自覚
アデルは目を数回、瞬かせた。
--- 僕は、君に出会えて幸せだと思ってる ---
「・・・え・・・?」
自分でも吃驚するような呆けた声が出たとアデルは思った。
その視線は、目の前で穏やかに笑うセスに釘づけだった。
6歳で屋敷内の空気が一変した時。
今思い返してみても、あの時の私の中に父を恨む気持ちはなかった。
父の行動が理解出来なかった。
どうしてとは思った。
寂しくて仕方なかった。
一緒に悲しみたかった。
でも、きっと父には父なりの理由があったのだろうし、そもそも貴族社会において子息子女は親の持ち物のようなもの。
王命でも関わってこない限り、子どもをどう扱うかなんて親の裁量で全てが決まる。
父は私に暴力を振るったりしない。
住む家を与え、食事を用意させ、服も買い与えてくれる。
教育の機会もあるし、家督相続権も認めてくれている。
やるべき事はやっているのだ。
ただ、私を見ないだけ。
視野に入れない。
会おうともしない。
父が親としてやらない事は、私を見ない、ただそれだけだ。
『私の側に来るんじゃない』
だから多分、これは苦労らしい苦労ではない。
『忙しいのにいちいち部屋まで会いに来るな。用があればショーンから伝えさせる』
きっと、よくある話。
よくある家庭内の些細な問題だ。
私だけじゃない。
『近寄るな』
だから、大丈夫。
私は、大丈夫。
父が私を必要としなくても、私に背を向け急ぎ足で離れて行っても、別に大した事じゃない。
もしかしたら、いつかは父も私に、なんてどこかで期待するからいけないのだ。
浅はかな期待は捨てて、分を弁えながら生きていくの。
いつか一人になったとしても、誰の足も引っ張らないように。
だからセスも。だからこそセスだけは。
その日が来たとしても、笑って背中を押してあげられたら、そうしなきゃいけないと、そう思っていた、のに。
--- 僕の側にいてくれてありがとう ---
どう、して。
私は信じられないとばかりに目を大きく見開き、セスをじっと見つめた。
セスは笑った。
いつもみたいに、お日さまのように。
そしてセスは言った。
「大好きだ」
「・・・」
私は何も答えられなかった。
セスは、これまでもよく、私のことを好きだと口にしてくれていた。
だけど何故だろう。今日は。
「・・・」
今日は、気持ちがふわふわする。




