◇37◇ どうやら、そういうことらしい。【ヘリオス視点】
◇ ◇ ◇
テイレシア様の邸――――クラウン公爵家が所有していたこの邸には、こどものころ、時々呼んでいただいていた。
その頃は、テイレシア様の御両親である公爵夫妻もご存命だった。
お二人ともお優しいのをいいことに、俺たち兄弟は大きなこの邸の中をあちこち探検したりしては、兄貴に怒られたりもした。
迷子になったら、テイレシア様やカサンドラが探しにきてくれた。
いつも特に楽しみだったのが、振舞われる料理や菓子だった。
ここの料理人やメイドたちの腕は素晴らしく、食にほとんど関心のない兄貴でさえ、昼食会や夕食会の前はそわそわしていたぐらいだ。
正直、俺は今朝も、ちょっと楽しみにしていた。
――――その、美味いはずの料理の味が、わからない。
ホロホロ鳥の肉を切り分け、口に含み、噛み、飲み下す。
その間、ずっと隣の女性が気になって、会話もうわの空で、そわそわしている自分がおかしい。
さっきはこのフランカにもだいぶ慣れたと思ったんだが、料理に目を輝かせて、やたらと美味そうに食うその顔に、やられた。
そういえば、祭りの時も、『これ美味しかったからヘリオスも食べてください!』と言うフランカは、やたらと可愛かった。
(……なんでこんなに動揺してんだ、俺)
採寸した数字を寄越してきて、フランカが王都にいるとき用のドレスを用意するようにと指示してきたのは母だったが、注文したのは俺だし、生地を選んだのも、デザインを選んだのも俺だ。
たぶんこれぐらいのピンクが似合うと思った。
といって、背伸びしすぎない程度に大人っぽさもあるスタイルを彼女は好むだろうとも考えた。
刺繍のデザインもレースも、予算は惜しまないから最良なかたちにしてくれと頼んだ。
……結果、良すぎた。
こんなにも綺麗になるとは。
化粧品もうまく選んだんだろう、フランカのいい匂いは変わらない。
その匂いを強く意識する。
どちらかというと今までフランカは、顔を見たらホッとする相手だったのに。
確かに最初に会った時から、小動物のような貴族令嬢なのに、意外と雑草みたいにタフで、それでいて主張を認めてもらったらそれ以上は求めない変な潔さもあって…………とにかく面白い奴だと思ったのは事実だ。
いきなり無自覚にきわどいことを言ってきて、ハラハラさせられたのも事実。
予想外の行動でドキッとさせられるのも事実。
抱き上げた体が意外と軽くて驚いたり、握った手が意外と小さくて焦ったのも事実。
それでもやっぱり、ウェーバー家に押しかけてくる令嬢たちとは全然違って、自然体で話せるし、俺が嫌がることはしない。
踏み込まれたくないところに踏み込んでくるようなこともしない。
おしゃべりに見えて、たぶん口に出す前に自分なりに吟味している。
それでいて、誉めてくれるときはびっくりするほど俺の気づいていないところを誉めてくれる。顔と家柄と財産以外のところを誉めてくれるのは、正直嬉しい。
そういう人柄なのは初めて会った時から薄々感じていた。
いま思えば、直感的にフランカのことを信じられる相手だと感じ取ったんだろう。
そういう人だから俺も、フランカを守ってやりたいと思うし、一緒にいるだけで、何かしてやりたくなる。
(………………)
この感情は、どうやら、そういうことらしい。初めて抱いて、どうしたものか、もて余している。
◇ ◇ ◇
味のわからない昼食を終え(フランカが繰り返し「美味しかったですね!!」というのがちょっとむかついた)、俺たちはテイレシア様たちの邸を出る。
再び馬車に乗った。
昼食会の間に、ウェーバー家から侍従が報告に来ていた。
『王太子殿下帰還の噂が流れ、令嬢たちの多くは港の方に移動したので、いまはウェーバー侯爵邸は包囲されていません』
と。
なるほど、噂を流した奴は良い読みだが、兄貴の帰国は明後日予定。王都入りはその翌日以降の予定だ。
「なるほどなるほど。じゃ、いまのうちに、邸に入ってしまいましょうか?」
母の一声で、思い切って邸に向かうことにした。
「……こどもの頃からヘリオスが育った家なんですよね。楽しみです!」
馬車の窓から王都の街を見ながら、楽しそうに声をあげるフランカ。
普段だったら『喜ぶとこ、そこなのか?』なんて呆れたふりでもできただろう。いまはそんな余裕がなくて、「……ああ」と返すのが精一杯だ。
(なんでそういうこと、言う!?
そろそろわざとか??
わざとなのか??)
と、悶々としているのは俺だけだろうか。
――――侯爵邸が近づいてきた。
良かった。まだ、邸の前に馬車はいない。門番が、さっと門を開く。
「今のうちにさっさと……」
馭者に指示を出そうとしたとき、
「お待ちなさい! その馬車!!」
(!?)
馬車の外、どこからか声がかかった。




