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姉王女:全てが燃えていく

 

「門は開いているのよね?」

「はい。まだ全てのカラカス国民を回収していないからでしょう。それが終わったらどうなるかわかりませんが、おそらくは閉まるものだと予想されます」

「なら、今のうちに進ませないとよね。警戒させつつ、全志願兵を盾として進ませ、主力の三分の二はその後ろを進ませなさい。残った主力部隊の三分の一は戦場の中程まで進んで待機。状況に変化があり次第応援として動く遊撃部隊とします」

「はっ」


 なぜカラカスの者達が、国民とはいえ他人のために危険を冒しているのかわからないけれど、門が開いている今のうちに攻略してしまうべきでしょう。


 当然ながら、これが罠の可能性もある。あえて門を開けることで私達を誘い、なんらかの策によって罠に嵌める。

 国民を助けているのも、門を開けるためのそれらしい理由として利用しているだけととることができる。むしろ、そう考えるのが妥当でしょう。


 けれど、罠があったとしても流石にアレだけの数……十五万もの兵を倒すことは難しいはず。

 精々が倒せても半分程度。しかもその一部はろくに役に立たない志願兵で、後ろからついていく主力は多く残せる。


 そうして兵がやられたとしても、門さえ奪ってしまえば後はこちらのもの。だからこそ、罠だとわかっていても進む価値がある。罠があるのなら、力ずくで越えてしまえばいいのだから。


 そのために、全兵力を持って敵を攻めるように指示を出した。この考えは間違いではないはず。


 そう考えていたのだけれど……


「ぎゃあああああっ!」


 突如として攻め込んでいた兵達から悲鳴が聞こえ、それまでは勢いよく進んでいたにもかかわらず、兵達は足を止めて立ち止まってしまった。

 けれど、それはただ足を止めただけではなかった。兵達は足を止めたのではなく、転んでいるように見える。


 なんで急にっ……


 街へと向かって進んでいた兵達が転んだ原因を探すべく視線を巡らせるけれど、何もわからなかった。

 そんな原因の代わりに、見たくないものが見えてしまった。

 それは、攻城戦を仕掛けるために壁についていた味方の兵が、あるいは空中に浮かんでいた兵が次々と落とされていく光景だった。


 でも、私にわかるのはそこまで。私は第十位階にたどり着いた選ばれた存在だけれど、その体の基礎は普通の人間と同じもの。位階が上がっていることで身体能力もそれなりに強化されているけれど、あれほど離れた場所の様子を詳細に見ることができるほどではない。

 そのため私は身体強化の魔法を自分にかけて進んでいった兵達へ、そして壁にたどり着き攻城戦を仕掛けていた兵達へと視線を向けた。


 強化された視界に映ったのは、体から植物を生やしてのたうちまわる味方の兵達の姿。進んでいた追加の兵達も街を攻めていた兵達も、皆体から植物を生やしてのたうち回っている。

 それは、まるで話に聞く寄生樹の苗床となったような……


「寄生樹!? さっきの炎で全部処理したんじゃなかったの!?」

「そ、そのはずですっ……! どうして……いえ、そもそもこれは本当に寄生樹なの……?」


 怒鳴るような私の問いに、けれどロナも困惑した様子でそう口にした。その言葉からするとどうにもおかしいところがある様子ね。


 そのことを理解してよくよく見てみれば、確かに寄生樹にしてはその見た目に違和感がある。低木のように育つと聞いていたけれど、見た目としては木よりも麦や何かに近いように見える。


 けれどこんなことが起こるなんて寄生樹以外にはあり得ない。見た目に関してはきっと、まだ育ちきっていないから違和感があるだけで、あれはまだ生長途中の姿なのだろうと自分を納得させる。


「チッ! 焼きなさい!」

「ですが、今回は二度目よりも多くの兵を投入しております。焼けばその被害も甚大なものに——」

「炙るだけでも死ぬのでしょう? ならやりなさい! このまま兵が全滅するよりはマシよ!」


 伝令の男が反論してくるけれど、私だって、今攻めている者達に火を放てば先ほどよりも数倍の被害になることは理解しているわ。


 確かに火を放てば寄生樹には対処できるかもしれないけれど、その代わりに今攻めている軍の装備はだめになるものが出てくるし、軽く炙るだけとはいえ全身に火を受けるのだから火傷もする。それは戦力低下につながり、主力部隊の全てがそうなってしまえばこの後の攻略にも影響が出てくる。

 でも、しょうがないでしょ? それしか方法がないのよ。このまま対処しなければ寄生樹のせいで死んで、それでおしまいよ。

 それはこの男もわかっているはず。それでもこうして逆らおうとするということは味方に火を放ちたくないだとかの迷いがあるのでしょうけれど、今はそんなものはいらない。


 問答している時間が惜しくて、私は目の前にいる伝令の男を強制的に言う事を聴かせるべく、本来は集団に向けるべきスキルをこの男だけに集中して使用した。


 私は、もしかしたら命令に従わない者がいるかもしれないと危惧し、もしそんなことがあっても火魔法師に命令を聞かせることができるようにと、ロナを伴って火魔法士達が集まっている場所へと移動した。


「炎を使って兵達の体を焼きなさい! この植物は熱を受ければすぐに死滅する! 軽く炙る程度で構わないわ! 火魔法師は全体に弱い熱波を放ちなさい!」


 そうして先ほどのように炎が大地を舐めていき、その進路上にいる味方の兵士の体も焼いていく。

 けれど、それはわずかな間のことで、炎はすぐに兵士たちの元から離れていき、兵士たちは体を焼かれはしたものの寄生樹による被害を消し去ることができるようになる。——はずだった。


「何してるの! やり過ぎよ! これじゃあ本当に死ぬわよ!?」


 本来なら少し通り過ぎるだけですぐに兵士たちの元からは炎が消えるはずだったのに、そして前回は実際にそうなったはずなのに。だというのに、なぜか今回は兵士達を焼いた炎はそのまま消えることなく変わらず兵士を焼き続けていた。


 このままじゃ私の駒が消えていくっ……!


 炎の中から聞こえる叫び声を聞いて、私は目を剥いて戦場を見つめた。

 そして、すぐにその異常を理解すると、炎の魔法を使った魔法師達を睨みつけ、怒鳴りつけた。そこには声だけではなく、すぐに魔法の使用を止めるように意思を乗せてスキルも使用した。けれど……


「ち、違います! 我々ではありません! もう我々は魔法を使っていません!」


 返ってきたのはそんな情けない動揺した声だけ。炎は変わらずに兵を焼き続けている。


「なら、どうしてまだ火が燃えてるの!」

「わかりません!」


 そんな炎が一際強く燃え盛ったかと思うと、徐々にその火は弱まっていった。

 どうやらこれで火が消える方向に向かっているみたいだけれど、それでももうそんなことは関係なかったわ。

 街を陥とすために進ませていった兵は寄生樹と炎で全滅していることでしょう。


 これでは連れてきた戦力のほとんどがなくなってしまったことになる。

 大規模な戦闘には範囲攻撃ができる魔法師が活躍する場面ではある。だから魔王で攻撃されることは想定していたけれど、これほどの軍をまとめて殺されることになるとは思ってもいなかった。何せ、普通ならそんなことができるはずがないもの。


 その事に歯噛みし、それでもここで逃げるということは出来ないために、どうにかしてあの街を攻略するべく考えなくてはならない。

 ひとまずやるべきことは、残っている戦力の確認よね。兵達の士気に関してはスキルを使えば強引に動かすことはできるから問題ない。


 けど、問題はそれ以外。


 さっきの炎で攻城戦の道具は壊れたし、今残っているのは少し離れたところに待機させていた主力部隊の三分の一程度。

 それに加えて輜重部隊として使っていた弱小国出身の兵。当然ながら、こちらはさっき進ませた主力とも言える南で力ある国の兵達より格が落ちる。

 装備は消えて戦力も落ちて数も減って……あまりにもここにきた時とは違いすぎる状況。


 まだ総数でいえば兵は十万も残っている。ただ、それは輜重兵やその他を混ぜた数であって、戦力としての実数は違う。

 今まだまともに戦えるのは、生き残った主力の五万だけ。

 それでも一つの街を落とすには十分すぎる戦力だと言えるのでしょうけれど、あいにくと相手はあのカラカス。半端な戦力では倒すことなんてできないでしょう。


 主力の六割。それだけの数をこうも短期間にやられれば普通の軍隊であれば撤退するのでしょうけれど、私にはそれが許されていない。


 出来ないわけではない。このまま下がればそれでおしまいなのだから。

 けれど、それをしてしまえばなんの成果もあげられないまま無意味に兵を使い潰したとして、私は責められることになるでしょう。

 そうなれば、スキルを使ってどうにかすることもできない。何せ私のスキルは、私の言葉が正しいと思い込ませることができなければ他者を支配下に置くことができないのだから。


 魔王を討伐に行ったのに、そのために兵を使い潰したのに、その結果魔王を倒せなかったどころか、姿を見ることすらできなかったとなれば、まず間違いなくスキルの影響下から外れてしまうでしょう。


 せめて何か一つ、小さなことで構わない。何か民衆を納得させられるような理由があればどうにか逃げ切ることもできるのに……。


 このまま耐えることができれば、こちらに呼んだ聖国とバストークがやってくる。

 予定では私達よりも三日遅れての到着になっているから、それまで持ち堪えればまだ勝機はある。

 なんでそんな時間を空けたのか、なんで揃うまで待たなかったのか、人に聞かせたらそう言われるでしょうけど、そんなの必要だからやったに決まってる。

 もしこれで私達が全員揃ってカラカスを攻めたのであれば、その後の権利の主張でどうしても対立することになる。

 けれど、先に戦って花園を落とすことができれば、それは三国が合同でカラカスを滅ぼしたとしても、私だけ功績が上になることができる。そうなれば、多少の利益は譲ったとしても、カラカスという場所そのものは手に入れることができるはず。

 だからこそ、私はわざと聖国達が遅れるように連絡を入れ、私達だけで先に戦を仕掛けた。


 けれど、それは失敗した。後は聖国とバストークが来るまでどう持ち堪えるかを考えなくてはならない。


 でも、この状況でどうやって?


 距離をとる?

 それでも離れすぎるわけにはいかない。でも離れなければカラカスの奴らは襲いかかってくるはず。


 分けてカラカスの街に攻め込ませた者達と合流する?

 そんなことをしたら、花園だけではなくカラカスの戦力まで相手にしなければならない。


 いえ、でも今更そんなことを言っている余裕なんて……。それに、どうせ今はこの場から離れるしかないわ。

 なら、距離をとって睨み合うにせよ、小競り合いを続けるにせよ、あるいは他に何か行うにせよ、早くこの場から離れましょう。


 状況をどうにか好転させるために、私は視線を下に落として俯きながら考え、ひとまずの行動を決めた。


「あ……かはっ——!」


 けれど、一旦落ち着こうと大きく息を吸ったところで、上手く息を吸えないことに気がついた。

 息だけじゃない。手足が動かしづらく、痺れのようなものさえある。これは……毒?


 いったいいつの間に……誰が、どうやって……? いえ、誰がなんてことはわかってる。あのカラカスの者どもに決まってるわ。どうやってかはわからないけれど、それだけは確か。


 ああ、呼吸がしづらい……それに、全身が痒い。痒くて、仕方がない……。


 どんな毒をいつどうやって盛られたのかはわからない。けれど、今はとにかくこの毒を治さないと。

 ロナ……ロナはどこ? 薬を持って……いえ、治癒師を連れてきなさい。ロナ……


 いくら辺りを見回してもロナはおらず、痒みと呼吸の苦しさはいつまで経っても治らない。

 それでも、常に保険として隠し持っている回復薬を飲めば呼吸もかゆみもマシになり、多少なりとも落ち着くことができた。


 ——でも、ことはそれで終わりではなかった。


 炎が完全に消える前、ふと意識を正面に戻すと視界に映る炎のその真ん中に、街へと続く一本の道ができていた。

 そして、その道を通ってこちらに近づいてくる者達。


 その者達は魔物に騎乗しており、ある程度までこちらに近づいてくるとその足を止めた。


「随分と数が減ったもんだが、それでもまだ多いな。まあでも、大体の主力は潰せたか?」


 そして、その集団の中から、まだ少年と言ってもいいような背丈の男が現れ、魔物から降りると、私のことを見つめながら、つまらなそうな様子を見せてそう呟いた。


「誰っ!?」


 その言葉が無性に私の苛立ちを掻き立て、相手が何者なのか、なぜここに来たのかなど考えることもなく私は反射的に問いかけてしまった。


 けれど、誰なのかなんて、聞くまでもなく分かりきっている。

 来た方向、かけられた言葉からするに、あれらは敵。花園と呼ばれる街からやってきた使者の類なのでしょう。


「初めまして……ではないな。まあ挨拶するような間柄でもないし、その辺はどうでもいいか」


 誰何する私の言葉に反応してなのか、敵のリーダーと思わしき男が私へと意識を向け、話しかけてきた。

 けれど、その言葉ぶりからすると私と面識があるというの? こんなところに住み着いているようなものが? この私と?


 気になる。この男は何者で、どこで私と出会っているのか。


 けれど、そんなことよりも……


「少し、話をしようか。王女様?」


 その態度が……敵の軍である私たちを前にして、たった数人程度の少数でしかにもかかわらず余裕を見せているその態度が気に入らない。

 私に対する敬いがない態度が気に入らない。

 私の邪魔をしたと言う事実が気に入らない。

 私の兵を消したくせにつまらなそうにしている態度が気に入らない。


 こいつの何もかもが、どうしようもなく気に入らない。


 まるで、私に喧嘩を売った生意気な愚妹を見ているかのようで——気に入らない。


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