邪神の実
「ああ、ほんとだ。でも、枯れてなかったか? 葉っぱなんてなかった気がするけど……」
俺の記憶が正しければあの神樹には葉っぱなんてついておらず、枯れた大樹って感じだった。まあその大きさは異常だし、時折蠢いていたから普通の植物ではないけど、それでも確かに『枯れていた』。
まあ、もしかしたら枯れていたのではなく落葉樹のように葉を落としていただけかもしれないけど、『葉がない』という状況は変わりない。
「おいヴェスナー。あれは葉っぱなんてもんじゃねえぞ」
明らかな異常。だが詳細がわからず、それにどう対処するか考えたところで、同じく神樹を見ていたカイルから焦りのようなものが感じられる声がかけられた。
俺が見えなくてカイルが見えるのは、その身体能力の差だろうな。第十位階と第八位階という差があるとはいえ、非戦闘職と戦闘職とではその強化倍率に違いがある。その上、身体強化系のスキルでも使われたら比べ物にもならない。
おそらく今のカイルも身体強化のスキルを使っているのだろう。
「葉っぱじゃない? 葉っぱじゃなくて果実だ、なんて話でも、ないみたいだな」
「ああ。いや、ある意味果実って言ってもいいのかもしれないな。あの樹〝らしい〟果実だけどな」
やけに周りくどい言い方をしているカイルだが、その様子はふざけているわけではない。
にもかかわらずこうもはっきりしない言い方をしているのは、それだけヤバイ状況だからだろう。
「もったいぶってないで答えを言えって」
そう理解した俺は、聞きたくないが聞かないわけにはいかず、カイルを急かす。
俺の言葉を受けてカイルは一瞬ためらったような反応を見せたが、すぐに口が開いた。そうして出てきた言葉は……
「バケモンが、生まれてる」
そう口にしたカイルの表情は盛大に顰められており、それが冗談などではないのが理解できる。
「…………はあ? バケモン?」
だが、そうは分かっていても、バケモノが生まれるという状況を完全に理解することはできず、いや、受け入れることができず、思わずそんな声を溢してしまった。
「そうだ。俺たちが戦ってきた変異体。形は違うけど、あれと似たような雰囲気の奴らが実ってるんだよ」
変異体。それは人が呪いを受けて異形へと変わった姿のことを指す。
変異する前と後では数倍も強さが変わり、倒すのも厄介になるのだが、それは人がいてこそだった。
呪いを溜め込んだ人がいるからこそ変異体は発生するのであって、呪いにかかっていたと思われる住民達がいる聖都からある程度距離を離した今、変異体は発生しなくなるはずだ。発生したとしても聖都に限った話で、俺達には関係ないと思っていた。
それが、あの神樹から生まれてる? しかも、あの枝になっている果実のようなものは、全部変異体だって?
「……っはあ〜〜〜〜〜。………………まじかよ」
なんというか、やばすぎる状況にそんな言葉しか出てこなかった。
だって、あの果実は今も数を増やしているんだから。
……あ。一つ落ちた。
その後の変化は劇的だった。変化と言っても、神樹の変化ではない。俺たちの状況、対応の変化だ。
当たり前だろ? 何せ変異体がポンポン生み出されてるんだ。
幸い、数体こっちに襲いかかってきたものの、それ以外の大部分はこっちには向かってこないで神樹の周りを彷徨いているだけだ。
けど、それがいつこっちに向かってくるかはわからない。
「ほら、あんたら! チャッチャカ動きな!」
婆さんの指示を受けて、部下達が忙しなく動き出している。
俺たちから攻撃するつもりはなかったんだが、あんなものが生み出されるとなると、このままずっと観察している、というわけにはいかない。
神樹は移動しながら足元に植物を生やすが、それの一部は呪いによって異形化した植物となった。
だが、それだけで終わりではなかった。
先ほど襲いかかってきた数体を倒したんだが、そいつらは変異体のような姿をしていたがその体は全て植物でできていた。
胴体も手足も、目すらも全て植物でできている生物。そんなものを真っ当な生物と呼んでいいのかはわからないけど、とにかくそれがあの神樹にできた『果実』の正体だった。
しかも、その生物達は、今まで戦ってきた変異体とは違い、人の姿に限定されたものではなかったのだ。
どういうことかというと、その生物らはもちろん人の形をしていたものもあったが、鳥や獣の形、さらには魚の形をしているものもいる。先ほど倒した変異体の中にも、人ではない形状のものが混じっていた。
しかし鳥や魚が混じっていると言ったが、おかしなことにそれら全ては地を進んでいたのだ。
鳥であっても空を飛ばず、魚であっても地を這って進む。
おそらくは元が植物だからだろう。形は真似できても、その機能までは真似できなかったのではないかと考えている。
だが、そんな鳥や魚は問題ない。というか、どうでもいい。陸上で魚がはねていても大した意味はないからな。
問題なのは、元々が陸上、あるいは地中の存在だ。植物の硬さや柔軟さを持った動物なんて、脅威でしかない。この世界ではただの猪の突進が岩すら砕くのだから、どれほど危険かわかるだろう。家や城壁の内に籠ったところで意味がない。
今は襲ってきていないが、数を増やきったあいつらが一斉に襲いかかってきたら、とてもではないが俺たちも無事ではいられないだろう。
俺自身は生き残ることができるかもしれないが、多分仲間達の何割かは死ぬことになると思う。
そうならないためにも、今のうちにある程度間引いておくしかない。
それで目をつけられて神樹から攻撃されるかもしれないが、どうせこのまま放置していても危険なことに変わりはないんだ。だったら、少しでもマシになるように動くしかない。
「……はあ。なんかいい方法ないか? こう、一気に消せるような感じのやつ」
「そんなもんがあったらとっくに進言してるよ」
これから戦うってのに覇気のない俺の言葉にカイルが肩を竦めて答えたが、分かってる。何せもう散々話したんだ。
ただ、やるしかないと分かってはいるし、そのためにみんな動いているんだが、これからあの変異生物の群れと戦うんだと思うとついついため息が出てしまう。
「だよなあ……できることなら援軍が来てからが良かったんだけど……まだまだ近くにいるって報告はないんだろ?」
「はい。こちらに向かっているようですが、後数日はかかるとのことです。ですが、その間放置してばかりでは数が増えてしまいますし、それではいずれ総力戦を仕掛けるにしても無駄な被害が出ます。予定通りに進行させることを考えると、ここで数を削っておくことは必要でしょう」
「そうなんだけどさぁ……はあ」
援軍は要請したし、こっちに向かっているってのも聞いた。けど、それはまだ到着しておらず、これから始まる戦いは俺たちだけで乗り切るしかない。改めてソフィアからそのことを聞くと、やはりため息が漏れてしまう。
「というか、アレってお前の領分じゃないか? いつもみたいに話しかけて説得とかできないのかよ」
「無理だな。神樹の制御下にあるからか、それとも呪われてるからか、とにかく声が届かない。向こうからもこっちからもな」
説得して離反させることができればこっちの戦力は増えるし敵の戦力は減るしで良いことづくめなんだけど、そもそも向こうの植物達には俺の声が届かなかった。そして向こうからの声も一切聞こえない。
聖樹という中継点がないから、という理由ではなく、すぐ目の前まで接近されてもムリだったのだ。多分そういうものなんだろう。
もっとも、あれがただの植物という範囲にいるのかも怪しいんだけどな。見た目だけなら完全に普通の動物だし。
「フローラとリリアは何かできないの?」
「え〜。むりむり。あんなのどうにかできるわけないってば。まーだ毎日お勉強時間を一時間って言われたほうがマシよ」
ベルの問いかけにリリアは手をひらひらと振りながら答えたが……勉強とあんなのの相手を同列に語るなよ。
けど、まあリリアだし、その感想もこいつらしいものだろう。
……そういえば、こいつ最近勉強してる姿を見たことないな。前は割と勉強している姿を見かけたのに。勉強っていっても、読書してるだけってこともあったけど、でも最近は本を読んでる姿すら見ない。
まあ、今は外国に来てるからな。レーレーネも側にいないし、報告されることもない。やらなくても怒られることもないから大丈夫だと思ってるんだろう。
……帰ったら勉強させるか。そうすれば少しは成長してまともな感じになるだろ。
「じゃあお前、これ終わったら毎日一時間勉強な」
「えっ!? 嘘でしょっ!?」
リリアは俺の言葉に目を剥き驚いているが、無視してフローラの方を向く。
「フローラはどうだ?」
「ねえ、聞いてる!? 嘘よね!? 毎日一時間のお勉強とか無理なんだけど!」
うるさい。
「フローラもムリー。みんな話しを聞いてくれないのー」
どうやら俺のスキルだけではなく、聖樹であるフローラの声も届かないようだ。いや、届いてるけど無視されているのか? 無視されているんだとしても、相手が神樹であるのなら仕方ないだろう。
「そうか。まあ、俺のスキルでも何も聞こえないし、そうだろうな」
「ごめんね……」
「気にするな。それより、体調の方は大丈夫か? あんなのがそばにいて、辛くないか?」
「うん。今はだいじょーぶ」
「そうか。でも辛くなったら俺の中に戻れよ。それなら少しはマシになるだろ?」
「ありがとー、パパ」
「坊。もうすぐ準備が終わるよ。覚悟はできてるかい?」
「覚悟ね……」
その覚悟はどんなもののことを言っているんだろうか。
死ぬ覚悟。生き抜く覚悟。誰かが死ぬ覚悟。死んだ誰かの人生を背負う覚悟。
色々とあるだろうが……まあ、答えなんて決まってる。
「そんなもの、王を名乗った日にできてるよ」
「ハンッ。そうかい。なら結構だよ」
俺は死にかけたことはない。親しい誰かが死んだこともないし、死ぬような状況に追い込んだこともない。
だから本当の意味で覚悟ができたのかと言われれば怪しいかもしれない。
でも、それら全ての覚悟を抱えて、受け止める覚悟はしたんだ。
だから、いくら嫌なことだろうと、こんなところで引くわけにはいかない。
そうして、俺たちは神樹から生まれた変異生物を駆除するべく、戦いを始めた。




