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◇4◇ それはあまりにも美しい蹴りでした。

   ◇ ◇ ◇




 私は、職業案内所の求人票を見て、ため息をついた。



(……こっちは経験者のみ……こっちはアドワ語とレグヌム語が必須……。

 これは? ああ、政治学が必要なの……。

 家庭教師は全部だめだわ)



 (やしき)を出たからには、自分で稼いで食べていかなくては。

 それだけわかっていた私は、まずは街中の求人の貼り紙をあちこち探した。

 けれどそれはとても効率が悪く、困っていた私に、通りすがりの人が見かねて職業案内所を教えてくれたのだった。


 妹と弟に勉強を教えていたのは私なので、家庭教師はできるのでは?とかんがえた私は、案内所の中にある掲示板に貼られた、家庭教師の募集のチラシを見て、応募できそうなものを探した……のだけど……。



(子供向けでも、かなり高度な内容ができないとダメなのね。

 それに、応募資格に学校を出ていることが入っているものばかりだわ……)



 いまさらながら私は、自分が学校に通っていなかったことを思い返し、ため息をつく。


 このベネディクト王国には、各階級に合わせた学校がある。

 貴族向けには、15歳~18歳までの貴族の子女が通う王立学園があった。

 子爵令嬢である私、フランカ・ボスウェリアも本当なら通うはずなのだけど、家の教育方針の問題で、私は通っていない。

 というわけで、家庭教師で募集要件を満たせるものはない。



(侍女は、ここでは募集していないようだし、これも学歴が必要かも……。

 いざとなったら、ハウスメイド……?

 でも私にハウスメイドの仕事ができる??)



 仕事を嫌がっているわけではないけれど、メイドという仕事を考えると、私が雇い主だったらどうしても経験のある人を雇いたいと考えるだろう。

 こうしてみると、私ができそうな仕事がない。

 未経験者にも一から教えてくれるようなところは、ないだろうか…。



「……どうしましょう」



 ため息をつくと、

「大丈夫ですか?」

と職業案内所で働いていらっしゃるらしい、背が高くすらりとした綺麗な女性が声をかけてくださった。


 私よりも少し年上ぐらい。綺麗にすとんと落ちる茶色の髪(ブルネット)はまっすぐで絹のようだけど、肩にかかるぐらい。女性には珍しい短さだ。

 その方の放つ、凛とした空気と美しい姿勢に、私は見とれた。



「いえ、その……仕事が見つけられなさそうで。

 メイドは未経験でも雇ってもらえるのでしょうか?」


「ええと……ちょっと慎重になられたほうが良いかも、しれませんね」



 私を見て、彼女はちょっと眉根を寄せ、少し奥歯にものが挟まった言い方をする。

 ――――貴族の娘だってばれたかしら?



「良くない主人がいる家もありますから。

 以前にトラブルがあった家は、できるだけ注意して断るようにはしておりますが」


「そ……そうなのですか?」


「ただ、王都には、王宮を中心として東西南北に4つ職業案内所があるのですよ。ここは東。

 少し歩きますが、他3つで探してみても良いと思いますよ」


「そうなのですか? 4つも?」


「はい」



 そう言って、どこか誇らしそうに彼女はうなずいた。



「今年に入ってから、王太子殿下と補佐の方が中心になって、整備してくださったのです。

 こちらが地図です。

 実際に働き始めても、職場で何か問題がありましたら、我慢しないで案内所にかならずお話してくださいね。

 そのために案内所はあるのですから」


「ありがとうございます!」



 親切な人がいるのだわ、と、私は嬉しくなった。

 決して軽くはないトランクを抱えて、私は職業案内所を出る。



(案内所は信頼できそう。

 王太子殿下、お会いしたことないですけど、ありがとうございます!)



 昨年、前王太子殿下が何か不祥事を起こされたとかで廃嫡になり、そのあと新しく王太子殿下になられた方だ。

 子爵家の娘ではいまだご挨拶(あいさつ)の機会もなく……昨年の王宮の夜会で、すごく遠くから一度お見かけしたきり。

 私の人並みの視力では、ちゃんとお顔を見ることもできなかった。



(いまの王太子殿下って、ものすごい美男子とは聞くけど、ふだん夜会だとかお茶会にいらっしゃった話を全然聞かないもの……。

 ……ん、あれ?

 だったら、王族や貴族がみんな社交界に出ているわけではないのかしら?)



 そんなことを考えながら、地図を見ながら歩いていると……



 後ろから、ぐいっと腕を掴まれた。



「――――愛しのフランカ。

 ようやく捕まえましたよ」



 二度と聞きたくなかったその声は!



「ラ……ライオット伯爵……」


「あっははははっ。

 (やしき)を見張らせていたら、今日、急に邸中が大騒ぎになって驚きましたよ。

 これはあなたが家出でもしたかと、あなたの友人の家と、東西南北の職業案内所を張っていたのです」


「は、離してくださいっ」



 ライオット伯爵の握る手が、痛い。その手を無理矢理ほどいて、逃げようと身をひるがえす。


 私の退路を断つように、何人かの男の人が立ちふさがる。

 この人たち、ライオット伯爵の手下!?



「さぁ、あちらの馬車に。

 あなたのために、素敵な家を用意したのですよ――――」


「―――わたし!! あなたなんて!! だいきらいです!!」


「騒ぐと、またボスウェリア家の醜聞になりますよ」


「!!」



 伯爵が迫ってくる。

 どうしよう、ここからどうやって逃げ………






「……!?」

「―――――ぐわぶっ」




 何事か言おうとした伯爵の顔を、()()から、黒い革のブーツをはいた足がゴスッと蹴り飛ばした。

 伯爵の身体がねじれた操り人形のように飛び、道端の建物の壁に音を立ててぶつかった。



 まるで宙に浮くように跳躍していたその人の横蹴りは、見とれるほどに美しかった。

 そしてその人は、すとっと、ほぼ音もなく着地する。




「往来を劣情で汚すんじゃねえ、クソが」




 まるで羊飼いのような、頭上半分をフードですっぽり覆う外套(がいとう)で顔を隠したその人は、思いのほか低い声で吐き捨てた。




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