◇34◇ ヘリオス、こっち向いてください。
今日はこれから、フィフスクラウン城の正式な持ち主の、領主様のところにご挨拶に行くと聞いている。
ヘリオスでも失礼のないような格好をしなければならない、そういうお相手なのだ。
「母上、着替えの場所は?」
「ホテルに隣の部屋を用意してもらっているわ。
それと着替えのお手伝いにも4人ほど」
「問題ないですね。では」
「――――ガイア様のお着替えですね!」
私は立ち上がる。ガイア様のお着替えということは侍女である私の出番だから。
だけど、ガイア様が否定するように手を振る。
「ああ、フランカはね、その隣の部屋よ」
「隣?」
「あなたも着替えるの。ヘリオスが持ってきてくれているわ」
「はい?」
侍女の私も着替える?
侍女としては問題ない服装と思うのだけど?
首をかしげた私の手を、ヘリオスがとった。
「え?」
やっぱりドキッとする。
今日は手袋同士だけど。やっぱり手をとられるのは慣れない。
「今日は母上の侍女じゃない。
貴女は子爵令嬢フランカ・ボスウェリアとしてお会いするんだ」
「……ヘリオス……?」
「領主には、フィフスクラウン城を貴女の緊急避難先に使う許可を得ていた」
「あ…………」
確かに、そこに気づかないのは迂闊だった。
私がガイア様にお仕えするというのは、ガイア様が新しい侍女を雇います、という話だけじゃない。
本来だったら、私は父であるボスウェリア子爵の保護下にある存在だ。そして父に従わずに家出してしまった。
そんな私を、雇ってくださったり城においてくださるということは、それだけで、意思を持って私を父やライオット伯爵から匿ってくださっていたということだ。
意識していなかったけど、私は、私に関わる方々のおかげで守られてきたのだ。
「そうか……そうですよね。
領主様に、私も、フランカ・ボスウェリアとしてご挨拶をさせていただきますね」
私はもう貴族じゃなくて身も心も侍女になったつもりでいた。
だけど、私という人間が存在するだけで貴族令嬢として周囲に影響を与えてしまうことがある。
だから、貴族令嬢として筋を通さないといけないこともあるということなんだ。
ヘリオスにうながされるまま、私は彼の腕に手を添える。このまま着替えの部屋に連れていってくれるみたい。
(……まるでエスコートされてるみたい……)
頬は紅潮、心臓はバクバクなのに、ヘリオスに寄り添って歩くと自然と背筋が伸び、侍女としての歩き方から、いつの間にか、こどもの頃から叩き込まれた貴婦人としての歩き方へと変わっていた。
◇ ◇ ◇
「――――できましたわ。とてもお綺麗ですわ」
私の化粧をしてくださった女性が、ふわっと微笑んで言ってくださった。
鏡を見る。
……息を飲む。なんだろう、本当に魔法にでもかけられたみたいだ。
部屋のドアがノックされ、着替えの補助や化粧をしてくださった女性たちが、私の顔を見る。
私がうなずくと、女性たちが、ドアを開けてくれた。
「どうぞご覧になってください。とても素敵ですわよ」
入ってきたのはヘリオスだった。
こちらを見て、軽く、目を見開く。
ヘリオスの従者の方が持ってきてくれたドレスは、昼用のドレスで、上品なローズピンクをベースにレースをたっぷりとあしらい、さらに、金糸や様々な色の糸の刺繍が華やかに彩っている。
スカートは特にお尻のほうの生地がふわっと広がっていて、シルエットがとてもきれい。
生地の手触り、仕立て、デザイン、すべてにおいて確実に私が今まで夜会で着たドレスよりもずっとずっと上質なものだと思う。
そこに、ホテルでヘアメイクをしていらっしゃる凄腕の女性たちに施された、流行を取り入れながらもほどよく私に似合うように仕上げてくださった素敵な髪型と化粧。
もちろん、ヘリオスほどじゃないけれど……いつもより綺麗って言ってくれるかな、と、ちょっとだけ期待した。ちょっとだけ。
なのに。
こっちをみて目を見開くと、なんだか急にそっぽ向いた。
「ヘリオス??」
あれ、なんかこっちを見てくれない?
「ヘリオス……そんなに微妙でした?」
「いや、そんな、ことは……」
珍しく、めちゃくちゃ言葉が詰まっている。耳が赤い。こっちを見てくれない。そっぽ向いたまま、手で口を覆う。
「…………ダメでした?」
「思ったより……その……」
「思ったより?」
「…………良すぎた」
その時、ヘリオスの耳だけじゃなく顔全体が赤くなっていたことに気づく。
(え、ど……どういう、こと??)
なんだかヘリオスの語彙力が枯れているけど、良い、って言ってくれてるのよね?
なんだかやけに、本気で言ってくれてるように聴こえてしまうんですけど!?
急に恥ずかしくなって、顔が熱くなってきた。
「――――どうかしら、フラン、カ……?
どうしたのあなたたち、綺麗な格好してるのにお互いにそっぽ向いて」
あとから来たガイア様に怪訝そうな顔をされる私たちだった。
◇ ◇ ◇
――――王宮の別棟かと見間違いそうなほど大きな大きなお邸に、2つ年下の旦那様と暮らす、その女性。
彼女は、私たちの国の人間なら知らない人はいないだろう存在だった。
ガイア様、ヘリオス、それから私は、そのお邸に着くと、広い広い応接室に通された。
緊張して待っていると、背の高い旦那様にさりげなく支えられながら、お腹の大きな若い貴婦人がいらっしゃった。
私たちは立ち上がり、ご挨拶する。
そのお方は優しげに微笑んでくださった。
「大変ご無沙汰しておりました、ガイア様、ヘリオス卿。それからフランカさん。よくいらしてくださいましたわ」
豊かなダークブロンドの髪と、ずっと見つめていたくなるような可憐な菫色の瞳。
お綺麗な方だけど、それ以上に、優しくてホッとするような親しみやすい笑顔が印象に残る。
王族令嬢で、前王太子殿下の婚約者だった……そして昨年、突然平民とご結婚された、テイレシア様だ。
この方がフィフスクラウン城の主であり、そしてガイア様の雇用主にあたる。
代表してヘリオスが一礼する。
「こちらこそ、長らくご無沙汰をいたしておりました、テイレシア様。
こどもの頃のように呼び捨てで結構ですよ、ヴィクターがうるさくなければ」
「またそんなことを……王都中の女の子に恨まれてしまうわ」
フフッと笑うテイレシア様と、こっそり冷や汗をかく私。
ヘリオスよりもさらに高位で、王位継承権もお持ちのテイレシア様とは、夜会などでご一緒したことは意外と少ない。
はっきり言えば、ご身分的にもお立場的にも、出席される催事のランクが私とは全然違ったのだろう。
けれど、ご一緒した際には、とても親切にしていただいたのを覚えている。
(ヘリオスはこの方と、こどもの頃からのお付き合いなのね……)
雲の上の方々同士のこどもの頃を想像して、うっかり気が遠くなりそうな気がした。
「本日は日頃母がお世話になっておりますこと、また、フランカ嬢の避難をご承諾いただきましたことについて、お礼とご挨拶に参りました」




