油断は禁物
次の夜会のとき、アデルは僕がプレゼントしたブローチを付けてくれた。
そして、最早ルーティンとなった、おはようのハグと、お休みのキス。
約束通りに渡されたアデラインからの刺繍入りのハンカチと、僕が選んだ銀細工の髪飾り。
どこか両想いのようで、もう想いが伝わったかのようで、僕は浮かれていたのかもしれない。
安心していたのかも。だから小さな変化に気づかなかったのかも。
よりによって、それをアンドレ・デュフレスに指摘されるなんて思ってもいなかった。
それはある日、突然に起きた。
ショーンから、デュフレス公爵家より先触れがあったと報告を受けたのだ。
所用のため、二日後にノッガー家を訪問すると。
だがその顔ぶれが謎すぎた。
アンドレと一緒に来る人物として伝えられた名前がエウセビア・ランデル侯爵令嬢。
ランデル侯爵令嬢って、よく夜会でアンドレと一緒に踊ってる人だよね?
何故、女性連れ?
あいつはアデル狙いじゃなかったのか?
というか、二人でここに来る意図は?
そもそも、わざわざ来る意味ある?
僕たち、仲良しでも何でもないし。
なんてことを考えても答えなど分かる筈もなく、あっという間に当日を迎えた。
「・・・ノッガー家にようこそいらっしゃいました。デュフレス公爵令息、そしてランデル侯爵令嬢」
「・・・ああ」
招んでもいないのに来た割に、やたらと無愛想な男がそこにいた。
隣には、隙のない笑みを浮かべた令嬢。
共通の話題もないのに、どうやってもてなせと言うんだ。
取り敢えずサロンに案内してお茶を勧める。
席に着いたアンドレは、徐に包みを取り出すと、テーブルの上に置いた。
「シャンクス地方の茶葉だ。前にアデライン嬢が好きと言っていたから持ってきた」
・・・まさか、所用ってこれ?
「ありがとうございます。嬉しいですわ」
如才なくお礼を言うアデルを横に、僕は少しばかり半目になってアンドレを見つめていた。
アンドレはそんな僕にちらりと視線を向けたかと思うと、今度は隣に座っていたランデル侯爵令嬢の方を見た。
・・・うん?
すると、令嬢はアデルに向かってこんなことを言ったのだ。
「ノッガー家の庭はとても美しいと伺っております。アデラインさま、よろしかったらご案内して頂けませんか?」
「ええ、勿論ですわ」
「ではデュフレスさまも」
「いや、私はここで」
・・・はい?
「ここでセシリアン侯爵令息とお喋りを楽しもうかと」
何を言ってるんですか? この公爵令息は?
「あの・・・デュフレス令息?」
「貴殿とゆっくり話がしたい」
何の冗談?
いや、もしかして宣戦布告?
そう思ったけど、顔つきを見るとどうやらテコでも動きそうにない、から。
「・・・いいでしょう。では僕たちはここで」
そう言うしかなかった。
正直言って、警戒心マックスだったけど。
でも、後になって分かったんだ。
僕が思っていたよりも、デュフレス令息はずっと真っ直ぐで、けどとんでもなく不器用な人で。
そして思っていたよりも、僕たち二人をよく見ていたってことが。




