◇10◇ 親不孝な娘だ!【ボスウェリア家視点】
◇ ◇ ◇
――王都、ボスウェリア子爵家の邸。
「……な、何だと!!」
「旦那様。その手紙には、なんと……?
フランカのことですの?」
「クソ、どこまでこの家の名誉に泥を塗れば気が済むんだ、フランカめ!!」
―――この家の主人、ボスウェリア子爵は、つい先ほど使用人が受け取ってきた手紙を開封するなり、吐き捨てた。
すがりつく夫人がまるで目に入らないように、まるで娘を恨み呪うかのような言葉を吐き続ける。
「こんな醜聞は、取り返しがつかないぞ!!
我々は二度と、社交界に戻れなくなるのではないか……!!」
「ですから、いったい、フランカはどこにいるというのです……?」
「……ウェーバー侯爵家だ」
「え?」
夫人は拍子抜けしたような顔をした。
彼女をおいて、とことん忌々しそうに、ボスウェリア子爵は地団太を踏んだ。
「ウェーバー侯爵からだ!
『とある事情により、当家の者がボスウェリア子爵のお嬢様をお預かりすることとなりました。つきましては一度、内々にこの件についてお話させていただきたく……』
だと!!」
「でも、ウェーバー侯爵家ならば……」
子爵夫人は困惑する。
侯爵で、名家で、現王権でも力を持った有力な貴族。
役職もない子爵家の人間からすれば、天上人とさえ言える相手である。
少なくとも娘の命が無事であること、誘拐犯などよりも遥かに信頼できる相手が娘を保護していることを鑑みれば、ただただ、安堵するべきことだと、子爵夫人は思っていた。
しかしボスウェリア子爵は、まるで仇敵のようにその名を口にする。
「あの、あばずれめ!!
よりによって、王太子派の筆頭のウェーバー侯爵家なんぞに保護されおって!!
国王陛下をたぶらかした悪女めの、忌まわしき家に……!!」
「でも、でも、フランカは無事なのでございましょう?」
「だから、これが無事と言えるか!!
醜聞を起こした娘が、家出した上に対立派閥の筆頭の家に保護されるなど……。
……内々に話をだと!? こちらに哀れみをかけたつもりか!?」
「ですが、ウェーバー侯爵は次期宰相ともいわれるお方。
そしてご令息があと3人もいらっしゃいますわ。
もし、そのどなたかと……ということでしたら、フランカの将来は、むしろ開けるのでは」
「黙れ、黙れっ!!」
冷静さの欠片もないボスウェリア子爵は、夫人を一喝する。
「と、とにかく!
アルマとルドルフに伝えてまいりますわ! 2人とも、ふさぎこんで部屋にとじこもっておりますから……」
子供部屋に向かう子爵夫人。彼女と入れ替わるように女性使用人のトップである家政婦が、眉根を寄せてボスウェリア子爵に近づいてきた。
「旦那様」
「うるさい、使用人から話しかけるな!」
「申し訳ございません、しかしどうしてもお話しなければならないのです。
いくつかのお支払いが、先月から滞っているのですが…」
「何を!払っておらんかったのか!!」
「申し訳ございません。
ボスウェリア子爵家の王都の邸のお金の管理は、5月までフランカお嬢様がやってくださっていたのです。
が、お嬢様があのお部屋に入られて以降、どなたがやられるのかお決めいただけず……」
「言い訳をするな!!
聞けばよいだろうが!!」
「教えていただければ私の方でやりましょうかと、三度ほどお聞きしようといたしましたが、そのたびごとに、身分の低い者から話しかけるなと拒まれましたもので」
「…し、しかし、だ!
いまわれわれは、貴族としての名誉という一番大切なものの話をしており…」
「現在進行形でボスウェリア家の名誉は地に落ちてございます、商人たちの間で」
「しょ、商人たちになど……!!」
「失礼いたしました、貴族の方がオーナーをしていらっしゃる会社もございますので、その方々にも評判を悪くしていらっしゃいますね、それから」
「そ、それから…!?」
「給金をお支払いいただけなければ、もう今週にも辞める者が出てくるでしょう。
よろしくお願いいたします」
「くっ!」
ボスウェリア子爵は顔を背け、すべての問題を置き去りにして、荒々しい足取りで、自室へと向かう。
(なんだというのだ。どこまでも父の手をわずらわせて、なんという親不孝な娘だ!!)
己の不幸を嘆くボスウェリア子爵は、外から屋敷の様子をうかがう人影の存在には気づくことはなかった。
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