◇1◇ 既婚者にキスされたくなくて抵抗しただけなのに。
ベネディクト王国の子爵家の娘である私、フランカ・ボスウェリアは、15歳の社交界デビューから3年目。現在17歳。
一昨年と去年のシーズンは、どうにか失敗をしないようにと悪戦苦闘しているうちに終わってしまった。
次の冬には18歳になってしまう。
少しでも条件のいい相手と結婚するため、今年の社交シーズンこそ、結婚相手を見つけなきゃいけない。
シーズンが終わる8月まで、あと3か月。
何が何でもいいお相手を見つけなければ。
なのに――――
「ああ、美しく可憐なフランカ嬢。
出会って以来、その翡翠のような瞳を何度夢に見たことか。
この庭の花もあなたの美しさに比べれば、まるで霞んでしまいそうだ」
なんで私はこんなところで、ライオット伯爵(46歳既婚)と二人きりで、妙に粘っこくて聞きたくもない誉め(?)言葉を聞かされているのでしょう?
さっきまではもう一人、今夜の夜会の主催者であるメイス侯爵夫人がいらっしゃった。38歳ぐらいの、大変お美しい方だ。
そもそも私は彼女とお話をしていたのだ。
会話の中で『そういえば今、うちの庭のお花が見ごろなのですわ、どうぞご覧になって』と夫人がおっしゃるので、一緒に庭に出た。
お庭はガス灯で照らされ、お花がとても美しくて、私は夢中になった。
そのままベンチでお話を続けていた………のだけど。
いきなりライオット伯爵が無理矢理私たちの間に入ってきた。
しかも夫人は、『すぐ戻ってまいりますわ、少しお話になっていらして』と言って離れたきり、なかなかお戻りにならない。
……密室や人目のないところで絶対に紳士と二人きりになってはいけない、と、両親にもあれだけ言われていたのに。密室ではなく庭だけど、これもきっと駄目だわ。
メイス侯爵夫人に、無理矢理にでもついていけばよかった。
数分前の自分を呪っても、もう遅い……。
「……あの、わ、わたくし、そろそろ戻らなければっ!」
立ち上がった私は、いきなり伯爵に腕を掴まれた。
「もう少しよろしいではありませんか、フランカ嬢」
あわてて、腕をひっぱった。
痛い、そして、びくともしない。
うそ、殿方って、こんなに力が強いの!?
「ち、父に怒られてしまいますわ!
皆さまにきちんとご挨拶しないと」
「おや、焦らしているのですかな?
駆け引きがお上手ですな」
「か、駆け引きではなく…!!」
まずい、まずい。
どうやらこの、私の父よりも年上の伯爵は、私が自分に好意を持っていると勘違いしているらしい!?
そんな素振りなんか私、一切見せたことないはずですけど!? なんで!?
ぐい、と腕を引き寄せられ、肩をつかまれる。
まずい、この態勢は。伯爵の顔が近づく。恐い、声が出ない。出て、お願い、声が。
「無理ーーーーーーー!!!!」
ようやく出たのは思いのほか大きな声だった。
慌てて私の口をふさごうとしてくる伯爵。
私はもがきながら距離を取り、無我夢中で手を振り回した。
バチィン!!!!
思い切り打った手が、伯爵の頬に当たり、転倒する。
やった、当たったわ。
早くここから逃げないと。
再び私が立ち上がった、その時。
「―――――――まぁ!! 何をしていらっしゃるの!?」
辺りに響いたのは、メイス侯爵夫人のお声。
「ああ、良かった、助けてください、伯爵がっ……」
夫人に助けてもらおうと振り返った私は、その異様な光景に立ち尽くした。
夫人の後ろに、夜会の出席者の方が何人もいらっしゃって、しかも私たちを遠巻きにしながら、ひそひそと話している。
もしかして、私たちを見ていた?
見ていて、助けてくれなかったの??
夫人は険しい顔をしている。
どうして? 私と伯爵を二人にしたのはあなたなのに??
「お、お、お父さまとお母さまは――――?」
私がうろたえながら叫ぶと、あとから駆けつけてきたお父様が真っ赤な顔をして何事か叫ぶ。
混乱する。気が遠くなりそう。
いったい、なにが起きているっていうの??
◇ ◇ ◇