◇43◇ 伯爵の急所。【ライオット伯爵視点】
◇ ◇ ◇
(ふん。何が手の者をお貸しします、だ。
こちらの足元を見て、ふんだくるだけふんだくっていきおって……)
メイス侯爵夫人と会った翌日。
ライオット伯爵はというと、ウェーバー侯爵邸を見張れる位置に停めた馬車のなかで舌打ちしていた。
(冷静になってみれば、あとわずかな社交シーズンさえ乗り切れば謹慎は解けるのだ。
ここまであの強欲女に頼ることもなかったのではないか?)
ライオット伯爵はいままで、フランカのことでメイス侯爵夫人に恐ろしい額の金を使った。
そして払った金に見合うものを得たとは正直言えない。今回はボロボロと大きなものを失いすぎた。
(ボスウェリア子爵が思いのほか頑固なのが悪かったのだ。子爵家風情が、なんのプライドなのか……)
だが、子爵も最近は、妻や使用人に逆らわれ親戚にも説教され、プライドが粉々になり、意気消沈しているという。
もしかしたら、あと一押しで、こちらのいうことを聞くかもしれない。
ボスウェリア子爵さえ味方につけばこちらのものだ。貴族令嬢は当主の所有物である。
フランカがどこにいようが、子爵が
『ウェーバー侯爵家は、私の保護下にある娘を不当にさらったのだ』
と訴えれば、フランカを父親のもとに返さざるを得なくなる。
そこから少し待ってほとぼりを冷ましてから、フランカを自分の愛人に迎えればいいのだ。
(…………この件を最後に、メイス侯爵夫人とは手を切るか)
この腐れ縁も4年前からだ。
人を融通してくれたり、ライバルの貴族の悪評を流したり罠にかけてくれるなど、便利に使える女だったが……正直、金がかかりすぎる。
いまや弱みを握っているのはお互い様だ。縁を切ってもあえてこちらを脅迫してくるようなことはしないだろう……。
何だったら最後に、男遊びの激しい今の妻を追い出すのを協力してくれれば嬉しいが。協力してくれる医師さえいれば死亡診断書が偽造できることは、4年前にわかった。
「4年前……か。
ふん、あの親不孝娘めが」
忌々しい記憶がよみがえり、ライオット伯爵は馬車の窓から外を見て、ふーっ、と息を吐いた。
(すべての諸悪の根元はあの娘なのだ。
この私の娘に産まれ、何不自由なく育ち、王太子の婚約者の座を奪い取るまであと一歩だったところで、あの娘は……)
自分の娘、アイギスの顔もほとんど思い出せなくなっていたライオット伯爵だった。だが。
『……大丈夫ですか?』
不意に耳によみがえった声。
(……そういえば、あの女の声は、アイギスによく似ていた)
フランカを奪われてしまったあの日(つまりヘリオスに蹴り倒された日)、大怪我をして痛みに苦しんでいたライオット伯爵は、近くにある職業案内所の案内人らしい女に声をかけられ、助けられたのだ。
怪我を負わされたことへの怒りが強く、女にもろくに礼を言わず多少の口止め料を手に押し付けて帰ってきたのだが……
そういえば、あの女。
(手に……拳だこがあった??)
ボクシングなどの格闘技で拳を使う際に、指の付け根にできるたこだ。
……平民の普通の女性が、格闘技を修めているとは思えない。
たとえばそれが、戦闘訓練を受けるような家の娘なら……。
(まさか……いや、まさか?)
――――ライオット家は元々王家を守る騎士の家柄で、身体強化魔法を使いながらの独特な剣術や槍術、格闘術を代々伝えていた。
しかし彼自身は、こどもの頃から貴族たる自分がそんなことで手を汚すのは嫌だった。
身体強化魔法さえ使えて、少々刺されたり殴られたりしてもびくともしない平気な身体になれれば暗殺の危険から守られるじゃないか。
貴族としてはそれで十分だろう。
そう、考えていた……。
しかし、前の妻が生んだ彼の長女アイギスは、違った。
彼をすっ飛ばして祖先の血でも甦ったかのように、あらゆる武を好み、恐ろしい速さで吸収した。
彼の父である先代ライオット公爵は、時代錯誤な武人だった。
そんな父は、筋がよいとアイギスを誉め、亡くなる直前までアイギスに自分のすべてを伝えた。
そして、あろうことか……代々当主に伝えるはずの家宝の魔道具の楯を、アイギスに渡したのだ。
分をわきまえず、家のための道具にもなれず、さらには親の立場を脅かす、最悪の娘。
あの娘が万が一帰ってきても、偽物だとはねつけて家には絶対に入れない。
そのためには早く愛人を迎えて、娘よりも立場の強い息子をもうけなければ。
そう、焦ってきたのだが……。
(もしもあの女がアイギスだったとしたら……いま、こんな王宮の近くにいられたら、まずい)
ライオット伯爵は身体を起こし、馬車の外で待ちくたびれていた馭者に向けて大声を出す。
「大至急邸に戻れ!!
そして雇える男どもをありったけ集めて、東の職業案内所へ向かえ!!」
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