◇2◇ 声をあげたせいで、『傷物』認定されました。
◇ ◇ ◇
あの、悪夢の夜会から3週間。
「おまえが、一体何をしたのか、わかっているのか!!
とんでもない醜聞を起こしたんだぞ!!」
邸から一歩も外に出してもらえない私は、もう何度目かわからない父の叱責を受けながら、死んだような心持ちになっていた。
「おまえ自身が『傷物』になっただけじゃない。
家の名誉も深く傷つけたんだ。この家の恥さらしが!!」
あれから何度も、家族に、あの時のことを説明した。
望んで伯爵と二人になったわけじゃない。殿方の頬を平手打ちするかたちになったのは淑女としてどうかとおもうけれど、あのおかげでライオット伯爵からキスされずに済んだ。
私はあの場でできる限り手をつくして、自分の身と貞操を守った。
なのに、
・おおごとになって、
・皆に殿方と二人きりでいたことを知られたせいで、
社交界で私は『傷物』認定されてしまったのだという。
名誉第一の貴族社会では、『醜聞』を起こした当人も、その家も、社交界から排除される。そうなった人間は、貴族社会では生きていけなくなるのだという。
父は言った。
『あの場にいた人間で、おまえがまだ処女だと思っている人間がいるものか!!』と。
貴族の結婚では、その血筋の継承を重要視しているため、女性には何よりも『処女』であることが求められるのだと、お父様とお母さまには何度も教えられてきた。
『処女』という言葉の定義は『純潔』の女性、『処女を失う』とは『純潔を失う』ことだと教わっている。
でも具体的に何がどうなったら『処女』ではなくなるのかは、教わってはいない。
くちづけだけは、物語の本の中にでてくるから、どういう意味を持つものか把握はしていた。
だから私は抵抗したのに。
キスはされなかった。
腕を掴まれはした。
ライオット伯爵と二人でいたのは数分間。それも自分の意思じゃない。
それでも私は『純潔』というものを失って、『処女』ではなくなったの??
あれ以来一通も、うちにお茶会や夜会への招待状は来ない。
出席する予定だった催しの主催者からは、どうか出席をご遠慮願いたいと手紙が来た。
……つらくてつらくて、貴族令嬢の友人たちに手紙を送った。
誰からも、一通も返事は返ってこない。
もしかして、先方の邸に届いても、私からの手紙だとわかるとご両親が捨ててしまっているのかも?
最初はそんな希望も抱いたけれど、これだけ一通も返ってこないというのは、私からの連絡さえ迷惑なのだと思うしかない。
私が、あの時お庭になんてでなければ。
侯爵夫人が去る時に、無理矢理にでもついていっていたら。
「……このままでは、アルマたちの結婚にも差し障る。
来年社交界デビューをと考えていたのに…!!」
とどめを刺すように妹の名前を出されて、私はうめいた。
本音では納得できない。
そもそも私は、自分の意思で伯爵と二人になったんじゃない。
そんな私をふしだらな娘だと責めるのなら、それよりも責められるべきは、既婚者のくせに私にキスしようとしたライオット伯爵じゃないの?
だけど、私が家族に迷惑をかけたと言われると、もう、何も言えなくなってしまう。
父が自室に去った後も立ち尽くしていた私に、後ろから、声がかかる。
「……お姉さまのせいで私が結婚できないかもしれないって、本当?」
振り向くと、険しい顔をしたアルマが立っていた。
もうじき14歳のアルマは、まだ幼いけれど、歳を重ねるごとに美人に育っていた。
来年社交界デビューしたら、さぞ、殿方の人気を独り占めしたことだろう。
私が答えられずにいると、アルマは顔をゆがめた。
「最悪!! もう顔も見たくないわ。
お姉さまなんか、この世から消えてなくなればいいのに!!」
――――そうね、それが良いのかしら。
私は部屋に戻ると、ベッドの上に倒れこむ。
『傷物』になって以降、綺麗なドレスや少しでも高価な持ち物はすべて取り上げられた。
それまでの自分の部屋も取り上げられ、私は奥の湿っぽい部屋にわずかな私物とともに押し込められている。
トランク一つに収まるほどの着替えと、外出着と、日記。少しのお金。それぐらいだ。
(馬車に乗って王都から離れて、遠くで、家族に迷惑がかからないように死のうかな……)
そう考えていた私の耳に、馬車が屋敷の敷地に入ってくる音が聞こえた。
そっと窓からのぞく。
私は目を見開いた。――――それは、メイス侯爵夫人の馬車だった。