◇13◇ おまえには教えない。【ヘリオス視点】
「ほか、ライオット伯爵については、収賄、多額の脱税、やはり他の貴族の悪評の流布や失脚工作などの疑惑が。
このあたりは、一度いま握ってる内容を書面にまとめて、お邸あてにお送りします。
メイス侯爵夫人の件も合わせて調べましょう」
「わかった。助かる。
貴族同士での話が必要なとこだとか、裏取りが足りねぇところは俺のほうで調べて、こっちからも報告する。
証拠をそろえて、兄貴が帰ってきたら告発だ」
どう見てもメイス侯爵夫人はきな臭い。
ライオット伯爵に頼まれただけ……にしては、妙に手慣れている。
「ところで。
ライオット伯爵にとってもこの件はかなり痛手だったようですよ」
「……だろうな」
俺はうなずいた。
メイス侯爵夫人が、ライオット伯爵にとってはさほどのダメージではなかったとフランカの父親に言っていたそうだが。さすがに、未婚の令嬢の名誉を傷つけておいてノーダメージなわけはない。
(推測だが、おそらく、ライオット伯爵は無理矢理『既成事実』をつくったうえで、自分の愛人になるしかないと強要するつもりだったのじゃないだろうか…? 抵抗したフランカは、精一杯自分の身を守ったし、正しい選択だったと思う)
「メイス侯爵夫人がフカシてやがったか。
さすがにもう悪評が広がってるか?」
「表立って非難する人間はまだ出ていません。
ですが、この一件を機に、反王太子派の貴族たちも、ライオット伯爵との夜会・晩餐会での同席を避けるようになった節があります。
社交シーズンがあと2か月もあるのに領地に帰る貴族もいましたね」
「それって、みんな合意の上じゃなかったことは薄々わかっていて、自分の娘が目を付けられるのはマズいと思ってるってことだよな……」
そのくせフランカをスケープゴートにした、保身しか考えてない連中のことは正直胸糞悪いが、ある意味、フランカは一矢報いてたってことか。
貴族の嫌なところを煮詰めたような話ばかりで、疲れて、ふー、と息をつく。
けど、やるべきことはわかった。
いま多少悪評が立っていたところで、力のある貴族なら、時間が立てば消えてしまう。
証拠を調べ上げて、ライオット伯爵は、きっちり貴族としての息の根を止めてやらねぇと……。
いや、でも。
「――――愛人強要の件って、いまもう裏取れてんのか?」
「ええ。すぐに王太子殿下にお見せできるぐらいには」
「フランカがいなくなった今、またやりかねねぇ。
その件だけは、うちの親父から宰相に話して、ライオット伯爵に釘刺しときたい。
第二の被害者が出ねぇように」
「問題ありません。
この件だけ先行してそちらに送りますね」
「頼むわ」
商人としての気風なのか個人の性格なのか、ヴィクターは面子や手柄にはこだわらない。名を捨てて実を取る。そして判断が早い。
こういうときにはありがたいし、そういうところがテイレシア様と相性がいいのかもしれない。
「――――そういえば、これは個人的な興味ですが」
「なんだよ」
「ヘリオス先輩が、そのフランカ様にそこまで肩入れするのは何か理由でも?」
「は?」
「危険な目に遭ったとはいえ、初対面の女の子をお母様の侍女にするなんて、いきなりずいぶん懐に入れていますよね。
先輩は、貴族の女性が苦手なのかと思ってたんですが」
「変な勘ぐりすんじゃねぇよ。
血走った目で寄ってくるご令嬢方が苦手ってだけで、テイレシア様とかカサンドラとかは別に」
「それは失礼いたしました。
――――で? 何か理由でも?」
後輩が食い下がってきやがった。
目の端が笑ってるし、黒いオーラはとうに引っ込んでるので、たぶん純粋に面白がって聞いてんだろう。
そう聞かれても、明確な理由が自分の中にあるわけじゃない。
なぜだろう、と改めて考える中で、こういう理由かな、と、ふわっと思いついたものはあった。あったけど。
「おまえには言わねぇ。なんかムカつくから」
「その逃げ方はズルくないですか?」
「うるせぇ。てめぇはもう少し年上をうやまえ」
にらんでも平然としているヴィクターに、軽くイラッとした。
「もういい。下ろせ」
「では、人目につかないところで。
兄君に――――クロノス王太子殿下にお手紙を送る機会があれば、どうぞよろしくお伝えください」
「……そっちこそ、テイレシア様によろしく」
――――適当なとこで馬車を下りると、俺は歩き出した。
俺の邸の門の前に並んでいた馬車はどうなったか……と、様子を見る。
どうやら、令嬢たちはしぶしぶ引き下がることに決めたらしい。
「……伯爵令嬢のあなたごときが、ヘリオス卿にお相手していただこうなんて、ずうずうしいのではなくて」
「あなたさまこそ、昨年まではクロノス殿下を追いかけていらっしゃったではありませんの」
女の子同士でさりげない嫌味の応酬をしては、馬車に乗って去っていった。
……うんざりしたようすの門番。
とにかく邸に戻ろうと歩を進めると、化粧の残り香が俺の場所まで流れてきて、咳き込んだ。思わず、足を止める。
苦手なにおいだ。
馬車で押し掛けてきた令嬢たちの化粧と、複数の種類の香水が入り混じっている。
その上、誰かがやったらしい煙草の臭いも混ざる。
貴婦人のあいだでも煙草が人気で、夜会にも嗅ぎ煙草入れを持ってくる女があとをたたないらしいが、これは誰か、自分の馬車の中でパイプで吸ったんだろう。
……退廃的な夜会の空気を思わせる、身体に悪そうな臭い。
少し時間がたてば消えるだろうけど。
(――――フランカは、いいにおいしたな)
なぜか不意に思い出した。
化粧気もなく香水らしいものもつけていないあいつから、ふわっと香る身体のにおい。優しくてほのかに甘く、それでいて品があるような。
思い出したら、なかなか頭から離れなかった。
◇ ◇ ◇




