あんたが欲しい!
「ん、ああ。来たか。悪かったな」
「……」
「で、聞きたいことがあるんだが、あの化け物みたいな樹からなんかおかしな気配とか感じないか?」
「……」
だがリリアは俺が話しかけても答えることなく、ぷくっと頬を膨らませてこちらを睨みつけている。だが、そんなことをされても怖くないし、どちらかといえば可愛い顔だ。恋愛や男女的な意味ではなく、小動物的な意味での可愛いな。
だが怒っているのは確かで、そんなリリアの態度に、俺はため息を吐きながら話しかける。
「……臍曲げてる理由はわからなくもないが、さっさと答えろ」
「むうう〜〜! 人の裸見ておいてそれだけ!? もっとこう、なんか、お礼とかお詫びとかあるでしょ!?」
「つってもお前、うちの風呂で俺が入ってるところに乱入して来たりしただろ。かなり広いとはいえ、そんなことが何度もあったんだから今更じゃないか?」
確かに女性の裸を事故とはいえ見てしまったのなら俺が悪いのかもしれないけど、正直こいつの場合は今更感がある。風呂に入ってるところに裸で乱入してくるやつが今更裸見られたことを気にしても意味なくないか?
「あれはあんたとお風呂に入ったんじゃなくて、フローラと入りに行ったの! それにお風呂は裸で入るものでしょ! 全然ちっがーう!」
地球でも欧米だったかどっかでは男女が裸で風呂に入るのは普通だったところもある。むしろそれをエロい目で見る方が異常とすら言われるほどだ。リリアとしてもそんな認識なんだろう。多分。
「裸見せてるところは同じだろうが。今更気にしないから気にするな」
「気にするに決まってんでしょ! だって、裸ってあれよっ!? あの、ほら……ねっ!?」
「いや、わからんし」
にしても、なんだって今更こんなにあわててるん……あー? もしかして、なんか性知識を得て恥ずかしくなったとか? 今回の旅の最中は婆さんと一緒にいる機会も長かったし、婆さん配下の娼婦部隊とも一緒にいることあっただろうしな。
そういえば、風呂に乱入してきたのってもう半年以上前のことだったか。
でもそうなると、今ようやく思春期が来たのか。まあ、今まで性的なことを理解してなかっただけかもしれないけど。
「まあ、そんなことより——」
「そんなことじゃなーい! お礼よ! お礼よこしなさい!」
「お礼? 見せてくれてありがとうって? お詫びじゃないのか?」
「……お詫びをよこしなさい! 慰謝料よ! もらうまで絶対に許してあげないんだから!」
「めんどくせえ……」
今は話を進めたいのにこんな時間を使わされるとは……。
だが俺が悪いことも事実なので、仕方ない。慰謝料だかなんだか知らないけど、それでスムーズに話が進むってんなら受けてやろう。
「まあ仕方ない。で、慰謝料って何が欲しいんだ? 金か? 水か?」
自分で言っておいてなんだけど、慰謝料に金と水を並べるって、普通なら頭おかしいセリフだよな。相手がエルフだと大抵の場合は金より水を選ぶと思うけど。
「え? えっとね……えっとー……」
「決めてないんだったら言うなよ」
「き、決めてるもん! えっと、えっと……うーんと……」
その反応は絶対に何も決めてなかったやつの反応だろ。
「慰謝料が欲しいってんなら後で渡してやるから、何も今決める必要は——」
「ちょっといいかい?」
決める必要はない、と言おうとしたのだが、そこで婆さんが割り込んでリリアに耳打ちをし始めた。
「んへ? なあにおばあちゃん。 ……ふんふん。……ああっ!」
「なんだ、決まったか?」
「うん! あんたを寄越しなさい!」
「はいはい。それじゃあ今回のが終わったらそれをやるから——なんだって?」
なんだって? ……え?
「ふふん! それで許してあげるわ!」
リリアは慰謝料の内容を思いついて満足したのか自信満々と言った様子を見せているが、こいつ、なんだってそんなことを言ったんだ? 「俺が欲しい」って……正気か?
さっきの婆さんからの耳打ちが原因だってのは明らかなので、原因たる婆さんの方へと顔を向けてみるが、婆さんはニヤニヤと笑っている。こんな状況なのにこんな笑みを浮かべるなんて随分と余裕だな、とも思ったが、その笑みからは嫌な予感を感じざるをえない。
いくら婆さんに尋ねても無駄だろうと理解した俺は、改めてリリアへと顔を向けて口を開く。
「……あー、リリア。一つ聞きたいんだが、お前、どういう意味でそんなこと言ってんだ?」
「え? 何よ。なんかおかしい?」
「何かも何も、何もかもがおかしいとしか思えないんだが……」
「リリア。それはヴェスナー様へのプロポーズということになりますが、それでよろしいのですか?」
俺が頭を押さえながら言葉を濁していると、ソフィアがリリアへと問いかけた。
ありがとうソフィア。そうだよ。俺が聞きたいのはそれだ。
誰かに対して「お前が欲しい」だなんてのはプロポーズ以外の何ものでもない。だがリリアに限ってそんなことを言うとは思えないし、多分こいつなんんか盛大に勘違いしてる気がするんだよなぁ。大体婆さんのせいだろうけど。
「プロポーズ? それってあれよね。好きな人に結婚しましょ、って言うあれ」
「違うのですか?」
「なんで私がこいつにプロポーズなんてするのよ」
「『お前が欲しい』なんて台詞は、結婚してくれって言うのと同じだ」
「………………ええええええっ!?」
「今更になって驚くなよな」
しかしまあ、こんな反応をするってことは、普通に間違えたってことだよな。知ってたけど。
元々の考えがどんなものだったのか知らないが、言葉選びをミスってるだけってわけだ。
と言っても、おそらくだけど婆さんがそうなるように誘導したんだろうな、これは。
婆さんの方を見てみると笑いを堪えるように口元を押さえているが、その端からクククッと笑いが漏れている。
「ちなみに、あなたとしてはどのような意味で言ったのですか?」
「え? ……だって、こいつが手に入ればわたしといつでも遊んでくれるし、お水ももらえるし、部下だって手に入っていいこといっぱいでしょ?」
「う〜ん。なんとも微妙な関係ってところだねえ。……坊。もういっそのこと、本気でもいいんじゃないかい?」
元凶である婆さんがすっとぼけた態度でそんな提案をしてくるが、やめてほしい。
「本気って何がだよ。やめろよ。やだよ」
「けどあんた、あたしらやエルフ達の関係を考えるに、多分そのうち同じ結果になると思うよ」
それは確かにそうかもしれないけど……。実際そんな感じの話はすでに上がってたんだ。前にも聞いたことがあるし、そのうちそうなるかもしれないとは理解していた。
でも……
「その時はその時だろ。後百年くらい経ってから考えればいいことだって」
多分その頃にも俺は生きてるっぽいし、リリアも生きてるだろ。それだけ成長すれば今よりも手がかからなくなってるだろうし、結婚するのも……まあマシになるだろ。……なるはずだ。
だから、考えるならその時でいい。
「???」
リリアはそんな俺と婆さんのやりとりがどんな意味を持っているのか理解できていないようで、首を傾げてこちらをじっと見つめてきている。
その様子を見ていると、呆れしか出てこない。
「その反応を見るに分かりきってることだけど、一応確認だ。さっきのは普通に間違えただけってことでいいんだな。本当の願いは別にあるんだろうし、聞いてやるからさっさと考えろ」
間違えてるんだとしたら、今ならまだ普通に取り消しもやり直しもできる。慰謝料も別のものに変えてやるし、そうするべきだろ。
だからさっさと話を進めるために、割と投げやりな感じでリリアに問いかけた。
ただ、それがいけなかったのかもしれない。
子供って、親しい仲の相手やライバル的な相手に見下されたり馬鹿にされたりすると「自分だってできるもん」って感じで意地を張ることがあるし、なんだったら大人だってそうだ。
リリアのやらかしたことに対して俺が呆れた態度を見せたからか、リリアはムキになって叫び出した。
「……ち……違うもん! 間違えてなんていないんだから! 悪い!? わたしは間違ってないもん! わたしはー! あんたが欲しいのー! 絶対間違えてなんてないんだからああ!」
「うるせえ。んな大声で叫ぶな」
突然目の前で叫び始めたリリアの声は辺りに響き、予想外のその音量に顔を顰める。
これではトーチカで姿を隠している意味がなくなるし、休んでいる仲間達の邪魔になる。
そう思い、リリアの口を手で塞ぐ。
「……はあ。まあそれについてはまた落ち着いてからってことにしとけ。今はそんな話よりも聞きたいことがあるんだよ」
叫ぶのは止まり、多少は落ち着いたと思い手を話して本題について問いかけたのだが……
「ダメよ! まだ慰謝料の約束してもらってないんだから!」
まだ意地を張っているようで、今回は誤魔化されることも流されることもなく、だいぶしつこい。
「慰謝料って、今のか? ……意固地になんてなってもいいことないぞ。もっとよく考えてから——」
「かーんーがーえーまーしーたー! わたしの願いは変わんないもん! あんたを私に寄越しなさい!」
「……はあ。後百年経って考えが変わらなかったらな」
「言ったわね! これで約束よ!」
「はいはい。約束約束」
どうせ百年経ったら心変わりするだろ。子供の気って移ろいやすいものだっていうし。
「よしっ! 私は間違えてなんてなかった!」
自分の間違えを無かったことにし、意見を押し通すことができたからかリリアはとても満足そうな笑みを浮かべた。
始まりは俺が悪いとはいえ、こうも引っ掻き回されたことに文句の一つも言いたいところだが、それを言うとまためんどくさいことになりかねないので言わない。
そんなことよりも、今はこの状況をどうにかするための情報を少しでも集めないと。そのためにリリアのことを探してたわけだしな。




