夜中の侵入者
「単純な力で解決できない状況じゃあ、『勇者』も形なしか……」
俺としては別に皮肉を言ったり悪意を込めたつもりはなかったただの独り言だったんだが、そんな言葉が聞こえたんだろう。勇者に睨まれたが、知ったことじゃない。事実は事実なんだから。
そんな勇者の視線を無視して俺は再びカノンと言葉を交わし、今後の予定について話して行くのだった。
……まあ、勇者に何か言う資格なんてないよな。何もしてやらないって点では俺も変わらないんだから。
夜。
「ナーナー。起きてー」
あの後は特にこれといった問題が起こることもなく野営の準備が終わり、後は寝て明日を待つだけとなったのだが、どう言うわけかフローラに起こされた。
「……フローラ? どうしたんだ?」
「誰かきてるー」
「誰かって、誰だ?」
「んーとねー。ちっちゃいこー」
「ちっちゃいこ?」
フローラは幼い言動だが、頭の出来まで幼いかって言うとそうじゃない。だから状況判断を間違えることはないだろうし、そんなフローラが『小さい子』と言うのなら本当にそうなんだろう。
だが俺たちの仲間に、小さいと言われるような子供なんていない。
では誰だ、と言う話になるんだけど、もしかして……
「案内してくれ」
やってきたという人物にあたりをつけ、俺はフローラにそう言うと、その場所まで案内してもらうことにした。
「——誰だ?」
そうして案内された場所までたどり着いたわけだが、どうやらまだいたようだ。
俺が声をかけると、『ちっちゃい子』は驚いて体を跳ねさせ、近くにあった箱を倒した。
普通なら子供がぶつかった程度では倒れないはずだが、それでも箱が倒れたのはその中身が入っていなかったからだ。
「ひっ……。すみませんすみませんすみません! お、お腹がすいてたんですっ!」
ここは食糧を置いてある〝ことになっている〟馬車の中。
今しがたの言葉からわかるように、この者——少年は食べ物を求めにここにきたのだろう。
「……はあ」
予想はしていたが、この陣地の中に侵入してきたのは昼間に見かけたボロを着た少年だった。食べ物が欲しいと言って家々を回っていたが、結局何も手に入らなかったのだろう。だからこうして夜に忍び込んでまで食べ物を手に入れようとした。
そうして侵入した成果として、その手の中にはパンが存在していた。
だが、それは綺麗な状態ではなく、食べかけのように見える。
事実、こいつはここでパンやら果物やらを食べていたんだろう。
目的のものを手に入れたんだったらさっさと帰ればいいはずなのに、フローラに呼ばれてから俺がここにくるまでの間に逃げなかったのは、食べ物を目の前にして堪えることができなかったんだろうな。
ついでに、近くには持って帰るようなのか、いろんなものがボロ布に詰め込まれた状態で置かれている。……意外と大胆だな、こいつ。
しかしそうして食べている間に見つかってしまい、少年は持っていた食べかけのパンとボロで包んだ食料をこちらに差し出してきた。
それで許してもらえるとは思っていないだろうが、それでも差し出してきたのはまだ生き残れる可能性に賭けたのもあるだろうけど、それ以上に根が盗みやなんかの悪事に向いていないからだろう。
だって、盗みに罪悪感を感じないような奴だったら、バレた瞬間に逃げ出しているからな。それも、見つけたやつを突き飛ばすなり襲うなりして時間を稼いだ上での逃亡だ。
それは憶測や先入観なんじゃないか、と思うかもしれないが、違う。そんな想像だけの話ではなく、間違いないと断定できることだ。
だって、〝俺がそうだった〟から。
俺は、俺が盗みをしたのを見咎めた店員を突き飛ばして逃げ出した。
咄嗟の行動で誰かを傷つけることを選んでしまったとして、それは衝動的のことで普段はそんなことをしないんだとしても、だからこそそいつの本質が見えてくるってものだ。
盗みを見つけたやつに害を加えて逃げたんだったら、そいつはそういう人間だってこと。
だがこの少年はそうじゃなかった。見つかっても、逃げるでも誤魔化そうとするでもどうするべきか考えるでもなく、即座に謝ることができたこいつは悪い奴ではないと思う。ただ、状況が悪かっただけだ。
「いい。それくらい持ってけ。ついでに、こっちのも持ってって良い」
土下座をして頭を馬車の底板に擦り付けている少年に向かってそう言うと、俺は差し出されたボロを無視して馬車の中に乗り込み、偽装のために乗せていた荷物の中からまともな食料を幾つか見繕って近くにあった布に包んでやることにした。
「え……」
少年はそんな俺の態度を見て唖然とした声を漏らしたが、まあ普通はそうなるだろうな。何せ、盗んだやつと盗まれたやつだ。どう考えても喧嘩になるのが当たり前というものだ。
それなのに俺が許したことが不思議でたまらないんだろう。
「今の状況はお前が悪いわけじゃない。だから謝らなくていい」
「で、でも……パンを、ぬす……盗んで……」
罪悪感からか、自分が盗んだとはっきり言おうとする事で後悔が溢れてきたんだろう。その言葉は途切れ途切れで最後まで発することができていない。
そんな姿を見ても、それでも盗みは悪だ。ちゃんと処罰するべきだ、と言う阿呆もいるだろうが、それは平和な場所でなんの不安もなく暮らすことができる世間知らずの言葉だ。そう言うのなら、まずは自分が同じ体験をしてから言えよと言ってやりたい。
何日も何日も、何も食べることができず、ひたすらに体が死んでいく感覚。それを経験して尚、盗みはダメだと言えるのなら、その時はそいつの言葉を聞いて考えよう。
だがそうでないのなら、聞き入れる価値はない。
盗まれたのは俺だ。だから、この少年の処遇も俺が決める。
「ああ、そんなのは俺が暮らしてるところじゃ普通のことだ。毎日どっかしらで盗みだ殺しだなんてのが起きてるから、その程度でとやかくいうつもりなんてない。むしろ、ここまで忍び込めたことを褒めてやるよ」
これは割とマジで言ってる。俺たちは警備を敷いてた。確かにこんな村程度で何かが起こるわけがないだろ、なんて油断はあったかもしれない。それでも警戒はしてたんだ。それなのにこんなところまで入り込んでくるなんて、位階が高いとか低いじゃなくて、純粋に技量が高い。端的に言うと、才能がある。
俺たちみたいな、いかにも『お偉いさん』な集団に盗みに入るだなんて、並大抵の度胸ではない。何せ、昼間と違って見つかれば今度こそ死ぬことになるんだから。
食べなければ死んでしまうのだから、どうせならばやってやる。そう思ったのかもしれないが、だとしても怖いはずだ。そんな恐怖を押し殺してこんなところまでやってくることができたのは、並大抵のことではない。
才能と度胸がそろってるんだから、成長すれば成功することは決まってるようなもんだ。
将来的に盗みを仕事にするようになったら、どんなものでも盗むことができるようになるんじゃないか? なんて思えてしまう。
そんな天才を、こんなところで殺すのは、すごくもったいない気がした。
将来成長すれば俺の敵になるかもしれないと言うのはわかっている。何せここは聖国の領土内だからな。成り上がるんだったら聖国で、と考えるのが普通だろう。
だがそれでも、それはそれで構わないと思ったのだ。
「だから、これをやるよ。ここまで忍び込んだご褒美だ」
「……あ、ありがとうございます!」
俺が押し付けるように食べ物を渡してやると、少年は涙を流しながら何度も頭を下げ
「あんまり大きな声を出すな。昼間の怖い女に見つかったら庇いきれないぞ」
カノンに見つかれば、聖国内で起きたことですから、とかなんとか言われてこの少年を処理されることになるかもしれない。
せっかく見逃してやることにしたのに、それは残念すぎる。なので、あまり大きな声を出してほしくはない。
「もう行け。警備には見つからないようにな」
そう言って送り出してやると、少年は走り出していったのだが、途中で止まると再び頭を下げてきた。
それに片手をあげて反応してやると、少年は笑顔を浮かべて振り返り、今度こそ止まることなく走っていった。
……やっぱり、才能あるな。ちゃんと見ていたはずだし、気配も探っているのに、もうわからなくなった。
こんなにすぐに気配を感じ取れなくなったのは最近は植物達に頼りきりで、自前で気配を調べることが減ったからだろうな。だいぶ鈍っているみたいだ。
ただ、そんな鈍っている俺でもわかるものもある。
「——で? 『勇者』ってのは暗殺者だと思ってたんだが、実はストーカーだったのか?」
少年を見送ったあと、俺は近くにあった馬車の影に隠れていた勇者に向かって声をかけた。




