◇35◇ ヘリオスからの経過報告です。
「改めまして。ボスウェリア子爵の長女フランカです。
このたびはフィフスクラウン城でガイア様にお仕えさせていただくことをお許しいただき、本当にありがとうございました」
深々と、頭を下げる。
「大変なときはお互い様ですもの。
気になさらないで」
「助けていただいてばかりで、大変恐縮です」
社交界デビューした一昨年のことを思い出す。
大きな夜会に初めて出たとき、お母様とも介添人の方ともはぐれ、右も左もわからなくなってしまった。
間が悪いことに通りすがりの高位のご令嬢方が、苛めやすい標的を見つけたと思ったのか絡んでいらっしゃった。
どうしたらいいかわからずパニックを起こしていると、ご令嬢方をたしなめて助けてくださったのがテイレシア様だ。
「このあと、ガイア様から領地のことを伺いたいのですけれど、その前に、ヘリオス卿、ヴィクター。私に話していないことがあるわよね?」
スッ、と真顔になったテイレシア様がちょっと咎めるように見つめると、お隣に座った旦那様ヴィクターさんが、うぐ、と詰まった顔をされた。
同時にヘリオスも思い切り気まずそうな顔をする。
(これって、例のライオット伯爵を告発しようとしている件のこと??)
オレンジ色の髪の、ヘリオスとは系統の違う美男子の旦那様は、バツの悪そうな表情を浮かべ
「……いつ気づいたんですか?」
とテイレシア様に尋ねた。
「見ていたらわかるわ。男の子同士でなにか楽しそうな悪巧みしているっていうのは。
やっぱり、ライオット伯爵に関係することなの?」
「それは……テイレシアは伯爵の名前なんてあまり聴きたくもないだろうと思いましたし……」
語りながら、さりげなくテイレシア様のたおやかな手を取ったヴィクターさんは、見ている側もドキドキするような仕草で、手の甲に甘く口づけた。
「テイレシアに心配をかけたくなかったんですよ」
「…………そういうことしたら許すと思ってるんでしょう?」
言葉と裏腹に頬を赤く染めるテイレシア様。あれ、何だろう、この感じ。
「(ヘリオス……何か私の知っているテイレシア様と印象が違います)」
「(こっちが素)」
「(なるほど。かわいい方が本性ですね)」
前を向いたままコソッとヘリオスと言葉を交わす。
視界のはしに映るヘリオスの美麗さだけでも、しょっちゅう心臓が跳ねてしまうのだけど。
そして目の前にいらっしゃるテイレシア様は、旦那様にとどめに頭にキスをされて「……もう」と真っ赤な顔で降参している。
人前で奥さんに堂々とキスして絵になるって、美男子怖い。
――――普段咳払いなんてしたことのないヘリオスが、大きな咳払いをして、その甘い空気はようやく収まった。
ハッ、とテイレシア様が居ずまいを正し、ガイア様がクスッと笑う。
ヘリオスもお二人にあてられたのか何だか顔を赤くしていたけど、気を取り直してもう一度咳払いして、話し始めた。
「申し訳ございません、テイレシア様。
ヴィクターにいろいろとお願いしていたのは、この私の方なんです」
(一人称に『私』を使うヘリオス、新鮮だわ)
「ヘリオス卿が?
お話を聞かせてくださる?」
「はい。フランカの安全確保と今後同様の被害を防止するために、ライオット伯爵と、手引きしたメイス侯爵夫人が適正な処罰を受けることが必要だと考えました」
――――それからヘリオスは、ライオット伯爵とメイス侯爵夫人についてヴィクターさんとともに調べたことを話してくれた。
ライオット伯爵は、金銭が絡む様々な悪事をしていたほか、私以外の貴族令嬢にも愛人になれと強要していた。
メイス侯爵夫人は、社交界の華と謳われる(自称かもしれない)立場を利用して、自分主催の様々な催しを駆使して貴族の男女をくっつけていた。
縁結びという意味ではなく、お金をもらって、誰かの都合のいいように本人たちの意思を無視して結婚しなければならない立場に追い込むということをしていたという。
2人についてはそれぞれ、ヘリオスのお父様から宰相にお話しし、宰相から2人を注意してくださったのだとか。
だから、今すぐには他の被害者は出ないと思われるけれど、しっかり証拠固めをして告発したい……と。
うなずきながら、テイレシア様はヘリオスのお話を聴いていらした。
さっきまでとは自然と顔つきもかわって、真剣な眼差しに、
(なるほど、これが元王妃候補の方のお顔なんだわ……)
なんてつい見とれてしまった。
「改めて、本当に大変な目に遭ったのね。
この話は、貴女もすでに聞いていたの?」
テイレシア様からお声をかけられた。
「簡単には聞いていましたが、詳しくは初めて……それと、メイス侯爵夫人の話は初めて詳しく聞きました」
それにしても、メイス侯爵夫人はお金を受け取ってあんな罠にはめてきたのか……。
それは本当に許せないし、同じような目に遭った人たちもいるのかと思うととても腹立たしい。
絶対に許せることじゃない。
……そう思ったのだけど。
テイレシア様の口からは意外な言葉が出てきた。
「メイス侯爵夫人のことは、少し難しいわね」と。
(…………?)
「告発して、彼女のやってきたことが大々的に知られたら、被害者の方たちに好奇の目が集まってしまいかねない。
メイス侯爵夫人を告発して、適正な罰を受けていただくのなら、同時にそれが起きないように注意しなければ」
ハッ、とした。
そうか…………結婚してもう何年も経つ人たちもいるのだろう。
普通とは違っても、貴族の義務として結婚をして……本来結婚するはずじゃなかった相手と、夫婦としてがんばってきたはずなのだ。
そこでメイス侯爵夫人の話が流れて、噂の的になってしまったら……?
被害者であることが、逆に醜聞にされてしまいかねない。
本当に理不尽だけど、それが起こりえてしまうのが貴族社会だ。
「…………そういったことがないよう、メイス侯爵夫人の件については慎重に進めます」
ヘリオスもやや歯切れが悪い。
この難しさについては、ヘリオスもわかっていたのか。
私も、メイス侯爵夫人に対する『許せない!』という気持ちは変わらない。
だけど、それを断罪するために、他のたくさんの人の名誉が傷ついて、その人たちも社交界にいられなくなったら……。
社交界を追放された直後の地獄のような気持ちを思い出し、ゾッとした。
もう、あんな気持ち、誰にも味わってほしくない。
8時40分頃一部加筆しました。




