魔王の次のお客さん
魔王を逃しはしたものの追い返すことができた後。それからは特に何があるってわけでもなく過ごしていたのだが、今日は少し違った。
「——さて、本日はお集まりいただきありがとう」
「なんだってそんな畏まった話し方してんだよ」
「ん、まあ集まってもらったし? それに、こういうのは慣れないんだよ」
今日は親父と婆さんとエドワルドの、この国の主要人物三人を集めての会議だ。
もう今更だしあまり緊張する必要なんてないのかもしれないけど、こう改めて『会議』となると少し緊張するもんだ。
「いい加減慣れろよそんくらいよお」
「うるせえ」
親父はいまだに王様としての振る舞いに慣れない俺のことを茶化してくるが、前々からの顔見知りの前で今になって態度を変えるって、少し恥ずかしい感じがしてしまうのだ。
「そんなことよりも、早く話を進めませんか? この話の結果次第では我々の行動も変わってくるでしょうし、その動き方次第では、出費も儲けも変わりますから。時は金なり。いい言葉ですよね」
そんな俺たちの様子を、どうでもよさそうな目で見ていたエドワルドに急かせれ、俺たちは話を進めることにした。
「じゃあまあ、早速本題に入るけど、事前に伝えた通り、南から来た軍隊についてだ」
魔王を倒したその日——今からおよそひと月ほど前のことなんだが、ちょうどその日に、南から軍隊が国境を越えてザヴィートに入ったという知らせを聞いた。
今回はそんな軍隊の動きに進展があったってことで話しあいをするべく俺たち四人が集まったのだった。
「前に大勢引き連れてザヴィートまでやってきた馬鹿どものことだね」
「ああ。あれから一ヶ月。あいつらの掲げてる本来の目的とはズレてまだあの国に留まってる」
南から来た軍隊は、とある目的を掲げて移動している。
だが、その目的を果たすためにはさっさと聖国へと移動するべきだ。にもかかわらず、奴らはいまだにザヴィートで彷徨いている。
「本来の目的ねぇ……。魔王討伐のために来た、ってことになってるけど、それにしちゃあ動きがおかしいもんだねぇ」
「まず間違いなく嘘でしょうね。いえ、嘘というか、建前ですね。一応そのために行動はするけれど、それ以外にも何かしているはずです」
婆さんが例の軍隊の動きについて疑念を口にし、それにエドワルドが乗っかるように頷いた。
「ちなみに、その『何か』ってのはそっちでは把握しているのか?」
金稼ぎ大好きなこいつなら、何かしらの情報は掴んでいるだろう。だって、金稼ぎに情報って一番大事なものだし。
一応俺の方でも掴んでるけど、先にこいつの話を聞いておきたい。
「そうですね。全てかどうかは分かりませんが、まあ多少なりとも。……ザヴィートの国内で少しおかしな動きがあるようです。表立って問題にはなっていませんが、ザヴィートの国民であるはずの者が、南の軍に志願兵として加入しているようです」
エドワルドが言ったように、今ザヴィートでは民衆が他国からやってきた軍隊に志願兵として参加しているのだが、これはどう考えてもおかしい。自国を守るために自国の軍に参加する。これだったらわかる。だが、今参加しているのはあくまでも『他国』の軍なのだ。
「加えて、その軍の数は二十万を超えるという、とてつも無い数なのですが、その割には消費している酒の量が少ないように感じます」
「酒? 一応軍隊での行動なんだろ? 仕事中なんだし酒は少なくて当然じゃないか?」
さっきの志願兵については俺も把握していたが、酒だと? そこまで気にしてなかったし、変な噂も聞けなかったからわからなかったが、何かおかしいのか? 普通は仕事中に酒なんて飲まないだろ?
「かーっ! わかってねえなあ。いくら軍隊で仕事って言っても、所詮は人間だ。どこかで息抜きさせねえと、だーれもついてこねえ。そのために酒と女は良い息抜きになるもんだ。それは軍人でも傭兵でも旅人でも変わらねえ。数人、数十人程度ならまあ規律を守ってなんの息抜きもなしに行動し続けられるかもしれねえが、『軍隊』とよべるほどの数になるとまず無理だ。想像してみろ。規則を守ることに命かけてるような真面目君がいたとしよう。酒をやらない。薬をやらない。女もやらない。暇があったら訓練か勉強をしてるような、そんなやつだ。そんなクソ真面目なやつを、数万を超える数も用意できるか?」
「無理だな」
「だろ? つまりはそういうこった」
俺自身があまり酒が好きじゃないし女を抱いたりもしないから、息抜きに酒だ女だ、って考えたりしないし、求めたりしない。だから普通より少なくてもおかしいとは思えなかったが、確かにそんな話は聞いたことがある。実際、この街にいる奴らを見てれば酒が息抜きになるんだと理解できなくもない。
で、その本来はたくさん消費するはずの酒の消費量が少ない、か。
「全員が真面目なんてありえないから息抜きが必要になるはずなのに、誰も娯楽を求めないってことか」
「ええ、そういうことです。仮に規則から外れたものを処罰するとしても、隠れて遊ぶものはいますし、それすらも処罰しようものなら、これほどまで規則正しくまとめることはできません」
まあ、規則規則ってだけじゃ、いつかは反発が起こるよな。ある程度ガス抜きさせないと集団での行動なんてやっていけない。
「そもそも志願兵の時点でおかしいけど、自由がないにもかかわらず、誰も文句を言わずについていく……。いやはや、明らかに『普通』じゃないねえ」
「そうですね。魔王討伐を掲げた軍ですし、魔王に恨みを抱えているものは大勢いるでしょう。ですが、全員が息抜きすら必要ないほどに憎悪しているのかと言ったらそんなことはありません。中には人生をかけて魔王を殺す覚悟をしているものもいるでしょう。そういった者たちは遊びがなくてもおかしくありません」
婆さんとエドワルドの言葉を聞き、改めて状況がおかしいことを頭に刻むと、一度深呼吸をしてから頷いた。
「まあわかった。で、結局は、なんかおかしくなってるからどうしましょう、ってことだろ?」
「簡単にいえばそうですね」
「ちなみに、何がどうおかしくなってるのかはわかるのか?」
「さて、そこまでは。ですが、それはそちらで掴んでいるのではありませんか?」
「まあな。でも一応、答え合わせというか、そっちではどう考えてるのかな、ってな」
エドワルドの言ったように、俺は例の軍隊が何をしようとしているのか、なんでおかしくなっているのかを知っている。
だが、それは裏技によるものだ。正攻法であればどうやって、どの程度情報を集めることができるのか知りたかったので、あえてエドワルド達に聞いたのだ。これでも王様だからな。いつまでも裏技に頼って普通を知らないままではやっていけないだろう。
まあ、裏技——植物達との会話を含めて俺の力なんだし、気にせず力を使って動けばいいと思わなくもないが、ここで聞くのも無駄にはならないだろ。
「はあ……。状況的に考えると、なんらかのスキルで操られていると考えるべきでしょうね。カルメナさんはどう思いますか?」
「おや、なんだってあたしに聞くんだい?」
「あなたほど誰かを操ることに長けた方もいないでしょうし、仮にいたとしてもこの場にはいませんので」
婆さんは……確か『娼婦』で《魅了》が使えるんだったな。確かに、第十位階だし、誰かを操ることに関して一番詳しいのは婆さんで間違いないだろう。
エドワルドの言葉で俺たち三人の視線が集まると、婆さんはめんどくさそうに息を吐いてから話し始めた。
「ふぅ……。ま、単なる《洗脳》やあたしの《魅了》みたいなのじゃあ、だめだろうね。あれは個人にかけるならそれなりに使えるけど、数万は難しいもんだよ」
まあ、だろうなって感じはする。だって、いくら操っても普通なら数十万なんて操れるはずがないもんな。俺だって答えを知っていなければ、操るだなんて何を馬鹿なことを、と思っただろう。それくらいおかしなことだ。
だが、そこでエドワルドが口を挟んだ。
「難しい、ということは、あなたならできるのではありませんか?」
「そうさねえ。やり方次第、と言ったところかね? 《魅了》は《洗脳》よりも扱い方が難しくって個人にかけるなら工夫が必要になるもんだけど、その代わり、複数にかけることができる。あれはただ単純に『操る』ってもんじゃなく、要は自分に意識を惹きつけて『動いてもらう』ってことだからね。だから、劇の主役でもやって人目を惹きつけてもおかしくない状況を作れば、まあ一万や二万程度なら動かせるだろうね。直接の接触がなければ効果が落ちるから、そんな強く魅了させることはできやしないけどね」
へえー。魅了ってそんなに動かせるのか。……まあ、アイドル的な? この世界にはテレビとかは無いし、情報の伝達も遅く、広まりづらいから劇なんかの舞台に見にきた者達くらいしか操れないのかもしれないな。
だが、これが日本とかだったらひどいことになっただろうな。
「で、答え合わせはできたかい?」
俺が魅了について感心していると、婆さんが声をかけてきたので頷き、答えることにした。
「ああ。敵の正体は元ザヴィート王国の第二王女だ。南に嫁がされたけど、スキルを使って軍を操り、ザヴィートに復讐しにきたらしい」




