翌朝の出来事
物語の勇者様ってのは、少数で敵のアジトに忍び込んで親玉や幹部を殺す存在だ。少なくとも俺はそう思っている。
そして、それはこいつも同じだろう。何せ同じ世界の同じ国からやってきたんだ。元となる知識は似たようなものだろうからな。
「……優しいんだな」
だが、そんな俺の言葉を無視して話しかけてきたので、無視された仕返しに少しからかってやることにした。
「お前のことをストーカーだと思ってたことがか?」
「違うっ!」
「冗談だよ。そうカッカするなって」
そう言いながら笑ってやると、勇者はまだ不機嫌そうな顔をしてこっちを見ているが、一つ息を吐き出すと意識を切り替えてこちらを見てきた。その表情は真剣なものなんだが、その中に迷っている色が見て取れた。
おおかた、『悪』であるはずの魔王が、なんであんな子供に食料を分けるようなことをしたんだ、とか、こいつは本当に悪いやつなんだろうか、とかそんなことを考えてるんだろうな。
「まあ、気まぐれだ。野良猫に餌をやるような、その程度のことだ。どうせ、食料なんていくらでも手に入るんだからな」
今のこの国にとっては貴重なものかもしれないが、自分で食べ物を作ることのできる俺にとってはそれほど貴重なものではない。まあ、パンなんかだと焼くのに手間がかかるから面倒といえば面倒だけど、それくらいだ。害という害はない。
「……僕は無力だ」
「知ってる」
なんか知らないけど、唐突に自分語りが始まったので、それをぶった切ってやることにした。
だって、別にこいつの話なんて聞きたくないし、聞く意味も必要もないんだもん。
こいつとしてはこんなことを返されるとは思ってもいなかったんだろう。だが、自虐だか陶酔だか知らないが、こいつの一人話に付き合うつもりはない。
「悪いが、お前の話なんざ微塵も興味がない。無力だと嘆くんだったら、それを口にする前にどうにかしようと動け。ただ流されて生きてるだけの無価値な人間に構ってやるほど、俺は優しくねえよ」
それだけ言い残すと、俺は勇者に背を向けてその場を離れていった。
「優しくないだなんて、どの口が言ってんだかって感じだよな」
そんな俺が勇者から離れたところで、テントの陰から声がかけられた。カイルだ。
カイルがどうしてここにいるのかと言ったら、単純に護衛だからだ。
俺が起きれば護衛であるカイルやベルが気づかないはずがなく、フローラに呼ばれた俺が立ち上がるなり二人も起きてついてこようとしたのだ。
これでもカラカス住みだったし、それなりに音も気配も消して行動できるはずなんだけど、それでも本職として鍛えたわけじゃないから気付かれてしまったようだ。
まあ、そもそもすぐそばで話をしていたんだから、起きたとしてもおかしくないどころか、起きるのが当然ではあるのだが。
尚、ソフィアとリリアは寝ている。二人は鍛えていたとしても隠密に特化してるわけでもないし、襲撃者への対処を専門で鍛えているわけでもないのだから仕方ないことだ。
だが、今ここにいるのはカイルだけだ。ベルはと言ったら、ちょっと周囲の警備達に伝令を頼んである。
その伝令とは、物音がしても無視していい、というものと、逃げた少年を見かけても追うな、というもの。
その二つを、少年に会う前に警備の奴らに言い含めさせておいた。じゃないと、あんなものを倒すような音がしたり、大声で感謝したりする声が聞こえて誰もこないなんてありえないからな。
そして、その伝令を終えた後は、逃げていった少年が無事に村に戻れるかの監視……というよりも警護をさせている。しばらくすれば戻ってくるだろう。
「あんなの、優しさに入らないだろ。単なる気まぐれだ」
「その気まぐれで救われる奴はいるんだよ。例えば、ソフィアみたいにな。それはよくわかるだろ? 気まぐれ、遊びで動いていただけなのに、崇拝されるほどになってるんだから。それから、それは俺たちもだ。俺もベルも、お前の気まぐれで救われた」
「……なんにしても、こんなところで話してないで馬車に戻るぞ。勇者が追いかけてくるかもしれないし、事情を知らないやつに見つかったら面倒になるかもしれないからな」
「承知いたしました、魔王様」
普段はそんな言葉遣いしないくせに、恭しく返事をしたカイルに眉を顰めるが、何かを言うこともなく俺は自分の馬車へと戻っていった。
そして一夜明けた翌朝。
起きて軽く体を動かしたあとは村人達の目に入らないように朝食を取り、出発の準備を整えていく。
準備といっても特にやることもないし、荷物や馬車の確認や今後の打ち合わせ、村への挨拶なんかを終えればすぐに出て行くことができる。
俺は特にやることもないし、そんな作業を欠伸まじりに眺めながらダラダラと時間を潰す。
周りが働いている中でこんな怠けていると、ちょっと罪悪感を感じてしまうんだから、やっぱり俺は小心者だな。なんてことを思いながら、それでもやっぱりやることはないのでそのまま窓の外を見続ける。
しかし、何だな。たった一晩ではあるが、余所者である俺たちが出て行くことになったからか、一部の村人の雰囲気が少し明るい気がする。
まあ、少しの粗相でもすれば首を刎ねられるような相手がすぐそばで滞在しているんだったら、緊張もするだろうし恐怖も感じるだろう。
「それではそろそろ出発を——」
「あれは……っ!?」
そんな村の様子を見て時間を潰していたのだが、準備は整ったようでいざ出発となったのだが、予想もしていなかったものを見つけてしまい、俺は咄嗟にそちらへと向かって飛び出した。
「坊ちゃん!?」
そんな俺の姿を見て近くにいた護衛達が声をかけてきたが、今の俺にはそんな声なんて何を言われようとも関係なかった。
「おい、どうした」
駆けつけた先には家と家の間にある薄暗い路地。
だが、路地そのものに用があるわけではなく、そこにいた人物——正確にはその場所にいた少年に用があった。
用があると言っても、何か話がある、してもらいたいといったものではなく、偶然見かけたからやって来ただけに過ぎない。
だが、ただ見かけただけならここまで来ることはなかった。無視して終わりか、あるいは軽く手をあげて終わりだっただろう。
それなのに俺がこんなところまでやって来たのは、この少年が倒れていたからだ。
この少年はおそらくだが孤児だろう。だから路上で寝ているのはおかしな事ではないし、表通りに近いところにいれば、寝ている自分を哀れんで何かくれる人がいるかもしれないのだから、目につきやすいところで倒れていること自体は不思議でもなんでもない。
だがそれも、ただ倒れているだけならば、の話だ。
この少年は、どういうわけか昨夜あった時と比べて随分と汚れた格好をしている。いや、汚れだけではない。服は破け、体には殴られたような痕ができている。
見た目だけ見れば、孤児が道端で死んでいるようにしか見えないような状態だ。
だが、そんな状態でもまだ少年は息をしており、それが確認できると俺は少しだけホッと息を吐き出した。
別にこの少年は俺の仲間ではない。確かに気に入ったとは思ったが、それでも助けるほどでもないはずだ。ここだけの関係で、俺たちが離れたらもう関わりなんてない存在。そのはずだった。
それでも、見て見ぬ振りはできなかった。
この少年は俺の仲間ではない——が、無関係でもない。
ここを離れれば終わる関係なんだったとしても、まだ俺は離れていないし、離れる前にこんな姿を見てしまったのだ。
気に入ったと思ったやつが目の届くところで死ぬのは……なんか嫌だった。
だから、生きていてホッとした。
「あ……貴族さま」
俺が駆け寄って声をかけたことで意識がはっきりとしたのか、少年は俺のことを見るなり小さく声を漏らし、痛むであろう体を必死に動かして体を起こした。
その手には昨夜渡した食べ物はなく、近くにもそれらしいものはない。あの量はたった一晩のうちに一人で食べ切ることができる量ではないし、この少年の状態から察するに、食料を無くすような何かがあったと見るべきだろう。
そして、その何かが何なのかと言ったら……
「……チッ。奪われたか」
「ごめん、なさい……」
つまりはそういうことだ。この少年が大量の食糧を持っているのを見られたのだろう。あるいは、仲間や知人に分けようとしたのかもしれない。
だが、そうして存在を知られた食糧は、分けられるのではなく奪われた。
「いや、あれはもうお前にやったもんだ。その後で奪われようが、それはお前のミスだ。俺には関係ない」
力がなければ奪われる。力がないのなら頭を使わなければ死んでいく。それが俺の中での常識だ。
だから、奪われたのはこいつが悪い。……そう。こいつが悪いんだ。




