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◇45◇ 『貴族の義務』とは?

「――――その楯は?」


「ライオット家に代々伝わる魔道具の楯です。私と同じ、アイギスという名を持っています」



 すぐにアイギス様は、楯をバッグの中にしまいながら、続けた。



「お二人は、父のことをどう思いますか?」



 急に尋ねられたヘリオスと私は顔を見合わせる。

 少し考えて、ヘリオスが口を開いた。



「短慮、でしょうか。目先の快楽と面子を優先する。強い意思でもなく、その場その場の自分の感情でうごく。

 自分の一時の欲望が優先されてしかるべき、それが正義である、と考えているように感じます。

 そういう意味では悪人というより、たちの悪い子ども、のような」


「……人の父親になかなか辛辣(しんらつ)ですね。いえ、だいたい私も同意見です」



 ヘリオスたちの言葉は、納得できるような気もしたけど私には微妙にわからないところもあった。

 アイギス様の続く言葉を待つ。



「無邪気なまでに、自分の快楽や欲望は叶えられるべき、自分の不快なものはなくなるべき、という感覚の持ち主です。

 それ自体は悪いことではないでしょう。他の人の思いも尊重できるなら。しかし父の場合、高位貴族の身分や特権意識とそれが結びついています。

 結果、ほかの誰を踏みにじっても、公爵である自分の望みは叶えられなければならないんだと、歪んだ認知で生きている。

 ちなみに、欲望を肯定するあまり、自分が落としたいと思った女性とは相思相愛だと思い込む癖までも身につけていますね」


「げ」思わず渾身の嫌さを吐き捨ててしまった。人の父親なのに、ごめんなさい。


「父はわりと物心ついた頃からそうでしたが、私が楯を祖父から継承したときから強くなったように思います。

 祖父が亡くなったあとは楯は家宝だからと取り上げられ、これ見よがしに(やしき)に飾られました。

 ただ、本当に父はその場の感情に流される人でしたので、学園に入った私が優秀な成績をとると、いきなり私を大事にし始めたのですが」


「それは……父親にやられると、キツいですね」



 思わず私は同情してしまった。



「で、一転、私の価値を高く見積もった父は、貴族の結婚市場でも私をできるだけ高く売ろうと考えました。

 そんな中、白羽の矢を立てたのが、当時の王太子殿下。

 私よりも年下で、さらにすでに婚約者がいらっしゃった」


「婚約者がいらっしゃったのに……どうしてですか?」


「その婚約者の方をおとしめて婚約解消に追い込み、私を替わりに据えようとしたわけです」


「!!」



 前王太子殿下の婚約者の方とは……つまり、テイレシア様だ。


 ……え、あの、ライオット伯爵(当時は公爵)何をしようとしたんですか? 想像するのも恐いんですが。



「私事ですが、私は当時好きになった方がいました。

 それでも、結婚は家のため、貴族の義務。

 だから、そんな感情は押さえ込んで、好きでもない相手と結婚して、吐き気をこらえて夫婦の営みをこなして、苦痛に耐えながら子どもを産むべきなんだと考えていました。

 いまから見れば、悲壮感に酔っていたともいえると思います。

 ですが、4年前の夜会の夜……詳細は省きますが、父は面白いぐらい無様(ぶざま)に失敗しました」



 フフッとアイギス様は笑った。

 言葉はキツいけれど、そこには父親への憎しみのような歪んだものは感じない。

 逆に、どうしようもなく断ちきれずにいる(じょう)のようなものを感じた。



「その無様な父を見て、突然()めたんです。

 『私が我慢して貴族の義務を果たしても、結局それは父の私利私欲に荷担していることじゃないか?』と。

 私よりも2つも下の女の子を(しいた)げる共犯になる『貴族の義務』ってなんだろう?……と」


「お察しします……」



 今度は心の底から言った。


 その時のアイギス様の気持ちを想像すると胸が痛い。


 自分が我慢したら、誰かほかの人のためになるから、誰かに迷惑をかけずにすむから……そう思って人は我慢するのに。


 それが実際には誰かを虐げることにつながってしまうとしたら、そんなのたまらなくつらすぎる。



「――――父にとって私は利用価値があり、良からぬ結婚に使える道具。

 だから、それをやめるために、いままで隠していたことを正直に言うことにしたんです。

 私は女性が好きなので殿方とは結婚できません、と」



 まっすぐにこちらを見てアイギス様が言った言葉に、一瞬息を飲む。

 どう答えていいかわからない。迷っている間に、



「隠さず話してくださったこと、とてもありがたく思います」



ヘリオスがまっすぐにアイギス様を見返したまま、そう言った。


 そう……か。アイギス様は誠実にかつ詳細に過去のことを話そうとしていて、だからこそ、ご自身のことも全部隠さず話してくださっているんだ。

 一瞬何も言えなかった自分を恥じた。



「今でも覚えています。父は顔面蒼白になり、それからたくさん私を罵倒しました。

 ただ、私もそのときは心が強くなっていましたし……。

 娘という立場なので、父が今までしてきたことについてはいろいろと握っています。

『無理矢理結婚させるのなら、これらを公表する』と父を脅せる程度には。父は、けっこう危険なこともしていたので」


「それで……ライオット伯爵は引き下がりましたか?」


「私を王太子妃にしようとするのは諦めました。無理矢理な工作が、当時の王太子殿下の不興を買ったのもあったようです。

 しかし、父は、私をそのままにはしてくれませんでした。

 都合のいい道具をやめ、かつ、父の弱みをたくさん握っている私を、何とかしなければいけない獅子身中の虫だと考え始めたらしいです。

 彼はとある女性と組み、私を罠にはめました」


「その女性というのは……」


「メイス侯爵夫人、です」

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