そんな親父の態度を見て、勇者は一度周囲を見回したがそれ以上は特に何をするでもなく剣を収めた。
だが、その表情は苦々しいもので、まだ敵愾心を持っているのがありありとわかる。
「どういうつもりだ。どうしてあいつがここにいるんだ!」
それでも剣で戦うつもりはないようで、勇者は魔王のことを指差しながら俺に怒鳴りつけてきた。
「どうしても何も、俺の……配下? ペット? まあそんな感じのになったからだ」
「配下って……あれは正真正銘の魔王なんだぞ!?」
「だからどうした。ロロエルから聞いただろ。魔王なんてのは、元々悪い存在じゃない。ただ、あいつらも生き物だからな。生きるため、力をつけるために他の生物を襲い、その結果人からしたら悪であると判断されるようになっただけだ。あいつ自身に人を虐げるような悪意があるわけじゃない」
魔王の本来の役割を考えたら、『邪神退治』とも言える今回の作戦にはちょうどいい人材だろうに。それすらも判断できないのか?
「だとしても……」
「そんなことより、今この場はそれなりに重要な局面だと思うんだが、お前のわがままで潰すつもりか? なんか伝言でも持ってきてんだろ?」
多分何か渡すなら勇者ではなく後ろの二人だろうな、と思ってそちらへと目を向けると、聖女が軽く一礼してから前に出てきた。
やっぱりこいつだったか。適任と言えば適任だよな。今までこんな役回りのことをやってきたんだから。まあ、教会所属だったこいつを使うってのは、かなり大胆だと思うけど。
「国王陛下より書信を持って参りました」
そう言いながら俺に一通の手紙を差し出すカノン。
「はいどうも。っと、そういえばお前はなんともないんだな」
その手紙を受け取り、中身を確認しようとしたところで、ふと手紙を差し出してきたカノンの様子が気になり問いかけてみることにした。
「はい? それは、どういう意味でしょう?」
「どうもこうも、そのままの意味だ。教会があんなんになって、そこに所属してる奴が化け物になったのに、よく無事だなと、そう思っただけだ」
「神のご加護でしょう」
神のご加護お? なんとも宗教家らしい答えではあるな。もっとも、その神様を祀ってるはずの教会が〝ああ〟だと、そのご加護とやらも怪しいものだけどな。
「その神様ってのは、あそこで暴れてる邪神のことか?」
そう言いながら神樹を指差してやったのだが、まあ間違いではないだろう。あれは神樹ではあるが、同時に邪神でもあるんだから。
「あのような紛い物ではなく、〝聖国で祀っている〟正しき神々のことです。お間違いなきよう、お願いいたします」
だが、カノンは普通なら怒ってもいいところ、というか教会の奴らなら顔を顰めるくらいはしそうなものだってのに、特に反応を見せることなくただ訂正させようと言葉を吐き出すだけだった。
しかしまあ……
「聖国で祀ってる、ね。教会ではなく」
それはつまり、自分は教会所属ではありませんよ、と。だから敵ではありませんよ、と言ってるわけだな。簡単にいえば、教会を切り捨てて聖国の王に乗り換えたってことだ。
宗教の象徴として扱われていた聖女がそれでいいのかと思わなくもないが、誰だって自分の命は大事だからな。保身に走ってもおかしくないか。
こいつもそれなりに信仰心はあるだろうけど、その信仰の対象がアレだと言われると、必死になってまで教会を擁護する気も起きないのだろう。こいつの場合は利益があるから教会のために動いていただけで、信仰心はあっても狂信者ってわけでもないし。
そして、そんなこいつに書信を持たせたってことは、聖国の王もこいつが自分側につくことを認めているってことになると思うんだけど……まあその辺はどうでもいいか。これが終わった後で政治的に役に立たせようとかしてるんだろうが、好きにすればいい。




