深夜の騒ぎ
「いやー、いい人たちに会えてよかったなー」
ふう、吐息を吐き出してからその辺にあった箱に腰をかけてそう嘯いてみる。
が、まあそんなことは思っていない。……あ、いや、完全にいい人ではないと思っているわけでもないが、純粋な、それこそ聖人のような下心が何もないような『いい人』ではないだろうと思っている。
もっと言うのなら、何かしらの下心……いや、悪意があったからこそ俺たちをここに案内したのだろう。
「ヴェスナー様」
当然だがあれだけおかしな態度をしていたんだから気づかないわけもなく、ソフィアも何かあるとはわかっているようで、いつもよりも少し硬い声で俺の名を呼んできた。
「わかってるよ。……この村、まあ村なのかあの二人がなのか分からないけど、とにかくなんかおかしい」
村全体の雰囲気が暗いように感じたのも多分間違いではないのだろう。そしてその原因はあの二人のおかしな様子と関係があるんだと思う。
「あの男の方は、警戒心と罪悪感と悪意が混じってる感じだな」
「先程のマーサという女性——おそらくは奥様なのでしょうけれど、あまり歓迎している様子はありませんでしたね」
「でもそこに俺たちに対する嫌悪感やなんかはない。気がする」
俺たちを嫌っているわけではなかった。むしろ俺たちの身を案じているような、そんな感じがした。これでも悪意の坩堝のような街で暮らしてたんだ。他人の悪意を見抜く目には自信がある。
「はい。こちらの身を案じているような、そんな感じでした。私たちのことを案じた結果、出ていってほしい理由がある。と言うことでしょうか」
「聞くだけでもめんどくさそうな状況だな」
ソフィアも俺と同じように感じたようだが、マーサの気持ちがわかったところで何ができるわけでもなく、ただただめんどくさそうな状況だなと言うことがわかるくらいだ。
「有り得るとしたら、この村、もしくはこの家に何らかの危機が迫っている。それも短期的なものではなく長期的な何か」
「それでいくと考えられるのは自然的なものじゃないだろうな。魔物か人かわからないけど、一定以上知能のある奴がなんかしてるって考えた方がいいか?」
短期的な障害であればこんな雰囲気にはならない。一度きり、一瞬で終わるようなことならどこかに避難すればおしまいだからだ。容易く避難できるわけがない、と言われるかもしれないが、それならそれでこの空気はおかしい。逃げるか否か、逃げるならどう逃げるのかを考えて何かしらの行動をするべきだ
だと言うのに、この村では何かを対応しようとしているようには見えない。
と言うことは、だ。一度で終わらず、対策を取ることもできない状況だと考えられる。しかも様子からしてくるか来ないかわからない自然現象ではなく、確実にくることを理解している様子。
なら、そんな状況になるなんて何かしらの意思ある存在が手を出していることに他ならない。
「ですね。ただの魔物の襲撃であれば一度襲われておしまいです。危機感を抱くほどのことがあってなお村人達が残っていると言うことは、あえて残されている、ということです」
「ま、順当に考えれば賊か生贄だよな」
そう考えればスコットの罪悪感だとか悪意だとかの入り混じった感情も理解できる。俺たちを犠牲に助かろうとしてるけど、できることなら殺したくない、巻き込みたくないとかそんなんだろう。
さて、ここまで当たっているかはともかくとして予想ができたわけだが、俺たちはどう行動するべきかね?
──◆◇◆◇──
深夜。雨のせいで月の明かりすらまともにない夜中に、俺はギッと音を立てて玄関を開いた。
そして雨の中外に出ると、今日やってきた子供と女を案内した納屋へと向かって歩いていくが、その足取りは重い。当たり前だ。俺だってこれでいいなんて思ってないんだからな。
「——本当にこんなことをするんですか?」
だが、俺が納屋の前にたどり着いてその扉に手をかけようとしたそのとき、背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。その声はどこか俺を咎めるようで、事実咎めているんだろうとわかる。
だが、それでも俺は止まるつもりはない。やるしかないんだ。やらないと、今度は俺たちかもしれない。
俺だってやりたくはないさ。あんな子供をなんてな。だが……。
「静かにしろ。起きたらどうするんだ」
俺は振り返らないまま一度大きく息を吐き出すと、その手に持っていた鉈を確認するようにグッと力を入れて握りしめた。
雨音で多少の音なら隠してくれるだろうが、それでも人の声ってもんは意外と聞こえるものだ。それが聞こえたせいで起きたら台無しになっちまう。
「ですが……」
「くどい。俺たちが生き残るには、こうするしかないんだ」
そうだ。こうするしかない。こうするしか、俺たちが生き残る方法なんてないんだ。
「あの二人は金を持っているみたいだった。片方は明らかに使用人の服だ。多分どこかの金持ちの息子なんだろう。だから、そんな奴らを引き渡せば、きっとそれで満足してくれるはずだ。そうすればこの村から手を引いてくれる」
この村は賊に狙われている。それも、一度だけではなくて何度もだ。奴らは定期的にやってきて食料と金目のものを奪っていく。
だが、金目のものなんて最初に奪われてもう何も残ってない。それでも奴らはここにやってきて、金目のものがなければ、罰だと言って村人を一人殺し、女を寄越せと拐って行く。
抵抗もした。だが最初こそ多少殺すことができても、賊の数は俺たちの思っていた以上に多く、増援とともに遠くから弓を使われてしまえば何もすることができなかった。一方的に殺されておしまいだ。
逃げることも考えた。だが、どういうわけか、この村から逃げ出したとしても数日後には逃げた奴の首を持って賊がやってくる。そして言ってきたんだ。「逃げる奴はぶっ殺す」と。
だから俺たちは逃げることも争うこともできず、次に賊たちがこの村にやってくることを恐れながらただ家畜のように生かされてきた。
「……本当に、そんなうまくいくと思ってるんですか?」
「いくさ。……いってくれなくちゃ、後は俺たちが死ぬだけだ」
だが今回は違う。あの子供たちを差し出せばそれが金目のものとして数えられるはずだ。そうすれば村の誰も死なず、誰も拐われずに済む。
たとえそれが一時凌ぎにしかならなかったとしても。それでも待っていればいつか何かが変わるかもしれない。だから俺は、一日でも長く生き残るしかないんだ。
「ですが、無関係な人を……ましてやあんな子供じゃないですか」
「くどいぞ。俺は、無関係なガキが百人生きるより、お前に生きてほしい」
──◆◇◆◇──
「——なんて会話が外でされてるわけだけど、どうする?」
納屋の外から人の気配と悪意を感じたので目を覚ました俺は、パッシブスキルを使って周辺の植物から情報を集めたのだが、納屋の外ではスコットとマーサが真剣かつ思いつめた様子で話しながら甘い言葉を囁いていた。
そのこと——ああ、概要だけな。甘い言葉云々のあたりは言ってない。言っても意味ないし、なんか藪蛇というかなんというか……。
まあ外の会話でわかったことを伝えると、ソフィアは想定内だと言わんばかりに頷いた。
「やはり賊ですか。魔物に荒らされたにしては些か綺麗すぎる様子でしたから」
「だよな。魔物が襲ってきたんだとしたら、いくら知恵のある魔物だって言ってももっと派手に荒らされた形跡があるはずだもんな」
この村は雰囲気は暗いが、村自体はそれほど被害があるようには見えなかった。もちろん雨で視界が悪い中だから細かい傷なんかは見えなかったが、それは見えない程度の傷しか残らなかったということなのでどっちにしても魔物の襲撃ではないことを証明している。
「さてどうするか……」
正直なところ、不憫だとは思うが、どうでもいいとも思ってる。助けたいって気持ちがないわけでもないんだが、めんどくさいと言う気持ちもある。
俺が手を貸した場合、多分賊程度なら何の問題もなく潰すことができるだろう。
が、直接的な害を受けていないのに首を突っ込むのはどうなんだろうか、なんて思わなくもない。これで俺が賊と直接会っていて、気に入らない奴らだ、とでも思えば手を貸したんだろうが、現状俺はここを襲っている賊に会っていない。そんな状況だと、話を聞いただけで「じゃあ殺しましょう」とは考えられない。
力を持つものは周りに流されずに自分の意思で覚悟を持って力を振るうべきだと思う。だから、こんな曖昧な気持ちで手を貸すのは躊躇いがある。
「ソフィアはどうだ? 助けた方がいいと思うか?」
だから、俺はソフィアに聞いてみることにした。
ソフィアに意見を聞いたらそれは俺の意思ではないんじゃないか、と思うかもしれないが、それは違う。あくまでもソフィアの意見を聞いた上でそれを参考にし、最終的には俺が判断するんだ。
「どちらでもよろしいのではないかと。助けるメリットと言ったら特に有りませんし、進むのを優先するのであれば無視しても構わないのではありませんか?」
「そっか」
「ただ……」
「ん?」
「助けた方がかっこいいとは思います」
「……そっか」
かっこいい、ね……。そっか。なら仕方ないよな。
「まあ、あれだよな。金は払うつもりだとはいえ、急に押しかけて雨宿りさせてもらったわけだし少しくらい手を貸してやってもいいよな」
「はい」
俺の言葉にソフィアは微笑みながら頷き、俺もフッと笑みを返した。
「そうと決まったら話が聞きたいんだけど……お」
「うるさい。俺はやるんだっ。じゃないと……え?」
少し乱暴に開かれた扉の向こうにはスコットが見えるが、そのさらに奥にはマーサが見える。
さっきの話の流れからしてマーサがスコットを止めようと話していたんだろうが止めきれず、マーサの制止を振り切って強引に俺たちを捕まえようとしたんだろうな。
「あー、そっちの事情は何となくわかったし、協力するからできればおとなしくしておいて欲しいんだけど、どうだろうか?」
俺たちが起きているのが予想外だったのだろう。スコットは俺たちのことを見ながらポカンとした表情をしているが、マーサはそれよりも早く状況を理解したのかほっとしたような顔をしている。
「お、お前が止めるから起きたじゃないかっ」
が、そんな状態がいつまでも続くわけでもなく、スコットはハッと意識を戻すと振り返ってマーサを怒鳴りつけた。
しかし、そんなスコットに怯むことなく、マーサは首を横に振ってから口を開いた。
「いいのよ、これで」
「よくない! くそっ! こうなったらあっ!」
やけくそなんだろう。もうそれ以外に方法がないと思っているスコットは、強引であろうと俺たちを捕まえるべく持っていた鉈を構えて襲いかかってきた。
だが……
「大人しくしてください」
「なっ!?」
右手だけで上段に構えられた鉈は振り下ろされることなくソフィアに片手で受け止められ、スコットの首は鉈を止めたのとは逆の手で掴まれることとなった。
まあ殺すつもりがなかったのか覚悟がなかったのかは知らないけど、迷いがあったから今の振り下ろしは雑なものだったからな。その程度ならソフィアでも簡単に受け止められる。
「俺たちは話が聞きたいだけだ。状況次第では協力してやるから、大人しくしろ。わかったか?」
「な、にが、どうなって……」
襲い掛かろうとしていた相手に訳がわからないうちに攻撃を止められ、さらには首を掴まれている状況では混乱するのも無理はないだろうが、これ以上暴れるようなら加減はしない。
ついさっきまでは助けてやろうと思ったが、それは俺たちが何の害も受けていない状況の話だ。スコットたちの境遇は理解できるし同情もするが、それとこれとは別。襲ってきたのは事実なんだ。
殺そうとしたわけではないのかもしれないけど、それでも害そうとしたのは変わらない。そんな相手を生かし、話を聞き、助けてやろうとまだ思っているだけ寛大だと思う。
「返事は『はい』か『いいえ』でお願いします」
「ぐっ……」
「分かりました。全部話します。だから、その人を、どうか……」
「マーサ!」
マーサが話すと言ったことでスコットは叫びながら振り返ろうとしたが、ソフィアに首を掴まれている状態ではそんなことはできずにいる。
「待てっ! ……俺が……こんなんでも村長だ。俺が話す」
マーサが話そうと口を開いたのだが、彼女が何かを言う前にスコットが叫んだ。
俺としてはどっちが説明してくれるんでもどうでもいいんだけど、まあ本人が話すって言ってるんだから話してもらおうか。




