姉王女の今と魔王の今
「——魔王が討たれた? どう言うことなの?」
勇者を聖国に送り出してからは道中にある領地、その権力者たちへとスキルをかけ、私の協力者として仕立て上げてきた。
それはいずれ来る戦のための準備であり、それ自体は順調に進んでいた。予定していた半分は終え、最低限のことはできたけれど、できることならばもっと『仲間』を増やしておきたい。
そう思っていた矢先、私の専属の使用人として活動しつつ、裏のまとめ役も行なっているロナから魔王が討伐されたことを聞かされた。
魔王討伐。それは普通ならば良かったと喜ぶべきことなのかもしれないけれど、今の私にとってはとても都合が悪い。
「魔王は聖国に向かい、聖国を襲っていたのは殿下もご存知のことでしょう。ですが、南で戦った時よりも弱く、回復力が落ちていたようでして、追いかけた勇者が聖国の軍に加わった後は、今までのように一晩経てば傷を回復させるといったこともなく討伐されたとのことです」
ロナから改めて報告を聞くけれど、その内容を聞いて私は舌打ちをして口元に手を当てて考え込む。
「……いずれは討伐されるだろうと思っていたけれど……早すぎるわね」
「はい。あの魔王が相手であれば、想定では最低でも後二月は稼げるものと考えていましたが……」
そう。私たちの想定では魔王は後二ヶ月は生きている予定だった。そして、二ヶ月というのはあくまでも最低ライン。うまくいけばそれ以上に生きているだろうと、そう考えていた。そのはずなのに魔王は倒された。勇者の手によって。
魔王が勇者に倒される。それ自体はおかしなことではないし、そうなるだろうとは思っていた。何せ、そのためにこの世界は勇者などという存在を異世界なんて不気味なところから喚び出しているのだもの。
勇者は魔王を倒すために特別な力が与えられるし、その成長率だって常人の何倍もの早さがある。
けれど、それを含めて考えてもあの『勇者』ではそんなに早く魔王を倒すことはできないと思っていたのに、とんだ誤算ね。
寄り道をしすぎたかしら?
……いえ、これは必要な事だった。ただ、予想外に早く魔王が倒されてしまっただけ。
とは言っても、倒されてしまった以上はどうしようもない。
誤算はあった。けれど、予定していた最低限はこなすことができた。
ここにくるまでの間、立ち寄った場所では私のスキルを使い、私の賛同者とならせた。これまでの成果があれば、王国を奪る際に役に立ってくれる事でしょう。
でも、まだこちらは本命の動きをしておらず、協力を取り付けた以上はここで引くこともできない。
「……カラカスに向かうわよ」
そう考えて、私はカラカスに向かうことを決めた。今からでも遅くはないでしょう。戦場での伝令の行き違いなどよくあることだもの。多少動きを止めるのが遅くなったとしても、おかしなことではない。
だからこそ、まだ私の『魔王討伐』という名分は使える。
あそこには、愚かにも『魔王』を名乗る馬鹿がいるわ。今私が率いてる軍勢は『魔王討伐』の名目で集め、動かしているからそれ以外には使えない。
いえ、使えないこともないけれど、全く違うことのために『扇動』するのは難しい。もしかしたら途中で意図しない行動を起こされる可能性がある。
けれど、偽物であっても自称であっても『魔王』がいるのならそれを倒すためならばちゃんと『扇動』されてくれる。それを見越しての、今回の魔王討伐軍。
『扇動者』は『扇動』される本人が納得できる理由がなければちゃんと動かすことができない。今回は『魔王を倒す』という私の言葉に納得したからこをついてくるのであって、それ以外の理由で動こうとすれば扇動が解ける可能性がある。
そうなれば私の言葉に疑いを持たれ、それ以降は扇動されづらくなってしまう。一人二人なら構わないけれど、それが行軍中に起これば千や二千では足りないくらいの離反者が出てしまう。
けれど、それだけならまだマシでしょう。もしその離反者たちが原因でこれまでスキルを使って味方に引き入れてきた領主や権力者たちがスキルの影響から抜け出したら、今回のことは無意味となり、私の計画が崩れてしまうことになる。それは避けなくてはならないわ。
だから無理をして手駒を無駄に消えさせるよりは、カラカスという拠点と、そこにいる戦力や財貨を確保して私のものとした方が得になる。
「できることならもっと駒を増やしておきたかったけれど、魔王が倒された以上、全く関係ないことのために滞在や進軍はできないわね。仕方ないけれど、今回の前座はここまで。あとは本番であるカラカスに移りましょう」
本当ならばもっと『仲間』を増やしておけたはずだけれど、それは仕方がないわ。でも、多少なりとも『仲間』を増やすことができたのだから、私の利である事に違いはないのだから良しとしましょう。
そう判断して、私は本来の目標であるカラカスへと——カラカスにいる『魔王』へと進路を変え、『魔王討伐』を継続することにした。
——◆◇◆◇——
我らは王だ。
生まれた瞬間に、そう理解できた。
王になるために生まれてきたのだと、自然と理解できたのだ。
本来、王とはただ一つの座。にもかかわらず〝我ら〟が王なのは、同時に生まれ、同時に育ってきた互いが互いの分身であるようなものだから。どちらもが我であり、我ではない。
故に、我らは王として仲間を率い、そして戦った。
仲間を率いて戦い、勢力を拡大している途中、何やらかなりの栄養を持った肉を手に入れることができ、それによって我が力は更に強くなった。
まだ欲しい。もっと欲しい。もっともっともっと——。
その栄養のある肉は、人間というそうだ。王としての力は持っているものの、まだまだ生まれてからさほど年月の経っていないために知らなかったが、どうやらその人間という肉は外の世界にはたくさんいるのだという。
我はその肉を——人間を喰らうため、喰らい、更なる力をつけるために外の世界へと向かうことにした。
外の世界。陸と呼ばれるそれは毒で満ちた危険地帯。
仲間の中には外の世界では生きられないものも多くいる。かくいう我らも、そう長い時間滞在し続けることはできない。どれほど耐えたとしても、精々が陽が二周する程度だろう。
だが、そんな毒の世界で生き抜くことができるほどの体を持つ生物なのだ。栄養を持っていることも頷ける。
そうして人間を求めて陸へと向かったのだが、初めこそはうまく人間を手に入れることができ、我らも我が仲間達も更に力をつけることができた。
しかしだ。しばらく人間を食べていると、より多くの人間がやってきた。
まさか餌が自分たちからやってくるとは思わなかったが、食べるものが増える分にはなんの問題もない。
そう思い、やってくるもの全てを迎撃し、喰らっていったのだが、それもしばらく続くと想定外のことが起こった。
今までは我らと仲間で食べ切れる程度の数しかやってこなかった人間達だが、食べきれぬほど……それこそ、腐って海を漂わせてしまうほどの数がやってきたのだ。
加えて、何やらそれまでの人間とは違う『勇者』などと呼ばれている強者が我を倒すために現れた。
勇者は強かった。だが、いかに毒の世界といえど、近くには我らの世界がある。負けることはない。
どちらかが勇者と戦い、その間もう片方の我らは休み、また次は別の我らが交代して陸に上がり戦う。
そうしていれば、多少の疲労を感じたとしても倒されることなく戦い続けることができた。
しかし、それは我らだけの話だ。我らが負けることはないが、仲間達はその数を徐々に減らしていった。
最終的には、我らの周りにいた仲間達はほとんどが殺され、勇者との戦いに横から手出しをされる事になってしまった。そのせいで我は勇者から攻撃をまともに受けてしまい、動かぬ山の如き硬さを誇った我が体に傷ができてしまった。
ここは一旦引くべきだ。
そう我らは判断し、機を伺っていると、敵の戦列に乱れができた。
ここだ!
そうして我は生き残った仲間を率いて我らが世界へと帰り、毒の世界——陸から距離をとった。
その後は勇者、及びあまりにも多くの人間を相手にするのはまずいと判断し、ひとまず我らは二手に分かれることとした。
我が半身は適度に人間を喰らい、力をつけつつ勇者の目を引くために活動した。
そして
我は休める場所を探し、傷を癒すこととした。
勇者につけられた傷は治っていない。普段であればもう治っていてもおかしくない程度の傷であり、その後に戦った強者達からつけられた傷はすでに治っている。
だが、勇者からの傷だけはまだ残ったままだ。
おそらくは、あの勇者と呼ばれている人間はそういった特別な力を持っているのだろう。
その傷を治すためにも、今は休むことが肝要だ。
と、そこで何やら心地良い流れがあることに気がついた。
心地良い流れ……我が体に宿る力の源と同質の力が込められた水がどこからか流れてきている。
その発生源に向かうことができれば、この傷も回復しよう。
そう思い、仲間は休ませたまま一人でその水の流れの大元に向かうことにした。
だが、そこでもまた勇者とは別の強者に出会い、傷を抉られ、より痛みを感じるようになってしまった。
口惜しい。勇者と戦っていなければあの程度の輩などたやすく倒せたであろうに……。
痛みを感じつつも、なんとか体を動かし、逃げる。
しかし、その場を離れようとしていると、先程の傷がひどく痛みだした。
これは、なんだというのだ?
痛む……だが、しばらくすると不意に何か懐かしさや安らぎのようなものを感じた。同時に、何かやらなければという気持ちになる。
その何かわからぬ意志のようなものに従い、細道のようなその場所を離れて我らが世界へと戻っていく。
そうして人のいる場所を離れようとしたが、だが、回復するためには人間を食べるべきだ。
しかし、陸から離れなければならないと感じてしまう。
人を食べるべきか、陸によらぬようにすべきか。
そう悩みながら陸と海の境をふらふら進んでいると、不意に我の中の何かがふっと消え去ったような感覚に襲われた。
何か……もっと言うのなら、我が半身の気配が感じ取れなくなった。
まさか……。
そう思い我らが世界へと戻っていくと、仲間達が我が元に現れ、そして——我が半身の死を告げた。
勇者に遭遇し、交代することもできずに戦って討たれたのだという。
それを聞いた瞬間、もう無理だと思ってしまった。
当然、半身を討たれた怒りはあった、嘆きも悔しさもあった。
だが、それ以上に全てがどうでも良くなってしまったと感じた。
今の我は傷を負っている。このまま戦ったところで、勇者には勝てないだろう。
それどころか、王として相応しくないと他のもの達が襲ってくるやもしれぬ。
それに勝てるかどうか怪しい上、勝ったところで、意味などない。
目的もなく戦い、生き残ったところで、意味などない。そんな腑抜けた状態で漂っていれば、いつかは死ぬだろう。
それでもいいかもしれない。もう、この生に意味などないのだから。
……。
……だが、せめて最後に、もう一度あの場所へ〝帰ろう〟。
傷を癒やし、まともに動けるようになる程度まで回復したら、あの安らぎを感じる力の元へ帰るのだ。
なぜだか、体の中が疼くのと同時に、そうするのが良いという想いが湧いた。




