◇40◇ 家族(※お父様のぞく)と再会しました。
◇ ◇ ◇
(私に、お客様……?)
急いで、と言われたので、そのままの格好で行くのかと思ったら、着替えを勧められた。
さっき教えてもらったばかりの部屋で着替え、化粧をおとして髪型もいつものものに直す。
部屋の前で待ってくれていたヘリオス(こちらも、いつもの髪型と貴族の平服になっていた)が、私を、邸の応接室の前まで連れていってくれる。
…………と、思ったら。
「いったん、続き部屋から、応接室の中を見てくれ。
もしも、会いたくないと思ったら出なくていい」
「……え?」
隣の部屋に案内された。
ヘリオスが続き部屋の壁飾りのひとつをはずすと、小さなのぞき穴があいて、声が漏れ聞こえてきた。
高位貴族のお邸すごい。政権の中枢に関わる方々だと、こういうのも必要になるのね。
……なんて感心していたら。
「だいたい、アルマお姉様が、お父様と一緒になって、フランカお姉様にひどいこと言うからいけないんだ!!」
すごく久しぶりに聞く声が飛んできた。
思わず穴をのぞく。
弟のルドルフだ。
それから、お母様と、妹のアルマもいる……?
「だって、だって……ルドルフは男の子だし、長男だから家を継げるじゃない。
女の子は結婚できなかったら生きていけないって、お父様もお母様も言ってたもの!」
「だからって、ひどい目にあったフランカお姉様を追い詰めるようなこと、言って良いの!?」
「ルドルフはわかってないのよ……社交界にもまだ出てないのに、お姉様の醜聞のせいで私ももう結婚できないなんて言われたら……」
9歳のルドルフに、13歳のアルマが責められている。
アルマは泣きそうな顔で言い返す。
こんなルドルフ、初めて見た。
正論で追い詰めすぎな気もしたけど……家を出ていく直前に言われたアルマの言葉には、私は確かに傷ついた。あの言葉で死を考えたぐらいだ。
でも、あの言葉は、13歳のアルマがこれから先の人生に絶望していたから出てきた言葉だというのも、わかる。
私たちは、お父様お母様に繰り返し教えられてきたから。女の子は結婚できなかったら生きていけない、って。
『――――家を出て働いて生きていこう』
メイス侯爵夫人がやってきたあの日、そういう考えが私に浮かんだのは、たまたま、私が家の使用人のみんなとよく話していて、平民の女性はどんな仕事をして生きているのかを知っていたからだ。
「アルマ。ルドルフ。何度も話したように、間違っていたのは、お父様とお母様なのよ」
お母様がアルマに語りかける。
「……醜聞を起こしたら社交界から追放されてしまう。それがわかっていたのだから、お父様とお母様はもっとフランカを守らないといけなかったの。
それから、あの夜、真っ先に親としてライオット伯爵に抗議して、たとえ身分が上の相手でも、私たちの名誉のために闘わなければならなかった。
それが叶わなくても、あなたたちのために何かできないか模索するべきだった。わたくしたちは親なのだから」
あの夜会のあと、酷くショックを受けて何もできなかった、かよわい貴婦人そのもののお母様の姿を思い出す。
お母様の様子が、そのときとは全然違う。
お痩せになったけれど、きっちりと背筋を伸ばして座り、なんだか少したくましくなったようにさえ見える。
いったい、何があったの?
「アルマ。お母様が弱かったせいで、あなたにも間違った理解をさせてしまったわ。それは謝ります。
でも、あなたよりもっと傷ついていたフランカに追い討ちをかけるように酷いことを言ったのは悪いことだと、本当はわかっているでしょう。あなたはとても賢い子だから」
「………………」
「お母様もフランカに謝るから、アルマも謝りましょう」
「………………」
うつむくアルマ。
とんとん、とヘリオスに肩を叩かれ振り向く。
「あ…………」
ヘリオスの後ろに、肖像画で見たお顔の40歳ぐらいの優しそうな紳士がいらっしゃった。
小太りでヘリオスよりも少し背が低いけれど、上質な服を品よく着こなしていらっしゃる。
私はあわてて、礼をした。ヘリオスが壁ののぞき穴をふさぐ。
「お初にお目にかかります。
わたくし、ボスウェリア子爵の長女フランカと申します」
「初めましてフランカさん。
ヘリオスの父です。
――――先ほど、お母上がご子息とご息女をお連れになり、王宮の私の部屋にご相談にいらっしゃいましてな。
一度邸でお話を、と言って、お連れいたしました」
「ヘリオス様にもガイア様にも本当にたくさん助けていただいておりますのに、重ねてお気遣いいただきまして……本当に心より御礼申し上げます」
「フランカさんを連れ戻したいわけではない、ただ会いたいと仰っていました。
たとえもし翻意なさったとしても、こちらはフランカさんの意思に反することはさせないつもりですが……お会いになりますかな?」
「はい。会います」
「よろしい。
では私と息子が付き添いましょう」
◇ ◇ ◇
私たちが部屋に入ると、「フランカお姉様!!」とルドルフがまず声を上げた。
まだ10歳にもならないルドルフは思わず立ち上がり、私に勢いよく抱きついてくる。
お化粧落としておいて良かった……あのままだと誰だかわからなかったかもしれないもの。
そんなことを思いながら、久しぶりのルドルフの頭を撫でた。元気そうで良かった。
そして、立ち上がったのはルドルフだけじゃなかった。
「フランカ…………」
お母様が私を見る。真正面から。
しばらく唇が震えて言葉が出てこない様子で、少し経ってからようやく絞り出すように、「……無事で良かった」と言った。
アルマは一瞬こちらを見て、それから私から目をそらした。
「心配かけてごめんなさい。
ルドルフ、お母様の隣に戻ってくれる?」
ルドルフはうなずいて、ソファに戻る。
私は、ウェーバー侯爵とヘリオスに挟まれるように座った。
「――――まずは、私の方から、一連の経緯についてお話をいたしましょう。
きっかけは、ライオット伯爵がフランカさんをどこかに連れていこうとしたところに、ヘリオスが遭遇したことでした」
そう切り出して、ウェーバー侯爵は私とヘリオスの出会いから今に至るまでを説明し始めた。




