◇58◇ 私も結婚したいです。
「…………あの?」
ヘリオスの腕のなかにいる。
抱きしめられている。
頭がついていかずに、すごく間抜けな声をあげてしまった。
「――――だから、好きだっつってる。鈍感か?」
「私、私は……」
じわじわと、さっき言われたヘリオスの言葉がよみがえって、手が震えてきた。
好きな相手に言われるには衝撃が大きすぎる。一瞬そこだけ記憶喪失になりそうだった。
「――――フォルクス家には俺から相談した。どうしても、貴女と結婚したかったんだ」
「なんで、私、なんですか……」
「好きだから、としか。
断片的な理由なら、たくさん並べられるけどさ。
貴女が、最初に会った時からどんなに面白い女性で、どんなに俺にとって心をあっためる存在で……どんなに綺麗で、惹きつけられる女性か。
貴女を知って好きになったらもう、貴女以外の人と結婚する未来なんか想像したくもない」
ぎゅ、と、私を抱きしめる手に力が入る。
「会えない間も会いたかった。フランカの声を思い出した。もっと早く出会ってたら助けられたのかなって、すげぇ悔しかった。知らない間に自分の考える全部に貴女が入り込んでた」
耳のそばで語る声。上質の楽器のように、私の身体をその美しい音で染める。腰から下が、力が抜けていく。
「だから俺は、フランカと結婚したい」
うっかり『私も結婚したいです!』と言いそうになるところをギリギリ踏ん張った。
うん、私も、いつか結婚相手の候補の1人に考えてくれたらいいなと思ってた。その頃には今よりずっとすごい自分になっているつもりだった。
でも、ヘリオスは今の私に対して言っている。
大丈夫なの?
それこそ一時の感情じゃなくて?
「…………家柄がこんなでも……うちの父が足を引っ張るかもしれなくても良いんですか」
「俺なら守れる」
「醜聞もちですし、学がまだ足りないですし、ヘリオスに似合うような美人じゃないです。それでもですか?」
「問題は一緒に越えたい。
それから貴女は魅力的だ。ほかの誰かじゃ嫌だって、フランカ以外嫌だって思う」
「……………」
ヘリオスは、不意に腕を緩めると、私の肩に手を置いて、少し上の角度から私を見つめた。
「だから、結婚して?」
ああもう、まっすぐに見据えられた時の、このアイスブルーの瞳の破壊力。勝てない。
「……好き、ですよ。
私も、あなたのことが」
言ってしまった。
「すぐ、じゃ無理だと思います。
ガイア様の侍女のお仕事とか、身につけないといけないたくさんのこととか……。
だけど、私が胸を張ってヘリオスの隣にいられるように、必要なことを全部やって……それから」
それらを終えるのに、どれぐらいかかるのかわからない、けど。
「それから私は、ヘリオスと結婚したいです。
幸せにしたいです、ヘリオスを」
「……フランカ」
「それが、私の返事です」
もう一回、ぎゅーっと抱きしめられて、ヘリオスにキスをされた。
柔らかい唇から、幸せが流れ込んでくる気がした。
「あと、それから、その……。
母親は、知ってる」
「ガイア様がですか!?」
「親父も知ってる。
フランカの答えを待って、それから先のことを一緒に考えるから、って」
「……ガイア様……ウェーバー侯爵……神ですか」
思わず笑みがこぼれ、それから私は、なんの遠慮もなく、愛する人にぎゅっと抱きついた。
◇ ◇ ◇
いつもお読みいただきありがとうございます。
あと2話ぐらいで完結する予定です。




