おまけ(2) 【ガイア視点・17歳】
◇ ◇ ◇
「…………お願いいたします!!
王宮で煙草を吸われる際は、どうか、吸わない方に煙を浴びせるようなところで吸わないでいただきたいのです。
気管の病をお持ちの方のためにも……!!」
「わたくしがどこで吸おうが勝手ですわ。そんな病の者こそ、自分の邸に引きこもって、王宮になど出てこなければ良いのです」
夜の王宮。うっすらと何者かが言い争うような声が聞こえて、気になって私はそっと廊下に出た。
長い廊下の先。
王妃陛下が侍女もつけず長椅子に腰掛け、パイプで煙草を吸っている。
遠くだから煙はまだこちらにこないけれど……。
その王妃様の前に立ち、彼女を説得しようとしている男性がいた。
「以前お吸いにならなかったのに最近吸い始められたというのは、おおかた誰かにそそのかされたのでしょう。
ガイア嬢は気管の病、王宮を煙草の煙で満たせば逃げ出すにちがいない、とでも」
「…………ぶ、無礼な!?
爵位も持たぬ身分で何を言うのです!!」
私も驚いた。
王妃様を相手にずいぶんと不敬なことを言っているのは、ウェーバー侯爵家の嫡男ケイオスだ。
2つ年上の彼は、私がこどものころに咳の発作で苦しんでいたら、ずっとそばについていてくれた。
おとなしく優しい人、という印象しかなかったのだけど、いまはずいぶん強い口調で話している。
「近年、気管の病を持つこどもたちが増えました。いえ、今までもいたのでしょうが存在が知られるようになってきたのです。王宮に来る貴族の子女にもいるはず。
それに煙草は女性のお身体にもよろしくないのです。
飲酒と同様、身ごもっているお子にも良くない影響があると」
「吸っているとまた子が流れると、そう言いたいのですか!?」
「ありえます」
王妃様は立ち上がりながらパイプを放り投げ、ケイオスの頬に思い切り平手打ちを入れた。
痛そうな顔をするケイオス。喧嘩はまるでダメだったものね。
「わたくしがッ……!
わたくしがどんな思いで……!!」
王妃様はつかみかかる。
―――そのとき私は知らなかったのだけど、王妃様には、男の子を産めという過度な圧力がかかっていた。
また、年上の高位貴族のご夫人方からのいじめもあったり、それにご妊娠されたときにも引き続き変わらない激務を強いられたりして、心身ともに、とても追い込まれていたのだ。
その王妃様の頭に、ケイオスは手を置いた。
(なに?)
「忘れろ」
フワッと王妃様の頭を光が包む。
どれぐらいの長さだっただろう…………やがて王妃様は、長椅子に倒れこむように座り、気を失った。
思わず私は駆け寄って…………まだ残っていた煙草の煙に、咳き込んだ。
「ガ……ガイア?」
ようやく私の存在に気づいたらしいケイオスが、びっくりしたような声をあげた。
「いま、……ゴホッゴホン!ケホッ!! 何をやっ……ゴホッ」
「ガイア、だいじょうぶですか!?
場所を……ここから移動しましょう!!」
◇ ◇ ◇
「記憶操作魔法……?
それで、貴族たちに煙草のことを忘れさせていたの?」
こく、と神妙な顔でうなずくケイオス。
「こどものころ、ガイアが本当に苦しそうでしたから……気になって、煙草の煙や香水や、化粧の成分などの身体への害を、ずっと調べていたのです。
科学者を広く集め、出資して、研究を続けてもらいました。
すると、煙草の煙は、気管や肺をいためるのみならず、流産のリスクを上げること、いま王宮で広く使われている白粉の鉛は赤子の身体に有害であること、それ以外にも、王宮のなかに健康被害につながるものがたくさんあることがわかりました。
――――そんななか、貴女が公妾になるという話を耳にし…………。
このままの王宮では、王妃様のお身体にも貴女のお身体にもよくない、将来産まれてくる御子の身体にも…………そのような意見提案書を国王陛下にも提出したのですが、陛下は一顧だにしてくださらず……」
「それで、王宮にいる貴族から直接、煙草そのものの記憶を奪ったと……もっといいやり方はなかったのかしら」
「他の方法も考えたのですが、貴女が正式に公妾になるまでに間に合わないと思いました」
「……確かにそうね。
ごめんなさい」
以前のような、そこかしこで遠慮なく貴族の男女が煙草をふかしているような王宮だったら、私は今回こうして平気ではいられなかっただろう。
「一応…………今回の王妃様のように、誰もが通る場所で吸っていて、説得に応じてくれなかった方の記憶しか消しておりません。
また、どうも私の魔法が未熟なのか、記憶を消してもまたしばらくしたら思い出してしまうようですが、煙草というのは、少し間が空くと身体があまり欲しなくなるようですね」
「王妃様の頭からも、煙草のことを消したの?」
「ええ。それと少しストレスの原因になる記憶を。
少なくとも一人の人間として、王妃様はもっと良い環境を与えられるべきだと思います。
それに王妃様がひどい環境におかれていれば、貴女はさらにひどい環境におかれてしまいます」
ケイオスの言葉が、じんと響いた。
男の人は私の容姿を褒め称えはするけれど、私の身体のことを気遣ってくれる男性が、家族以外にいただろうか?
「…………それでも、勝手に人から記憶を消すというのは正しくないと思うの」
少し迷ったが、私の結論はこうだった。
「あなたがいつか罰せられるかもしれないし、記憶を消すのはこれで最後にして。
分煙と、有害な化粧品の規制については、私から国王陛下にお願いをしてみるわ。
臣下からの上奏では駄目でも、愛人からのおねだりであれば、快く聞くものかもしれないから」
愛人からの、と言ったとき、ピクリとケイオスの眉が動いた。
さすがに、幼い頃からの知り合いが、誰かの愛人になるというのは、彼にとっても思うところあるのかもしれない。
ほかに選択肢はないのだけど。
もしも私が先に誰かと婚約していたら――――違う未来があったのかしら。
ごほん、と咳払いして、ケイオスは続けた。
「……それと是非、規則正しい睡眠時間の確保、毒殺のおそれのない栄養バランスの良い食事、夜会などへの出席の義務の免除を」
「ずいぶん、わがままな女を演じなければいけないかも」
フフッと、私は笑った。
家族以外に味方がいる。そのことが単純に嬉しかった。
◇ ◇ ◇
つづく




