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彼女を恋愛脳にする方法  作者: 冬馬亮
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君への花束



「ルシャ。これに合う花瓶を探して来てくれるかしら」


「畏まりました、お嬢さま」



植物園でのダブルデートの記念に渡した百合の花束を、アデルは少し恥ずかしそうに受け取った。



そして、屋敷に帰るなり侍女の一人に、その花束に合う花瓶を探すように言いつけた。



自分で生けて、自室に飾るのだ、と。



自ら花瓶に花を生ける、その細やかな気遣いが、僕はとても嬉しい。



これでいかがですか、と渡された花瓶に嬉しそうに頷くと、アデルは剪定鋏で丁寧に百合の花を水切りしていく。



そうして、アデルの手で美しく生けられた花は今、彼女の私室を飾っている。



「素敵だわ、セス。ルシャもありがとう」



ルシャは静かに礼をすると、部屋の隅に控えた。



ルシャは、ここに来て三年目になるアデルより四つ年上の侍女だ。



勤続年数は長くはないが、アデルとの相性が良いらしく、アデルの世話を任される事が多い。



11年前、アデルの母親が亡くなった時、侯爵は屋敷の全使用人を入れ替えた。



そこに一人の例外もなかったらしい。



でも、全員がクビになったという意味ではない。


ノッガー侯爵家の別邸へと異動になったそうだ。


そう、義父が跡目を譲ったらそこに住むと言っていた所に。



ショーンの父親もその時にこの屋敷を離れる事になり、代わりにショーンがここの執事になったのだとか。



何を思って侯爵がそんな采配をしたのかは知らないけれど、そんな人事異動の結果、当時のアデラインの孤独がより深まったのは間違いないだろう。



当時の様子を知る使用人は少なくない。



人形のように静かだったアデラインを見て、どう接したら良いのか相当悩んだらしい。



信頼関係も何も築けていないうちから主人の娘に近づく勇気など出る筈がなく、時間だけがただ過ぎていったのだ、とショーンは寂しそうに言っていた。



母親を亡くし、父親と疎遠になった上に、屋敷内の使用人を全員入れ替えられてしまったアデラインの困惑は、如何ほどだったろう。



・・・まったく、何を考えてるんだよ。義父上は。



僕がこの屋敷にやって来たのは、そんな不安を抱え続けた使用人たちにとって僥倖だった。



そして彼らの願い通り、僕とアデラインは仲良くなって、少しずつ彼女も明るさを取り戻していった。



そんなアデラインを見て、ようやく使用人たちは、彼女に近づく事が出来るようになって。



それで今、ようやく気の合う侍女が誕生するようになったのだ。



11年・・・11年か。


お気に入りの侍女が出来るまでに11年って、どれだけアデラインは、ここで緊張して過ごしていたのか。



『アデラインさまの笑顔が見られるようになったのは、セシリアンさまのお陰なのですよ。本当に感謝しております』


『お嬢さまに近づくきっかけを与えて下さって、ありがとうございます』


『セシリアンさまがいらして下さって本当に良かった』



使用人の皆が時々口にする言葉だ。


確かに、どれだけ気になっていたとしても、使用人の方から思い切った行動は出来ないから。



皆も葛藤してたんだろうな。



本当に、あの義父の考える事は理解出来ないよ。



こんなにアデラインは可愛いのに。


一緒に過ごさないとか勿体ない。



僕は花瓶に生けた百合の花をニコニコと眺めているアデラインをちらりと見る。



口元が緩く弧を描いて。

目元は柔らかく細められている。



頬が少し赤いように見えるのは、僕の自惚れかな。



「この百合はね、アデラインのイメージで選んだんだよ。君によく似てると思って」


「まあ、セスったらお上手ね」


「本当だよ。この花を見た時、アデラインみたいだって思ったんだから」


「うふふ。光栄だわ。だって、それでセスに白百合を贈って貰えたんですもの」



僕の勝手な好みで贈った花束を、それでもこんな風に言ってくれるアデラインの優しさに嬉しくなった。


だからつい、浮かれて口が滑っちゃった。



「アンドレもそうだったみたいだよ。白薔薇を見て、エウセビア嬢みたいだって言ってたもの」


「まあ。だからアンドレさまは白薔薇の花束を贈ってらしたのね。ふふ、アンドレさまらしいわ」


「本当だね。凄くアンドレらしいよ」



花束を作る時、どんな気持ちで花を選んだのかな。



「ねえ、アデライン」


「なあに?」



言ってもいいよね。


あの時のアイコンタクトで、アデルもそう思ってるっぽいって事が分かったし。



「アンドレの奴さ、僕の目にはエウセビア嬢のこと好きな様に見えるんだけど」



まだ本人は自覚してないけどね。



すると、思った通りアデラインは頷いた。



「そうね、そう見えるわよね。・・・それにきっと、エウセビアさまも」



ああ、やっぱり。



「最初の時からずっと、エウセビアさまはアンドレさまを特別にしてらっしゃったわ。始めは幼なじみの気安さからかと思っていたけれど」



そうだよね。僕もそう思ってたよ。



「・・・だから、期間限定でフリだけでもって話になったのかもしれないわね」


「もしそうだとしたら、何だか切ないな」


「そうね」



そんなに長い付き合いではないけれど、記憶にあるエウセビアはいつも笑っていたから。



だからかな。



それ以上は、お互いに話を続ける気になれなかった。



だからって、エウセビアとアンドレの件が解決する訳でもないのに。



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