お前に何が分かる
この状況で俺に攻撃、或いは攻撃ととられてもおかしくない行動をするなんて、この勇者は何を考えているんだ、と問おうとしたのだが、その言葉は勇者の叫びによって止められてしまった。
これは……はあ。面倒だけど、まともに説明をしてやらないと納得できないみたいだな。
そんなことをしてやる切りはないんだが、またごねてもめて、これ以上移動が遅くなるのは勘弁してほしい。
なので、今はこいつの話に乗ってやり、サクッと説明をしてこの場での面倒を終わらせることにしよう。
「なんでって、許したのはお前であって俺じゃない。俺は『許す』なんて一言も言ってないのに、勝手に決めたのはそっちだろ? それに殺しにかかってきたんだら殺し返すのは当然だろ? 悪いことでもないはずだが?」
「悪いことじゃないはずがないだろ! 人を殺したんだぞ!?」
その話題はさっきもやっただろ。
まあこいつは納得できていないからさっきの話は終わったことにはなっていないんだろうけど、俺からしてみればもう終わった話題で、もう一度議論するのはとてもめんどくさい。
それでもやらないといけないんだから、ため息が出てしまう。
「だからどうした。大体の国では襲ってきた賊は殺してもなんの罪にもならないし、この国でもそうだったはずじゃないか? なあ聖女様。そこんところはどうなってる?」
「……ええ。確かに、襲いかかってきた賊は、それを迎撃することも、その結果死なせることも罪にはなりません」
「だってさ」
これはこの世界では当然のことで、なんだったら日本でも同じだった。相手が殺す気でかかってきてんのに、それを生かして制圧しましょうって、馬鹿だとしかいえない。
過剰防衛? そんなのは実際に殺される立場になって初めて言えるもんだ。どれほど鍛えていようが、武器に慣れていようが、それを実際に自分に向けられることとなったら怖いもんなんだぞ。その怖さは、こうすればいいと頭で考えていた以上の力で反撃してしまうほどだ。
たとえ武道の達人でも、命がかかっている状況に慣れていなければその瞬間の判断力は素人と変わらない。
……まあ、俺たちの場合は殺すことに慣れてるし、今のだって生かそうと思えば生かすことはできたけど。
「だとしても、殺す必要はなかったはずだ。殺さなくても、お前ならどうにかできたはずだ。違うか!」
「いや、違わないけど……だから、なんでだ?」
「なんでって……」
「なんで俺がそこまで考えなくちゃいけない? なんで俺が殺しにかかってきたやつのことを気にしてやらなくちゃいけない?」
「生きていればやり直す機会だってあったはず——」
「ねえよ」
なんか馬鹿なことをぬかしている勇者の言葉を遮るように、俺は否定の言葉を口にする。
そんな自分の言葉に被せてくる俺の反応が予想外だったのか、勇者は顔を顰めて俺のことを見つめてきた。
「やり直す機会なんて、ない。あいつらは、ここで許されていたとしても反省なんてしないし、やり直そうとも思わなかったはずだ」
どうせ逃げた後にもどこかしらで同じようなことを繰り返す。その時には協力者とやらは力を貸してくれないだろうけど、それはあいつらにとっては大した問題ではないだろう。人を襲い、盗み、奪い、犯し、殺す。それがあいつらだ。
「ああいう手合いは、今回のことをずっとずっと忘れない。逆恨みし続けて、その恨みを別の誰か、別の何かで憂さ晴らしする。そして、偶然であろうと俺たちを見かけてチャンスがあると判断したら、迷うことなく邪魔をしてくるぞ」
「なんでそんなことがわかる! そんなのはお前の妄想でしかないだろ! お前に彼らの何がわかるって言うんだ!」
わかるさ。俺がそうだった。盗んで捕まったことがあった。怒られたこともあった。親から殴られたこともあった。それで骨が折れたことだってあった。
でも、それで反省をしたかというとそうではない。最初に捕まってからも何度も盗みをした。そしてまた捕まったことだってあった。
だから、どれほどその場では謝ったところで、心の底から反省なんてしないんだよ。
俺は実際に死んで、その後に自分の事を心から大事に思ってくれた母親の涙を見て、ようやく自分の不出来さに気づけたくらいだ。
日本にいたときの俺よりもタガが外れているだろう賊達がこの場で簡単に許してもらったところで、悔い改めるのかと言ったらそんなことがあるわけがない。
「じゃあ逆に聞くけど、お前はあいつらの何がわかった? どんな人間なのか説明することができるか? どうしてもう大丈夫だと思えるのか。その根拠は提示できるのか?」
けど、そんなことは言うつもりはないので、逆に勇者へと問いかける。
「それ、は……」
だが、勇者は言葉につまり、ただ顔を顰めた様子を見せるだけだった。
そんな勇者の態度を見て、俺があからさまに大きくため息を吐き出して見せると、勇者はピクリと何かを言いたそうに反応を見せたが、それでも何も言わなかった。
「少なくとも、俺の方がああいう奴らに関してはよく知ってると思うけどな。何せ、俺はあいつらみたいなのに囲まれながら育ってきたんだ。毎日街のどこかで盗みが行われ、人が襲われて、騙し騙され殺し殺され。そんな場所で生きてきた。どこかの異世界でぬくぬく育っていたガキと違ってな」
こいつは見てこなかったのかもしれないが、この世界はそんな不条理で溢れている。
そして、今でこそある程度の秩序が出来上がっているために表面的には大人しく見えるが、カラカスってのは元々はそんな人間社会の最下層とでも言えるような場所だ。
「俺自身真っ当な人間じゃないってのは理解してるし、そこそこクズだって自覚もある」
俺なんて、前世もそうだが今世だって真っ当なものじゃない。この勇者みたいに誰も彼もを助けようだなんて考えてないし、自分に関係ない奴は死んで良いと思ってる。邪魔するやつに関しては進んで殺しに行ってるし、なんだったら殺す必要がなく、むしろ殺さない方が良かったやつだって感情のままに動いて殺したことがあるくらいだ。善人か悪人かでいえば間違いなく悪人に分類される。
「けど、そんなだからこそ、俺にはあいつらがどう行動するのか分かる。お前はどうだ? 一度でも自分勝手な理由で誰かを殺したことはあったか? 正義のためとか、必要だったからなんて理由じゃなくて、殺したいと思ったから殺したことはあるか? 殺しじゃなくてもいい。盗みでも拐いでも、詐欺でも暴力でもなんでもいい。自身の悪意が理由で犯罪を行なったことはあるかよ?」
そう問いかけてみたが、案の定勇者は感情のままに悪事をおこなったことなんてなかったようで、顔を顰めてこちらを睨んできながらも、何も言わない。
「なあ、『勇者様』。お前は、罪を犯す者の心ってのを、どれくらい理解できてるんだ? ああいう奴は反省なんてしない。考えるとしたら次はどう上手くやるかだ」
失敗から学び、次へと生かす。それは良いことだと思うが、こいつら犯罪者のその考えはとてもではないが、世間一般では良いものとは言えないだろう。
「それに、仮に反省したとしてもだ。なんで俺が許さなくちゃいけないんだ? こいつらは俺たちを殺しにきた。今回は俺たちが相手だったから結果的に誰も何も起こらず、大したことないように見えるけど、それは相手が俺たちだったからってだけのことだ。俺たちじゃない一般人が襲われた場合は、そのまま何もできずに死んでたはずだ。お前はその時になっても言えるのか? 『この人たちを許そう』って、殺された者の家族の前でさ」
「そ、れは……」
何度目になるか分からないが、改めてそうはっきりと口にしてやれば、今度こそ何も言い返せなくなったのか、何かを言いかけて口を開いたがすぐに閉じて俯いてしまった。
今の俺と勇者の様子が、はたから見ればまるでいじめている者といじめられている者に見えるかもしれないが、この場合、どっちかって言うといじめられてたのは俺だろ。
自分勝手な理屈を振りかざして、他人の意見を否定して自分の考えを押し付けてたのは、そいつの思想や自我を否定する立派ないじめだと思う。しかも、それを何度も何度もだ。説明して反論しても、話が通じず何度も同じ言葉を叩きつけてくる。
ただ今回は、いじめられてた側が大人しく聞いているだけではなく反抗してきたってだけの話だ。
「そもそもさ、逃すってのがまずおかしいんだよ。あいつらの手慣れ具合からして、今までにも何度も人を襲ってきたはずだ。つまり、人を殺してる。なんでそんなやつを逃した? これから良い子にします、なんて言われたからってこれまでやってきたことは関係ないだろ。百歩譲って生かすのは良いけど、なら衛兵のところまで連れて行けよ。そんで罪を償わせろよ。それが当たり前の流れだろ? なに『人を助けた』とか『迷っている者を導いた』みたいな良い感じ出してんだよ。良くねえよむしろ悪いことだろうが」
せっかくだ。この際、このお飾り勇者様に言いたい事を言っておくか。それで絡んでこないようになれば上出来だ。今の話で心が折れるかもしれないが……まあもしそうなってもしばらくすれば立ち直るだろ。知らんけど。
「いいか、一つ教えてやる。今のお前は、俺に言い負かされて悔しいから反発してるだけだ。誰も助けられないなんて言われたから、物事の正当性だなんだってのを無視してただ『生かす』ことを選んだ」
「そんなことはっ——」
「ない、ってか? ならどうして他の仲間達に許可を取らなかった? 許可とはいかなくても、どうして相談しなかった? 俺はこの人たちを助けたいんだけどどうすればいいのか、ってさ」
「……」
少し前まで俺も誰にも相談なんてせずに好き勝手動いていただけあって強く言えることでもないかもしれないが、それでも今は違う。
「ほら、答えられないだろ? 俺の言葉が受け入れ難い。でも俺を倒すことはできない。だから俺の考えに逆らおうとした。そのことを自覚し……いや。別に自覚なんてしなくてもいいや」
「え?」
俺が途中で言葉を止めて意見を翻したからか、勇者は間の抜けた声を漏らした。
「ぶっちゃけお前が何を考え、どう動こうが俺にとってはどうでもいいことだった。お前は好きに生きればいいさ。俺に関係ないしな」
どうせここで俺が何を言ったところで意味なんてないんだ。こいつが変わろうが変わるまいが、聖国でのやることを終えたら俺たちはカラカスに帰るんだし、そうなったらもう関わることも無くなるんだから。




