表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女を恋愛脳にする方法  作者: 冬馬亮
9/168

ひな鳥

あれはいつの頃だっただろう。



「どうしたの、アデライン」


「これ・・・この子が、落ちてたの・・・」


「・・・」



セスは黙って目の前の大木を見上げる。



「・・・あそこに巣があるね。その雛はあそこから落ちたみたいだ」


「まだ生きてるの。お腹空いたって鳴いてる・・・。戻してあげないと」


「・・・無理だよ」


「え・・・?」



あっさりと返された否定の言葉に、頭が真っ白になった。


掌の上でピーピーと鳴いている雛の声だけが、やけに耳につく。



「野生の鳥はもの凄く警戒心が強いんだ。巣から落ちて他の匂いがついた雛は、たとえ巣に戻しても親鳥から世話をしてもらえない」


「そ、んな・・・じゃあこの子は・・,」


「巣に戻しても、放置されて死ぬだろうね」


「親鳥がいるのに・・・?」




そう呟いて、目の前の雛をじっと見つめる。



気がつけば、ぽつりと本心が漏れていた。



「・・・同じね」



私と。



「アデル・・・」



掌の上の雛を見て、急に惨めな気分になった。


涙が溢れそうになった。



まだ、生きてるのに。


すぐそこに、親がいるのに。



雛を乗せていた掌を、ふわりとセスの両手で包まれる。


見上げると、セスがにっこりと微笑んでいた。



「大丈夫。君には僕がいる。そしてこの子には僕と君がいるでしょ?」


「え・・・?」


「僕たちでこの子の世話をしよう。大丈夫。きっと使用人の誰かが育て方を知ってるよ。教えてもらった通りにやれば、この子もちゃんと育つから」



驚いて、溢れそうだった涙が引っ込んでしまう。


でも何も言えなくて、ただ目の前に立つ優しい義弟をじっと見つめていたら。



「おいで」



腕を引っ張られた。



「馬小屋に行こう。干し草をもらって、即席の巣を作るんだ。エサのこととかは・・・誰かに聞かないと分からないけど」



私たちで・・・育てる。


この子を、育てる。



ううん、その前に、セスは何て言った?



--- 大丈夫。君には僕がいる。そしてこの子には僕と君がいる ---



その言葉を、頭の中で繰り返す。



大丈夫。君には僕がいる。


君には僕がいる。





私には、セスがいる。


私には、セスが。



不思議と心が落ち着いた。




馬小屋に向かって歩くセスの後ろ姿を、アデラインがじっと見つめる。



セス。私の義弟。私の・・・仮の婚約者。



父によって本当の両親から引き離され、命令で私の婚約者にさせられた可哀想な義弟。



なのに文句ひとつ言わずに、いつも私に優しくしてくれる人。



父に見捨てられた私の傍に、いつも居てくれる人。



貴方は、きっとたくさんの我慢を強いられているだろう。それも私のせいで。



なのに貴方はこんなにも優しい。・・・出会ったときから、ううん、いつだって。



ごめんね、セス。


貴方は優しいから、実の父さえ無関心を貫く無価値な私を放ってはおけない。



私のせいで、優しいご両親から、そして大好きな兄弟たちから引き離されてしまったのに。


それが分かっているのに、気がつけば私は貴方に甘えているの。



ごめんね、セス。



今だけ。


今だけでいいから貴方の側にいさせて。



必ず放してあげる。


好きな人が出来た時には必ず。


貴方が人生を共に過ごしたいと思った人は、決して貴方から引き離させはしない、そんなことは絶対にさせないから。



だから。



約束のように唱える言葉が口を吐く。


これでもう少し傍にいられると、言い訳のように紡ぐ呪文。



「セスみたいに優しい人は他にいないわ。きっと素敵な方を見つけて幸せになってね。絶対よ?」


「・・・」



困ったようにセスは微笑む。



大丈夫。



もう二度と、自分に愛される価値があるなんて思い上がったりはしない。



だから安心していてね。



その時が来たら、必ずこの手を放すから。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ