フランカとヘリオスの新婚生活 後編
◇ ◇ ◇
ウェーバー侯爵は王宮でお仕事、ガイア様も最近はその補佐をされることが多いらしく、朝からお二人で王宮に行かれることが多い。
同じようにヘリオスも王宮へお仕事に行き、ヘリオスの弟2人のうち17歳の三男アレスは王立学園へ、13歳の四男オリオンは家庭教師とともにお勉強。
私は自分の仕事を終えると、新聞をチェックしたり本を読んだりして過ごす。そして午後になるともう一仕事待っている。
「ただいま、フランカ義姉様。
―――って、何してるの? 手紙?」
学校が終わって帰ってきたアレスは、居間で作業する私の手元を覗き込む。
私の横ではオリオンが黙々と手紙の封を手伝ってくれている。
「何だと思います?」
「あ、わかった。あんまり書きたくない手紙だ」
「正解!」
そう、ヘリオスファンの女性たちからの贈り物へのお礼状だ。
私たちが結婚して、大半のファンの女性たちは諦めたようなのだけど…………中には、懲りないというか何を狙っているのか、引き続きヘリオス宛に、いろんなプレゼントを送ってくる人がいる。
もちろん下心は感じるのだけど、言葉でアプローチしているわけではないし、貴族同士の関係もあるので無下にもできない。
というわけで、ヘリオスと相談して、そういった贈り物に対しては、私の名前でお礼状を書くようにしている。
「そんなの、本人に書かせればいいのに」
「あの人たち、ヘリオスの筆跡で返事が来たら味をしめちゃうじゃないですか。だから私が書いてるんです」
「それもそうか」
そう、妻からお礼状が届く、というのがポイントだ。
つまり『夫はあなたのこと何とも思っていませんよ』という明確なメッセージになる。
ヘリオスが素敵なのはわかるけど、みんな早く諦めてほしいなぁ。
「あ、アレスにも女性から贈り物来ているので、その分は自分で返事書いてくださいね」
と私が言うと、ずい、とオリオンが無言で便箋とインクをアレスに差し出した。
「うへぇ面倒」と、アレスは顔をしかめて見せながらそれらを受け取る。
普段女の子に優しく(外面が良く)、それでいて軽い態度でアプローチをかわしているアレスは、ヘリオスに負けないぐらいモテる。
だけど裏では結構女の子に辛辣だ。
「欲しくもないものを、もらっても嬉しくない人からもらってもね。
こちらが欲しいものもわからないだろうに一方的に贈ってくるのって、何なんだろ?」
アレスはプレゼントの中身を確認しながらため息をつく。
「まぁ、好きな人には何かあげたくなるんじゃないかしら」
「それが花とか宝石とか、わかりやすい贈り物で喜んでくれる相手ならいいけどさぁ」
「うーん……そう、ですね」
私は答えに困ってしまった。
アレスは、好きな相手に贈るものにずっと悩んでいる。
自分のファンの女の子に対してアレスが投げやりな態度なのは、彼も彼で、10年来の片想い中だからなのだ。
相手は年上で、貴族令嬢だけど結婚願望のかけらも見せず、ただいま長兄の補佐官として内政に外交に活躍している。
――――つまり私の義姉、カサンドラ様だ。
「だいたいクロノス兄様、仕事にかこつけてカシィのこと独り占めして、ズルいよね。
僕の方がずっと前からカシィのこと好きだったのに」
「それはお二人とも、真面目に仕事されているだけでは?」と私が言うと、オリオンがコクコクうなずいた。
「いやー。絶対ズルいと思う……義姉様、お礼状どんな風に書いてる?」
「わりと普通に書いてるけど……見ますか?」
書き終えてまだ封をしていない手紙を手に取って広げた。
するとアレスが近づいてきて、私の肩越しに手元を覗き込んだ。
「うわぁ。すごく丁寧に書いてるんだ」
「文面は一応きっちりした感じに、隙なくまとめてます」
「へぇ。まぁ僕はあんまり丁寧に書くと期待させそうだから、わかりやすく手を抜こうかな」
「……ほんと、アレスがなんでモテるのか納得いかないです」
苦笑いをした、その時。
「――――――おまえら近すぎ」私の左右にいたアレスとオリオンが、私の背後から延びてきた長い腕にぐいっと押しのけられた。
と、おもったら「!?」今度は私の身体が椅子から抱き上げられてフワッと浮く。
「え、ちょっ……ヘリオス!?
どうしたんで……どうしたの? こんなに早く」
私を抱き上げながら、綺麗な顔にちょっとむっとした表情を浮かべているヘリオス。
王宮からの帰りだから、きっちりとした礼装と髪型。前髪を上げていても素敵。
「出かけようぜ」
「え?」
「初めて会った時に行ったカフェ。
この前、ケーキやタルトが五種類も増えたらしい」
「ほんとですか!! それは行きたいで…行きたいわ」
思わず明るい声で答えると、ちょっと表情を緩め、ヘリオスは私を下ろしてくれた。
ケーキ五種類は食べられないと思うけど、あのカフェにはぜひ行きたい。思い出のお店だもの。
「え、カフェ行くの? 僕も行きたい!!」
で、そこでアレスが口を挟んだ。……と思ったら、アレスの腕を、オリオンがむんずと掴む。
「え、なに? ……って、動かないっ!!」
「―――ダメ。邪魔しない」
「ちょっ、オリオン!? 僕もケーキ食べたいんだけどぉっ!!」
「二人、いってらっしゃい」
「え、まっ、待ってってばぁっっ」
最年少で小柄だけど力持ちなオリオンは、そのままアレスの腕をがっちりと抱え込んで、ズズズズズッ……と引きずっていった。「せめて、おみやげぇぇっ」というアレスの声が哀れに響いて残る。つい、私は吹き出した。
ふいに朝の会話を思い出す。
「もしかして、私と一緒に出かけようと思って早く帰ってきてくれたの?」
と言うと、目をそらしながらヘリオスは「外ぐらいしか、二人きりになれねぇだろ」とぽそりと言う。
うわああああああああああっっ―――と叫びたい――――なんですかこの人、めちゃくちゃ可愛いんですけど!?
いとおしすぎて、鼻血出るかと思った。
好き。最高。結婚して。あ、してた。
ヘリオスは私の肩をぐっと抱き寄せた。ドキッとする。
あれ? なんか今日は積極的? 珍しい。
というか、まだちょっと何か言いたい?
ふにゅ、と、ヘリオスの指が私の頬をつまむ。
この上なく綺麗なその顔は、どこか不満そうだ。
「今日は奇跡的に早く帰れると思って、めちゃくちゃ死ぬ気でがんばって終わらせたのに。
帰ったらなんでアレスたちと笑ってんだよ」
「え? だってアレスってカサンドラ様しか」
眼中にないしそもそも私はヘリオスしか……、と言いかけた私の顔が上に向いた。
ヘリオスの手で、私の頭が包まれている。そして彼は、深く、長い時間をかけて口づけた。
(………!?………)
逃げようのない甘いキスに体の力が抜けて、思わず彼の身体にしがみつく。
ふわっと、唇が離れた。
「――――わかってる。ごめんな」
耳元で囁かれる低い声。
出かけよう、と促すヘリオスにすぐに反応できないほど、私は頭がぽーっとなってしまった。
【おわり】