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◇29◇ ひと夏の思い出にしては上出来…だけど?



「……いいのか?」


「全然お気になさらず! 事情はわかりましたし、大丈夫ですから!」



 淑女(しゅくじょ)としてはアウトな言動だと思うけれど、空元気(からげんき)で大きな声を出す。


 ヘリオスは私の顔を見つめる。くっ……美しすぎる。けど、負けないで見つめ返す。


 私は気にしていないんです。だから、ヘリオスは私のせいで困ったりしないでください。お願いだから。


 念が通じたのか、先に目をそらしたのはヘリオスだった。



「それではすみません、母上。失礼いたします」


「大丈夫だと思うわよ。

 今回は使用人寮でやるのだし、壊してまずいものは安全なところに移動させたから」


「それでもあまり大丈夫じゃないとは思いますが」


「私も、後で行くわね。それじゃあよろしく」



 ガイア様のお部屋を出た私とヘリオス。

 足早に歩き出すヘリオスに、「……ええと、これからどこに?」と私は尋ねた。



「使用人寮。

 あんまり大層なことになってなけりゃいいけど……」


「大層なこと?」


「ヴィクターが大量の酒を送りつけてきやがったからな、ったく……」



 領主様からお酒が届いたのは知ってるけど、ヴィクターさん?という方も何か送ってくださってたのかしら?


 首をかしげながらヘリオスの後に続く。

 使用人仲間の皆さんのうち、全員がお休みをとれたわけではないから、休めなかった方は今日はお城でお酒を飲むと聞いていたけれど…………。



   ◇ ◇ ◇



 お城の敷地の中の別棟、使用人寮に入ると、誰かの高らかな笑い声が響いてきた。



「……もう出来上がってやがるっ」



 私たちが使用人寮の中に入ると、食堂?のような広い部屋があって、そこで居残り組の使用人仲間の方たちが派手にお酒を酌み交わして、げらげら笑っていた。


 踊り出す人、脱ぎ出す人、大声で歌を歌い出す人……。



「あ、ガイアさま?? 髪切られたんですかぁ」

「ちげぇよ、クロノスさまだよぉ」


「――――水飲め酔っぱらいども!!」

「す、すごい……初めて見ました、こんな酔ってる方々……」



 それから私はしばらくヘリオスと一緒に、寝落ちしている人をお部屋に連れていったり、裸になってる人をシーツでくるんでやっぱりお部屋に連れていったり、気分悪そうな人に水を飲ませたりした。


 なんでも、ここの使用人の皆さんはわりと自由で、何かイベントがあるとすごくお酒を飲んで騒ぐそうで、そのたび後始末が大変なんだそう。


 それはそれで楽しかったんだけど、どうにか大体落ち着いたところで、くたびれて、私は壁沿いの椅子に座り込んだ。



「……今日はどうにか、物を壊さずに済んだかな。悪ぃ、手伝わせて」



 お酒の瓶を1本手にしたヘリオスがため息をついて、水のようにゴクゴクと飲んだ。「ああ!ヘリオス様、それ一番高い酒!!」と誰かが叫ぶ。



「全然……というか、原液で飲んで大丈夫なんです……?」


 ヘリオスまでミイラ取りがミイラになってしまったら私一人じゃ収拾(しゅうしゅう)がつけられないんじゃ!?と心配しながら声をかけると「ああ、俺、酔わねぇから」とさらりとヘリオスは言う。



「酔ってみようと思って今までいろいろ飲んだけど、何飲んでも酔わねぇから諦めた。

 とりあえず、酒は水分補給のために飲むものと思ってる」


「お酒中毒の人の言い訳みたいな飲み方!」


「これは親父の遺伝だな。母親はそこまでじゃねぇから…フランカも何か飲むか?」


「ああ、はい……あ、いえ、実はあまり私お酒が強くなくて」



 実はお酒が苦手だ。

 もともとお酒に弱いので夜会で勧められても全然飲めなくて、そのたびにお父様に怒られたことで、お酒がますます苦手になってしまった。



「そっか…………」



 しばらく、食堂に並んでいるお酒や食べ物を見ていたヘリオス。

 私でも飲めるものを探してくれている?



「桃は好きか?」

「はい、大好きです」



 私の言葉を聞くなり、ヘリオスは桃を手に取った。

 夏に入り収穫できるようになった、みずみずしい桃を、ナイフで器用に剥き始める。


(ヘリオスの剥く指、綺麗)


 一連の行程、見逃したくないほどヘリオスの手がいい。美しい。果汁で濡れる手に色気しかない。

 桃をなめらかにつぶし、レモンをたっぷりと(しぼ)る。

 そこにザクロのシロップをとろりと注いでまぜ……最後は炭酸水で割った飲み物を、私の手に渡してくれた。



「ほんとならシャンパンでつくりたいんだけどな。感じは出るだろ」



 桃の甘い香りに包まれる。本物のお酒みたいに感じた。



「あ、ありがとうございます……!」



 口に含む。桃の甘みとレモンのさわやかさ、ザクロの深み……。

 ああ、美味しい。お酒じゃないのに、なぜか酔ってしまいそうに感じる。ほんのり心地よいめまいを覚えてしまうのは、ヘリオスの作ってくれたものだからだろう。


 たぶん、これは、私の生涯で一番美味しい飲み物だ。

 それを、好きな人につくってもらって、好きな人の目の前で飲めるのだから、ひと夏の思い出としては上出来だわ。明日からまた、きっとがんばれる。



「俺は一泊して早朝出るから、次会う時は王都だな」



 ――――ん? 次?



「うちの(やしき)、部屋は十分にあるけど、色々あって見張られてっからな。

 母親の実家か、それとも……」


「あの、次は王都、って」


「え? さっき言ったアイギス・ライオットらしき人物に会う件」



 …………ヘリオスの身分がショックすぎて忘れてた…………!!

 確かに言ってた、それ……。

 つまり、ヘリオスにまた会える。近いうちに。王都で。そして二人で行動することになる。


 もちろん、何も期待してはいけないことは痛いほどわかっているんだけど、それでも思う。



(……私の心臓もつかしら……)と。



   ◇ ◇ ◇

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