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◇44◇ いざ、アイギス様のもとへ!

   ◇ ◇ ◇



「わぁ、やっと出ましたね! 長い道のりでした」


「だろ? 使えるけど、あんまり使いたくないんだわ、この出入口」



 頭上にようやく見えた青空。

 ヘリオスと私は、地下から延びる出入口から出てきたところだった。


 ウェーバー邸の地下から、密かに王都に所有している別邸まで延びた、石造りの壁に覆われた地下通路を、私たちは通ってきた。

 もっと戦乱が身近だった時代に、何かあったらこの通路を通って逃げのびるためにつくられたものなんだそうだ。


 ウェーバー侯爵家の周りは誰が見ているかわからないから……と言って、今回ヘリオスが連れてきてくれたのだけど、道は遠い上、侵入者用の罠もあちこちにあって、なかなかスリリングだった。



 ―――誰もいない場所で二人きりになっている、というのを、気にする余裕さえなかった。



(私……だんだん、お父様から自由になってきた気がする)



 今日はヘリオスも私も、それなりに変装といえる恰好をしている。

 ヘリオスはいつものフードを目深にかぶった外套(夏だから絶対暑いと思う)。

 私はといえば、女性使用人風のシンプルな外出着。

 この格好で、いざ、東の職業案内所に向かうのだ。



   ◇ ◇ ◇



 ……人目につかない場所を選んで遠回りして歩いて、東の職業案内所についた。

 ほんの数か月ぶりなのに、ずいぶん懐かしく感じる。

 ここでヘリオスと出会ったのだと思うと、ちょっと感慨深い。



「……アイギス様らしき人……いますね」

「ああ」



 ヘリオスと私は、遠くから案内所の中をうかがって、彼女を見つけていた。

 あの時と同じように、肩の上で切りそろえた彼女の髪。

 聡明そうな端正なお顔だち。

 こんな女性が公爵令嬢として社交界にいらっしゃったら、それこそ引く手あまただったんじゃないだろうか?



「お話しするの、お昼休憩まで待ちますか…?」


「いや、先にフランカの方で声をかけてみてくれ。

 ここから様子を見て、入っても大丈夫そうなら俺も入る」


「了解です」



 ヘリオスに答えて、私は一人で職業案内所に入っていった。

 ちょうど、アイギス様らしい人は別の方の応対を終えたところで、手がすいたらしい彼女に、私は近づく。



「こんにちは!」



 声をかけると、彼女は一瞬目を見開いてから、にこっ、と会釈してくれた。



「あの、私、先日大変親切にしていただいた者で、仕事をあれから見つけられたのでお礼に……」


「覚えていますよ。

 心配していたので、ご無事で安心いたしました」


「あ、はい。

 あれからすぐ仕事を見つけられました!」


「仕事もですが」彼女は一瞬目を伏せる。「……案内所から少し離れたところで、悪い男性たちに絡まれていたでしょう?」


「見てたんですか!?」


「ええ。私も助けに入ろうとしたんですが出遅れてしまい……男性が彼らを止めていらっしゃいましたね」


「はい、その助けてくれた男性に仕事を紹介していただきました」



 そうか、あの時この人も助けてくれようとしたんだ。

 それでもあんな鮮やかな蹴りを目の前で見せられたら、一瞬我を忘れてしまうだろう。



「あの悪い男性たちは」ふいに眉根をぎゅっと寄せて、彼女は私に問いかける。「あれからあなたに悪いことをしていませんか?」


「あれから? 悪いこと、というか……」



 私は背後に気配を感じ、振り向いた。

 いつの間にかヘリオスが、職業案内所の中に入ってきていた。



「その男たちのことを、貴女(あなた)は知ってるんですね?」



 ヘリオスはフードをはずして自分の顔を見せながら、アイギス様らしい女性に問いかけた。

 アイギス様らしい女性は驚いた様子もなく、笑って、ヘリオスに返す。



「あの時、一瞬本気で王太子殿下のご乱心かと目を疑いました。

 ご兄弟ですね?」


異父弟(おとうと)のヘリオス・ウェーバーです。

 貴女(あなた)が王立学園から消えた翌年、入学しました」


「本当にクロノス殿下とよく似ていますね。

 傷がなければ瓜二つ。

 ……お顔、痛かったでしょう」


「??

 ……まぁ、昔のことですから」



 突然傷に言及されて、ヘリオスは、怪訝(けげん)そうな顔をする。



「――――お2人は、私の素性がわかって会いに来てくださったんですね」



 私たちがうなずくと、アイギス様は「お昼休みまで待っていただいても良いですか?」と言った。



   ◇ ◇ ◇



 アイギス様のお昼休みの時間。

 私たちは案内所から少し歩いたところにある川辺で、彼女のお話を聞くことになった。

 彼女は、職場から大きなバッグを川辺まで持ってきた。

 何かとても大切なものを入れていて、いつも目の届くところにおけるように持ち歩いているらしい。



 元公爵令嬢―――立場的には今は伯爵令嬢?―――アイギス・ライオット様は、去年から職業案内所で働いているという。



「……王太子殿下とその幼なじみの方が、貧困対策で力を入れて整備したと聞いて、ぜひ働きたいと思いました。

 職業案内所には時々、仕事を探している人を狙った悪い人が寄ってくるので、案内所の外にも目を光らせて追い払っているんです」


「悪い人?」


「お金が欲しい人に悪事をさせようとする人や、詐欺を働こうとする人、女性や年若い少年を狙った女衒(ぜげん)などですね」


「ぜげん?」


「女性を売春に斡旋(あっせん)する人のことです」


「ばいしゅん?」


「ええと……」



 アイギス様が一瞬説明に困った様子だったのを、ヘリオスが「あとで説明する」と言った。



「で。職業案内所の外もしっかり見ていた貴女(あなた)は、あの日、ライオット伯爵がフランカを連れていこうとしたところも見たわけだ」


「ええ。それはもう……。

 …………久しぶりに会った父親が、娘より若い女の子をかどわかそうとしていたのを見た気持ち、わかります?」


「お察しします……」察せないけどそう言わざるを得なかった。


「そのうえ、そのうえですよ?

 大きな怪我をしているから、なけなしの情で手当てをしてあげて……なのにあの人、完全に娘の顔を忘れてるんですよ?

 ふざけてないですか?」



(かけたんだ……なけなしの情)



 あのライオット伯爵に、しかも自分を死んだことにしている父親に、情をかけたのか……。


(いい人すぎない?)と思う一方で、この人も父親に『いい子』って認められたかったのかも、とうっすら感じた。



「ライオット伯爵は、4年前に貴女(あなた)の死亡届を捏造(ねつぞう)し、貴女は死んだものとしている。

 一方貴女は生きてここにいる。いったい4年前に何があったんです?」



 そう、ヘリオスが問いかけると、

「そうですね。4年前のこととそれ以前のこと……順を追ってお話ししましょうか」と、アイギス様は答えながら、大きなバッグを、少し開けて、中身をちらりと見せた。



「!?」



 中身は……重厚な装飾と金属加工がされた、騎士物語にでも出てきそうな“(たて)”だった。


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