◇55◇ テイレシア様がご出産されました。
◇ ◇ ◇
フィフスクラウン城に帰って、9月、10月、11月とガイア様のもとで侍女として働いていた私は、12月、再び王都に戻ってきた。
いよいよテイレシア様のご出産が近くなり、産前産後のお手伝いのためにガイア様から派遣されたのだ。
産気づいたのは、12月に入ってすぐの夜。
邸中に伝わると、みんないよいよだという緊張感に包まれた。
お医者様や産婆さんが集まり、親友のカサンドラ様が駆けつけ、ヴィクターさんも夜通しテイレシア様の傍についていらっしゃった。
邸のみんな、仮眠をとりながら交替で、準備を整えながら、そのときをじっと待つ。
私は待機しながら、妹や弟が産まれた時のことを思いだし、普段全然大事にしていない神様にこんなときだけは祈った。
――――夜が明ける頃に産まれたのは、産声の元気な男の子だった。
知らせとともに産声を聞いたとき、ホッとしたあまり、腰が抜けてしまった。
◇ ◇ ◇
産後2週間目の午後。
順調に育った赤ちゃんはくりくりとした可愛らしい目の子で、瞳の色はテイレシア様と同じ綺麗な菫色だ。
ジェレミーと名付けられた。
「少し眠ったほうがいいわ、ヴィクター。明日からお客様も来るのだし」
母乳をたっぷりと飲んだ赤ちゃんをベビーベッドに寝かせたテイレシア様は、目の下にくまを作っているヴィクターさんに声をかけた。
「大丈夫ですか」
「大丈夫よ。フランカさんもいるもの。ずっと私についていて、眠れていないでしょう?」
もちろん邸の中にはたくさん赤ちゃんのお世話をする人がいるし、乳母もいれば粉ミルクもある。
赤ちゃんの夜間のお世話はその人たちにまかせてもいいはずなのだけど、ヴィクターさんも様子が気になって毎回目が覚めてしまうそうだ。
起きている間は起きている間でずっとテイレシア様についているし、学園の課題もあるしで、傍目にも寝不足が進行しているのがよくわかる。
「でもまだ出産から2週間しか」
「あなたが倒れるのは私は嫌。ね? わかって」
テイレシア様がヴィクターさんのとなりに座って、顔を見上げ、ね?と念押しすると、ようやく承知したのか、テイレシア様の頭にくちづけてから「それでは、テイレシアをお願いします」と私に言って、ヴィクターさんは部屋を出ていった。
「――――ヴィクターさん、私と同い年でもしっかり父親されてますね」
「そつなく見えるだけで、彼なりにいろいろ無理したり悩んだりもしてるのよ?
おかげで私は楽というか、順調に回復させてもらっているけれど」
「カサンドラ様のアシストもありましたしね」
「ふふ、そうね」
テイレシア様の出産直後、王宮にそれを伝えにいったカサンドラ様は、王太子殿下にある通達を出すようお願いした。
――――テイレシア・バシレウス・クラウン・エルドレッドの第1子の生誕にあたり、産婦の身体の回復のため産後2週間は邸の訪問を避けるように、と。
それがなければ、テイレシア様のお立場的にも、出産当日からお祝いの方が連日押し掛けてきてしまっただろう。
「ああでも、今日このあとは一足早く来客があるから、よろしくね」
「来客? ヴィクターさんを起こさなくて大丈夫ですか?」
「大丈夫。カサンドラとヘリオス卿だから」
ヘリオスの名前を聞いて一瞬心臓が跳ねた。
「は、早くないですか?
ヘリオスは自分が継承した領地に戻ったんですよね?」
社交シーズンが終わった貴族たちは領地に帰り、各々領主としての仕事を行う。ウェーバー侯爵家の従属爵位を継承しているヘリオスも、実はもう領地を持っているのだ。
だから、ヘリオスに次に会えるのは年明け頃だと思っていたのだけど。
「12月から王宮の議会の仕事が始まるから早めに戻ってきたみたい。
カサンドラもこれから忙しくなるから今のうちに会っておきたいからって…………あら、噂をすれば」
窓の外から、この広いお邸の門から立派な馬車が入ってくるところが見えた。
フォルクス侯爵家――――カサンドラ様のおうちの紋章が入っている。
「乳母を呼んで、それから私の着替えを手伝ってくれる?」
「はい!」
◇ ◇ ◇
「わぁぁぁ……ほんと可愛い。こんな可愛い子がこの世に存在するなんてまさに神の奇跡だよね」
すやすやと良く眠るジェレミーちゃんを見て、カサンドラ様は感嘆する。
「手がちっちゃいなぁ。爪もかわいい。。。ほっぺ、ぷっくりなの最高。。。寝息尊い。。。絶対ヴィクターよりも美男子になるね、断言する」
同盟国の王女を母にもつカサンドラ様は、この国では珍しい黒髪に褐色肌だ。
テイレシア様とはまた違った、パッと人目を引くような華やかなお顔立ちの美人で、クロノス王太子殿下が片腕と頼むほど優秀な女性らしいのだけど…………私のなかではほぼ、『初孫を迎えたおじいちゃんみたいにずっと赤ちゃんにデレデレしている人』として認定されている。
しばし、赤ちゃんを誉めまくっていたカサンドラ様は満足そうに顔をあげた。
「ああ、ジェレミー分たくさん摂取できた。満足」
「栄養素みたいなこと言うのね」
「心のね。大事だよ? 潤いは」
そう言って、少年のような笑顔を見せるカサンドラ様。
カサンドラ・フォルクス様は貴族令嬢としてはとても変わっている。
自身の婚活は一切せず、テイレシア様のご結婚まではさながら騎士のように傍に立ち、いまは王宮事務官候補生として勉学に励む一方で、クロノス王太子殿下の片腕として働いていらっしゃる。
どれひとつとっても貴族社会でバッシングの対象になりそうなのだけど、そこまで突き抜けていると口さがない人たちも認めるしかないのかもしれない。
テイレシア様とカサンドラ様。全然タイプが違うこのお二人が親友というのも、ちょっと面白い。
「そうそう、テイレシア。今日ちょっと、フランカにも話があって来たんだけど」
「ああ、そうよね。フランカさん」
「わ、私ですか? 一体どういう?」
「ええとね、かいつまんで言うと」
ごくごく、気軽に、カサンドラ様は続けた。
「うちの子にならない?」
「…………はい?」




