おまけ(4) 【ガイア視点・18歳】
◇ ◇ ◇
――――それから約1年後。
「公妾を辞するとは…………どういうことだ!!」
声を荒らげる国王陛下。
まだクロノスを産んで間もなく、回復しきっていない身体の私には、その大声はきつかった。
けれど、負けずににらみ返した。
「わたくしは、陛下の御子を産むという大任を果たしました。
これから先、その御子を大切にお守りし育てるという大任が待っております。その身に、さらなる閨の務めは重うございます。
どうかお許しをいただきたく」
「そ、そなたの手で育てるわけではなかろう!?」
「わたくし1人ではございませんが、わたくしが中心になり育てます。
ウェーバー侯爵家ではすでに、万全の態勢を整えております」
「ならば、良いではないか!
私がどれだけそなたのために金を使ったと思っておるのだ」
「すべては御子を成すためでございましょう?
わたくしのみならず、王妃陛下も先日ご懐妊され、このたびは経過も大変順調とうかがっております。
国庫のお金をかけていただいた元は十分にとれてらっしゃると存じます。
むしろ、これから先にクロノス様の御身に何かございましたら、それこそすべてが無駄になってしまいますわ」
うぐ、と、国王陛下は御言葉に詰まられた。
そうでしょう。あなた様がおつかいになった口実がそのまま、あなた様に跳ね返ってきたのですから。
そして国庫のお金はあなた様のお金ではないでしょう?
1年前、国王陛下は、国のため、子を成すためにという理由で私の身を我が物にした。
1年後のいま、私は、まったく同じ理由を振りかざし、国王陛下に“別れ”を突きつけている。
「……また、この1年のお手当ですが手をつけておりませんので、いつでもお返しできます」
「なんだと!?」
「それだけの支度金を持たせてくれた祖父に感謝をしております」
わなわなと、唇を震わせる国王陛下。
私が公妾を辞めると言い出すなど、予想外だったのだろうか。
そんなに自分が被害者みたいなお顔をしないでほしい。
「何が不満なのだ……。
宝石でもドレスでも、あるいは望めば美術品だろうが城だろうが、なんでも与えてやろうというのに!!」
「いただく理由はありません」
「そうか、愛人の地位が不満か!!
今は公妾であっても、王妃が亡くなれば、次は必ずそなたに」
「わたくし、もう夫がおりますわ」
ハッと息を飲む国王陛下。
まさか、私がケイオスのことを夫だと思っていないとでもお考えだったのですか?
「どうしたら……どうしたらいい?
私は、そなたを愛しているのだ。
どうしたら私のものでいてくれる?」
答えの代わりに、私は深くため息をついた。
少し考えればおわかりでしょう?
そういうことをおっしゃっていいのは、お互い独身の時だけですよ。
「お話はそれまでですわね。
それでは失礼いたします」
礼をし、踵を返した私に、国王陛下が、「何が望みなのだ!?」と叫んだ。
「そなたは何を望んでおるのだ。
何を血迷って、王の寵愛という、女にとって最高の栄誉であろうものを手放すのだ。
それを引き換えに手に入るものなど、いったい何が」
「わたくしの望みでございますか?」
聞いてなんの意味があるだろう。
国王陛下には絶対に与えられないものなのに。
「自分と大切な人たちが、平穏に長生きすることです」
「…………は?」
「それでは、失礼いたしますわ」
振り返らず足早に退出していく。
後ろで、国王陛下の慟哭の声がうっすらと聴こえた。
◇ ◇ ◇
王宮を出る支度はもう終わっている。荷物を持ち、クロノスを抱く侍女たち。
「あ、ごめんなさい。
クロノスは、私に抱かせてもらえるかしら?」
「え!? え、ええ。はい」
侍女の手から私の腕の中へ。
きょとんとした目で私を見上げるクロノス。
つぶらな瞳はアイスブルー。産まれたときすでにうっすらと生えていた髪は、銀髪だった。いまの時点でわかる。相当私に似ている。
憎い男の子種で産まれた子を愛せるかだけは不安だった。
だけど、クロノスには、日に日に愛おしさがこみあげてくる。
「それじゃあ、行きましょうか」
私たちが部屋を出て、長い廊下を歩き出すと…………向こうから走ってくる人がいた。
「ケイオス?」
私の夫は、息を切らして、私の前に走ってきた。
「迎えに来ました。国王陛下は?」
「大丈夫。ありがとう」
ケイオスが私に手を差し出す。
「?」
「クロノスを」
「え? でも」
「貴女の産んだ子は、私の子ですから」
「……………………」
それは、書類上はそうなるだろう。
王妃陛下のお子が無事産まれてお育ちになれば、そちらが王太子になるはず。
そうなれば、クロノスは、ウェーバー侯爵家を継ぐことになる。
だけど、男性の感情としてはどうなるのだろう。
「もう一度言います。
貴女の産んだ子は、私の子です」
言われて、おずおずとクロノスを手渡す。
クロノスは男の人を見慣れないのだけど、物珍しそうにケイオスを見上げている。
ほっ、と、ケイオスは微笑んだ。
「生きてる…………」
「そこ!?」
「心配だったので、あれからずっと国王陛下に意見書を出しつづけて、しまいに父に怒られたところです。
こどもが元気に生きてること自体、奇跡みたいなものですよ。
良かった……産まれてきてくれてありがとうございます、クロノス」
「……………………」
ちょっと言ってることがわからない。けど、笑ってしまった。
私は、後ろの侍女たちを振り返って「先に行って。少し2人にしてくれる?」と声をかけた。
侍女たちは一礼して、足早に前へと出て歩き出す。
夫と2人になったのを見計らい、声をかける。
「人より大変なことが多いと思うけど、私と結婚してくれてありがとう」
「…………こちらこそ」
「返ってこないものもあるけれど、これからいままでの分、あなたの妻としてがんばるわ、だから」
「ガイア」
「なぁに?」
「愛しています」
不意に言われた言葉。不覚にも、キュンときてしまった。
そうね。そろそろ自覚しましょう。私も自分の感情を。
「愛しているわ、私も」
クロノスを抱くケイオスの肩に、私はそっとくちづけた。
【おまけ 終わり】




