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◇21◇ 破滅の足音。【ライオット伯爵/メイス侯爵夫人視点】

   ◇ ◇ ◇



 ――――王都・メイス侯爵夫人の別邸。

 深夜、ひっそりとその(やしき)を訪ねる人物がいた。



「たいへんご心痛のようですわね。お察しいたしますわ」


「ええ、メイス侯爵夫人。

 想い人の所在がわからなくなって、すでに1か月……。

 生きているのか死んでいるのかもわからぬのですから」



 涙を流してライオット伯爵はうなずいた。


 少し前までは溌剌(はつらつ)とした姿を見せていたこの紳士だったが……いまやげっそりと頬がこけ、(ひげ)も不格好に伸び、髪には目に見えて白髪が増えていた。



「あの日、なぜか往来(おうらい)で……気がついたら、職業案内所の者に介抱されていました。

 さらに怪我などしないはずの私が、全身に痛みを覚え……部下たちも皆、昏倒させられておりました。

 何者がしたのか、どこの誰が愛しのフランカを連れ去ったかわからぬのです。

 ああ、いったい、どこの暴漢が彼女を……」



 まるで最愛の恋人を悪漢にさらわれた悲劇の主人公のように、切々と語るライオット伯爵。

 一方でメイス侯爵夫人は、うなずきながらもどこか冷めた目をしていた。 



「……部下たちに聞いたところ、私の記憶が少しばかり飛んでいるようで、邸を出たフランカ嬢を私たちは見つけていたというのです。

 ところが、新しい家に彼女を連れて行こうとして、顔のわからない男に邪魔をされたと」


「顔のわからない男?」


「ええ、そうです。

 普段ならば力になってくれそうな者たちも、なぜか、こちらの制止を聞かずに、(やしき)にこもるわ、領地に帰ってしまうわ……」



 反王太子派の貴族たちの結束が崩れ、ライオット伯爵を置き去りにするように逃げ出し始めていた。



 一部の貴族たちが反王太子派と呼ばれる派閥を作りはじめたのは、昨年、クロノス王子が王太子の地位に就いてからだった。


 美しい銀髪に神秘的なアイスブルーの瞳、母親譲りの絶世の美貌と知性、王子然とした高潔な態度のこの19歳の王子が、国じゅうの女性の憧れの的になってしまったのは(腹立たしいが)まだいい。


 なぜかこの王子は、王太子の地位に就いて以来、貴族社会の淀みや悪習を正したいと言って、古くからのしきたりや利権構造にどんどん手を入れてくるのだ。


 さらに、

『貴族ならば国民の模範たるべきでしょう』

などとのたまい、いままではこれぐらい貴族ならば大目に見られることだったのに……ということまで、まるで平民と同じように、細かく見とがめてくる。

 挙げ句の果てには、労働者の権利などという奇天烈なものを平民たちに保証し始める。



 もともとライオット伯爵は、自分の私欲を満たしたいということ、自分が権力を握りたいということ以外には、特に政治の進むべき方向という関心はなかった。


 だが、あるとき気づく。

 王太子の悪口を言うと、貴族の中のある層から、強い支持を受けることに。



『使用人の権利を守るなどという法の制定は愚かしすぎる!!

 絶対の忠誠を誓わせることは、当然の(あるじ)たるものの権利、貴族の権利であろうが! 命だろうが貞操だろうが、主に喜んで差し出すべきなのだ!!

 その貴族の権利を、いままさに侵害しているのが王太子だ! 貴族こそがいま虐げられているのだ!! 平民のために貴族が迫害されるなどあってはならない!!』



 たとえばそんな風にライオット伯爵が貴族たちに語ると、反王太子派の貴族たちからは、

『よくぞ言ってくれた!!』

『それこそが貴族の本音だ!!』

などと、熱に浮かされたような喝采が起きたものだ。


 その、ライオット伯爵の信奉者だった者たちが、今回の件で軒並み離れていっている。


 クロノス王子の逆張りの過激な言説を堂々と言い放ってくれるライオット伯爵をちやほやしていた者たちが、フランカの一件で急に熱から醒めたのだということを、伯爵はまだ気づかないままだった。



 ……そして、いま、伯爵の心労の原因がもうひとつできた。


 今になって、以前に子爵家・男爵家に対して令嬢を愛人として差し出せと要求した件が、どこからどうしたのか宰相の耳に入ってしまったのだ。



(口止めしていたのに……誰が裏切った?

 やはり、王立学園の教師どもか…?

 小癪(こしゃく)な!! 教師風情(ふぜい)が!!)



 宰相に呼び出され、厳重注意を受け、さらに、社交シーズン終了までの(やしき)での謹慎を命じられてしまった(今日は密かに抜け出してきたが)。


 同様のことがまたあれば、1年間領地での謹慎とするかもしれない、とまで言われた。



(そんな事になったら大恥だ!! ふざけるな!!)



 ひどく精神的に荒れていたライオット伯爵にとって、もはや、唯一の希望がフランカだった。


 当然フランカを愛人にしたとしても彼の立場が良くなる要素はひとつもないのだが、思い込みが激しく感情的なライオット伯爵は、彼女さえ自分のものにできればすべてが解決するように錯覚していたのだ。



 探るような目で、ライオット伯爵はメイス侯爵夫人を見る。



「メイス侯爵夫人。

 何か……フランカにつながる情報をお持ちではございませんか?」

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