◇46◇ 失踪した夜のこと。
「メイス侯爵夫人が?」
「ええ。父からの依頼で、私を罠にかけたようです」
そう言ってアイギス様は、ご自身に起こったことを語りはじめた。
◇ ◇ ◇
ライオット伯爵(当時はライオット公爵)の『無様な失態』からしばらく経って、社交シーズンも終わった9月。
王立学園の新年度の始まりとともに、アイギス様は学園の寮にお戻りになり、ライオット公爵は領地に帰ったそうだ。
妹はまだ幼かったので、後妻と妹は王都の邸に残った。
3年生になられたアイギス様は、生徒会長として忙しく毎日を過ごされていた。
冬に入ったある日、王都に残っていた貴族たちを集めた夜会が開かれることになり、有力貴族の子女も何人か招かれた。
その中に、アイギス様もいらっしゃったそうだ。
「油断していたと言われれば、その通りです」
父も領地であり、メイス侯爵夫人とはその頃付き合いもほとんどなかった。
さすがに何も起きないだろうと思っていたのだという。
――――しかしアイギス様は、出されたある飲み物を飲んでからだんだんお体の具合が悪くなった。
とてもつらくて、頭も働かない。
夜会の主催者であるメイス侯爵夫人に、部屋を用意され、勧められるままにドレスを脱ぎ、眠った。
それが罠だった。
「不意に寝苦しさを覚えて目を覚ますと、いままさに私の身体の上にのっている男性がいるんです。
そしてベッドの上にあと3人」
「…………恐い。
想像しただけで、ゾッとします」
「そうですよね。
一瞬、貞操のことより死を覚悟しましたから。
救いだったのは私が身体強化魔法の使い手だったこと。
闇のなかでわずかな目が利くのもそうですが、薬を盛られても回復が常人より遥かに早いんです」
アイギス様は、とっさに眠ったふりを続けた。
そして上にのっている男性がアイギス様に不快な行為をしようとした際に、顔面に肘撃ちを叩き込んだ。
それから4人の男性を
「そのまましばらく動けないぐらいに痛めつけました」
と……。
そこで大声をあげてもよかった。
だけど、まだ夜会が続いていることを確認して、アイギス様はそうしなかった。
その時点では、ただ招待客の4人の男性が暴走したのだと思っており、騒ぐことでメイス侯爵夫人の名誉が傷ついてはいけないと考えたのだ。
だけど、部屋を抜け出し、階下におりて、そこでアイギス様は信じられないものを見た。
邸の奥で、領地にいるはずの父親ライオット公爵が、メイス侯爵夫人と談笑しているのを。
『――――それにしても、アイギス嬢が結婚しないとおっしゃるなど、予想外でしたわ。あの品行方正なアイギス嬢が』
『最近言い出したのです。どうも男嫌いのようでしてな。
結婚させるならお父様の都合の悪いことをバラす、などと反抗しはじめて。
それで、“男の味”を覚えればそんなことも言い出さなくなるだろうと思ったのです。
それなりの相手と結婚させたかったですが、もはややむを得ない。まぁ顔も良く閨も上手いと評判の男ですから、堅物の娘も満足するでしょう』
「――――父はそう言って笑っていました。
身体を奪えば、それを恥じて素直に奪った男の妻になるだろう、という考えだったのか、本気で“閨”とやらで私が変わると思ったのか……。
……それにしたって。いくら自分の邪魔になったとはいえ、実の娘にそこまでするかと……足元が崩れるような思いでしばらく立ち尽くしました」
「私の上にのっていらした方は当時社交界でもずいぶん浮き名を流した美男子の男爵でした。
……そろそろ身を固めたいと考えていて、公爵令嬢ならば運が良いと思ったとか、父と利害が一致したのでしょうね。
あるいは父の悪事に荷担していて、自分を裏切らない相手だと父が信頼していたのかもしれません。
ほかに3人取り巻きを連れてきていたのは、私に抵抗されることを恐れてなのでしょうが……ずいぶん手慣れていて、余罪があるのではと感じました」
アイギス様は外に出られる服を盗み出し、メイス侯爵夫人の邸を出た。
このまま、父のもとにはいられない。
裏切られたというショックと、ライオット公爵の娘でいることの危険性と、今回さらなる父の暗部を握ってしまったことと……様々な思いが混じりながら、家を出ることを決意して、辻馬車を拾い、深夜にライオット公爵の邸に戻る。
(なぜ、私は女だったのだろう。
どうして、男に産まれなかったんだろうか……)
自分の身を呪いながら、密かに家を出るために荷物をまとめていたアイギス様の目にうつったのは、邸に飾られていた、家宝の楯だった。
父に失望し、支えるもののなくなったアイギス様にとって、男女関係なく祖父が自分に託してくれた楯は、唯一すがれるものだった。
楯を持ち出し、アイギス様は邸からも学園からも姿を消した。
◇ ◇ ◇
投稿遅くなりすみませんでした!




