セスの魔法 その3はならず
「結局、その時に出来た傷の手当をアデルが毎日やってくれたんだ。これって役得ってやつだよね?」
「・・・お前のその突き抜けた能天気さが、アデライン嬢には上手く働いたのかもしれんな。とにかく、お前が無駄に行動力だけはある男だという事はよ~く分かった」
さっきからずっと呆れたような眼差しが向けられてるのは、ちょっと納得いかないな。
「ええと、アンドレ、君さ。君から僕に昔の話を言って聞かせろって頼んだの覚えてる?」
「私は頼んでなどいない。公爵令息である私が、お前に頼みごとなどする筈がなかろう」
おおっと、そう来るか。
でも動揺してるの丸わかりだぞ。
さっき入れてた砂糖、もう一回お茶に入れてるし。
「・・・へぇ? じゃあどうして僕は今、君に昔話を聞かせているのかな?」
「・・・お前の大切な友人である私の独り言を偶然耳にしたお前が、私を喜ばせようと自主的に話を聞かせているのだ」
誤魔化そうとしてお茶に口を付けたアンドレは、ひとくち飲んでしかめ面をしている。
予想以上に甘ったるかったようだ。
あんまり笑わせるなよ。
堪えるのも結構大変なんだぞ。
「なるほど。大切な、友人、ね」
なんとか平坦な声を出す。
「違うとでも言うのか?」
「いや、違わないけど」
「・・・」
「・・・」
なに?
なんでそこで顔を赤くするの?
「ええと、アンドレ?」
「・・・他にはないのか」
「ええ? 仕方ないなぁ」
「ねぇ、アデライン。ここのところが上手く弾けないんだ。教えてくれる?」
僕はヴァイオリンは苦手だった。
この屋敷に来るまでは、名ばかり伯爵家の貧乏家で育ってたから、勉強はともかく楽器に触れる機会はあまりなかったんだ。
だから、ここに来たばかりの頃、特にヴァイオリンの腕前の差は歴然としていた。
でも別にそれで良かったんだ。
というか、それが良かった。
「どこが分からないの?」
「ええとね、ここ。上手く指が弦を抑えられないんだ」
アデルと一緒にいる口実ができたから。
「・・・こう?」
「ええ、そうよ。セス、貴方は指が長いから、きっとすぐに運指も上手になるわ」
「ありがとう。頑張るよ。ねえ、アデル。もう一度お手本を見せて?」
「いいわよ。よく見ていてね。もう一回だけね?」
そう答えてアデラインはすっと構える。
肩に乗せたヴァイオリンに添える白い頬。
ゆっくりと動く弓を持つ右手。
滑らかに弦を押さえる左手の細い指先。
リズムを取るように揺れる体に合わせて、艶めく黒髪がふわりと流れる。
「・・・って感じでさ。ヴァイオリンを弾いてるアデラインの姿って、本当に綺麗なんだよね」
「・・・」
「それに、結局、頼めば何回でもお手本で弾いて見せてくれるんだ。仕方ないわねって笑ってさ。優しいよね」
そう思い出を語りながらアンドレに目を遣れば、何故か眉間を抑えて俯いている。一体どうしたんだ。
「・・・おい、セス。ちょっと待て」
「うん?」
アンドレは何やら深い溜息を吐いた。
「今のは、ただの惚気だよな?」
「え?」
「今の話のどこに、お前が頑張った要素があったんだ? これは単なる惚気話だよな?」
「・・・」
あれ? 言われてみれば。
「お前な、一応こっちは失恋してる身なんだぞ。少しは気を遣え。この愚か者が」
そう言うと、アンドレは僕の足をぐにぐにと踏んできた。
こうして、頼まれて話をし始めたというのに、最後には何故か僕の方が怒られてしまったのだった。




