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6/66

◇6◇ 全身全霊で否定させてください!!

   ◇ ◇ ◇



 ヘリオス、と名乗ったその男性は、街中にあるカフェサロンに私を連れて行ってくれた。


 品が良い装飾の店の中、ゆったりと作られた席。ゆるやかに奏でられる甘く優しい音楽。

 いま、私の目の前には、綺麗なカップに入ったホットチョコレートがある。


 上流階級の女の子たちの間で最近大人気で、だけど自分は一度も飲んだことがなかったこの飲み物に、私はずっと憧れていた。

 家の教育方針で、こういった楽しい場所には連れてきてはもらえなかったのだ。

 もちろん、一人での外出も許されていなかった。


 だから、いつもの私だったら、憧れの飲み物を目の前にして、ものすごく喜んだだろう。



 そのカップの向こうに、外套を脱いで、すました顔で珈琲(コーヒー)という黒い液体を飲んでいる、生ける芸術品さえいなければ。



(確かに、ヘリオスが外でフードを被っているのは正解かもしれないわ。

 この顔面、向かい合ってるだけで視覚的に緊張する……。

 ……ところで、殿方と二人でカフェに入るというのは淑女として良いのかしら? ふしだらなことなのかしら? 二人きり、ではないけれど…)



「飲まないのか?」


「!! い、いただきます!!」



 私は思考を振り切って、あわててカップを手に取った。

 せっかくだ。こんな機会はもう来ないかもしれない。

 ずっと憧れていた飲み物なのだから。いただかねば。



(向かいに座っている美形を意識しないで……。

 いえ、彫像よ。ものすごい名人が作った国宝とかよ。

 すごい芸術品の彫像を間近で見ながらチョコレートをいただいていると思えば、お得よ、きっと)



 そういうくだらないことを考えながら、唇の中に、とろりとした液体を流し込む。



「……美味しい!」



 一口で叫んだ。なんだこの飲み物は。

 続けて口に含む。

 ほろ苦みと甘みの絶妙な組み合わせ。

 やっぱり美味しい。

 減っていくのがすでに惜しい。



「……こんなに美味しい飲み物がこの世の中にあるんですね。

 香りもいい……。

 いま味覚と嗅覚がとんでもなく幸せです」



 美味しすぎて、しゃべりが完全に素に戻っている。


 美味しいと思って何かを食べたり飲んだりしたのって、どれぐらいぶりかしら。

 少なくともあの夜会からは、ろくにものの味もわからなかった。


 あっという間になくなってしまう。

 昨日の晩から何も食べていなかったお腹が、抗議するようにきゅるると鳴る。恥ずかしさのあまりうなだれている間に、ヘリオスがホットチョコレートと軽食を追加注文した。



「で、貴女(あなた)の名前は?」


「……って、遠慮も何もないですね!」



 思わず言い返してしまった。

 いや、見た目が美しすぎて私が勝手にドキドキしてしまうだけで、この人、中身はわりと普通そうだわ。

 私もそんなに気負って会話しなくてもいいのかもしれない。

 ただ、しゃべり方は荒いのに、私を『貴女(あなた)』と呼ぶのは少し好印象だった。



「フランカです。

 フランカ・ボスウェリア」


「やっぱりか。この間から、大変だったな」


「…………この間の夜会のこと、私の噂も、ヘリオスは聞いてるんですか?

 私、社交界を追放されていて……」



 さっきの様子から見ると、ヘリオスはライオット伯爵と知り合いらしかった。


 ということはヘリオスも、やっぱり貴族なの?


 顔を隠すためにあつらえたような変な外套(がいとう)を羽織っているけど、確かに身なりは良い。

 だけど、彼のしゃべり方は全然貴族のものには聞こえない。ものすごくガラが悪すぎる。



(でも私、ヘリオスを社交界でお見かけしたことないわ。

 こんな綺麗な人、一度見かけたら絶対忘れない………。

 あとつぎの長男じゃないから出席しなかったとか……そういうのあるのかしら?)



 ()()がさっきのような態度を取るということは、それよりも格下の、子爵家か男爵家だろうか?

 貴族の家の人間だったら、社交界で起きたことは瞬く間に知るのだろう。


 ちょっと暗い気持ちになった私に、ヘリオスが言葉を続ける。



「まぁ人には誰しも間違いがあるのに、たった一度の失敗で締め出すのは、俺は好きじゃねぇけどな。

 いくら貴族令嬢だって、人を好きにもなるだろうし、一時の気の迷いを起こすことも―――」


「…………」



 私はすごく悪い予感がして、カップを置いた。



「ヘリオスは、どんな風に私のことを聞いているんですか?」


「え? メイス侯爵夫人の夜会で、ボスウェリア家の娘が、ライオット伯爵と抜けだして二人きりで会っていたところを、来客たちに見られた、と……」


「嘘!!!!! 嘘です!!!!! それ!!!!!」


「嘘??」



 ここでもか!

 メイス侯爵夫人、外部の人にもそういうふうに吹聴したんだ!

 酷い!!



「わたし!!!!! あの人と!!!!! ふたりに!!!!! させられたんです!!!!!」



 淑女が出してはいけないレベルの声をうっかり出してしまい、数秒後、すごい人目を集めていることに気が付いて私はうつむいた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 下劣な夫婦も、娘を守ろうともしないでただ罵倒するだけのクズ家族もクソと小便を漏らしながら首括られせてしまえ こんなはずじゃなかったって世間を呪いながら惨めな死を迎えさせるべき
2021/05/25 12:03 退会済み
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