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◇47◇ 脳内ファム・ファタル【ライオット伯爵視点】



   ◇ ◇ ◇



 (やしき)急遽(きゅうきょ)戻ったライオット伯爵は、あわただしく馬車を降り、大声で使用人の最上位である家令(かれい)を呼びつけた。



「緊急事態だ!

 荒事(あらごと)に使える男どもを、(やしき)の中にいるだけ、それから近くから集められるだけ集めてこい。30分以内だ!!

 それからメイス侯爵夫人に手紙を書く!!」



 ライオット伯爵の指示により、何人もの使用人が走り出した。


 何かあったときのために、ライオット伯爵家では腕っぷしの強い男を10人以上も従僕として雇っていた。


 それだけではない。

 ボスウェリア家を見張ったりフランカを捜索したりするときなどには、近隣に住む、金で口をきっちり封じられる男たちを雇った。


 それらを可能な限り動員して、アイギスを確保……いや、場合によっては息の根を止めるつもりであった。



(あの女がアイギスとは別人であれば良いが……もしアイギスだったとしたら、10人ほどの男では心もとない。

 催淫薬を飲まされて寝込みを襲われてなお、たった1人で4人の男を痛めつけ、全治数か月の重傷を負わせたのだ)



 ライオット伯爵は、自分自身が身体強化魔法の使い手だ。

 武術の心得など何もないが、この魔法を発動させれば、斧や剣は肌が弾いてしまう。殴る蹴るの衝撃も緩和できる。

 爆薬や銃弾はまだ試したことはないが、常人よりは遥かに軽傷で済むだろうとは予想している。



 ……なので、そんな自分が、あの記憶を奪われた日になぜ大怪我したのかはまったくわからないでいるのだが……不意をつかれて身体強化魔法発動前にやられたのか、とライオット伯爵は考えていた。



 アイギスは、忌々しいことにライオット伯爵と同等以上に身体強化魔法を使いこなす。

 おまけに、先代が死んでからも父親の目を盗んで訓練を重ね、魔法なしでも男の熟練兵士なみの戦闘力を身につけていた。


 そんな彼女を捕まえようとしたら、毒を盛るか、何かの薬で眠らせるか、寝込みを襲うか、……魔力が尽きるまで持久戦に持ち込むか。

 持久戦に持ち込むならば、数が必要だ。何人集められるかで、戦略を決めなければ。

 集められなければ一か八かで、遠距離射撃すべきか。



(もしもアイギスが今……王宮に名乗り出てきたら)



 肖像画は焼き捨てた。だが父親のライオット伯爵が否定しても、学園で親交があった者や関わりがあった者が、確かにアイギスだと証言することだろう。しかも家宝の楯を盗み出されている。


 確実にアイギスであることは認められ、そして4年前のあのときとは、比較にならないほどまずい事態になる。


 あのときアイギスが告発しようとした罪に加えて、ライオット伯爵が娘を結婚させるために相手に強姦させようとしたことや、娘の死を偽装したことが加わる。

 いったいどれだけの罪と悪評になるか眩暈(めまい)がしそうだ。

 貴族の身分剥奪、懲役や追放刑ということも十分にありうる。



 それに……いま告発されると本当にまずい1件があるのだ。4年前の方がマシとすら言えた。



 続々と男たちが、(やしき)の玄関ホールに集まってくる。



(10、15、20……26人か。これだけいれば……いや……昼はやはり避けるか)



 憲兵などが呼ばれてしまえばそもそも持久戦にも持ち込めない。


 ……やはり急いで襲撃することはやめよう。アイギスかどうかを見極め、それから彼女の仕事終わりに尾行して家を突き止め、全員で寝込みを襲う。それが最善だろう。



 そう考えたライオット伯爵のもとに、一人の従僕が息を切らして走ってきた。

 東の職業案内所に先に行かせて様子を見させてきた男だ。



「どうだったのだ!?」


「恐れながら!!

 標的の女は確かに職業案内所におりましたが……それだけではなく……!!」


「何だ!?」


「フランカ・ボスウェリア子爵令嬢らしい女性と若い男が、標的の女のもとを訪ねております!!」


「…………何だと?」



 ――――その時、伯爵の脳内を占めたのは“なぜここでフランカが?”という疑問でも、フランカの居場所をようやく把握した歓喜でもなかった。


 ――――フランカらしき女性と若い男が一緒にいる。その報告に、頭に血が上ったのだ。



(どういうことだ!!

 ウェーバー侯爵に無理矢理連れ去られたのではなかったのか!?

 若い男と…………??)



 保身のためにアイギスをどうにかしなければ……ということよりも、フランカを連れ戻さねば、ということの優先順位が一気に上がった。


 同時に、ふつふつと沸き上がった殺意が、人殺しへの心理的ハードルを下げさせた。



(アイギスと若い男は問答無用で撃ち殺す。フランカは、なにがなんでも私のものにする。

 ここまで私を振り回していろいろなものを奪っておきながら、もしフランカが処女ではなくなっていたなら……殺してやる)



「馬車をすべて出せ!!

 足りない分は辻馬車を呼べ!!

 全員乗せられるだけのな!!」



 ――――このとき、伯爵は知らないことであったが、ヴィクター・エルドレッドの手の者がライオット伯爵邸を見張っていた。

 この日の急な動きも把握しだい(あるじ)のもとへ報告に走ったのだが、その報告が届く前に、ライオット伯爵の一団は邸を出発していたのだ。



   ◇ ◇ ◇



(……あれは……間違いなくフランカ。

 それに、ウェーバー侯爵の次男ではないか。あいつめが……)



 ライオット伯爵一同が馬車を飛ばして目当ての場所にたどり着いたとき、案内所には、アイギスらしき女の姿はなかった。

 そこで近隣を探したところ、川辺で話す3人を発見したのだ。


 ライオット伯爵は気づかれないよう馬車も距離をとらせ、遠距離から、身体強化魔法で視覚を強化して3人の顔を見る。



(あれは……アイギスに、似ている気もするがやはり確信が持てん……)



 アイギスの失踪後は、肖像画もすべて焼いた。いつか名乗り出てきても、証明する手段がないようにと考えたのだが、結果、父親の自分さえ、顔を忘れてしまった。

 こんなことになるのなら、4年前の時点で何がなんでもアイギスを見つけ出しておくのだった。



(だが、アイギスではないかもしれないからと殺すのを躊躇(ちゅうちょ)する余裕はない。

 やることは、変わらない)



 ライオット伯爵は合図を送った。



   ◇ ◇ ◇

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